またチャイムが鳴った。 定期的にただ繰り返すだけの報せ。だから例え授業が無くても、当たり前に鐘を鳴らす。 煩いくらいに廊下に響き渡ったその音は、鳴り終わった途端に遠くで聞こえたもののように思えた。 静かな室内。 けれど、外は無視なんて出来ない規模の雨が降っていた。 はぁ、と爆は溜息をつく。 さっきのチャイムで5時限目が終わった。 平日ならば。 今日は土曜だ。半日で授業が終わるのだ。 ……だからこそ、学年の違う自分たちがこうして待ち合わせ、なんかしているのだ。 だというのに。 「……現郎め……何分遅れだと思ってるんだ……?」 思わず呟かれた言葉は、別に怒りを孕んではいなかった。 ただ、どうして来ないのだろう、と訝るだけのもの。 何かあったんだろうか。 忘れてるのかもしれない。 ……後者の可能性がとても高い事に、爆はしかめっ面をした。
(……オレは、現郎に会うのが楽しみで つい約束の時間より早く来てしまうけど……)
現郎はそうでもないのかな。
と、その時。 「-----爆ッ!」 弾んだ息の呼びかけ。 一瞬誰か、解らなかった。 何故なら知ってるいつもの彼は冷静沈着……というか、物事に熱くは決してならない人だから。 「……現……郎……?」 声に驚いたが、その姿にも目を丸くする。 ここは廊下だというのに、何故か現郎はずぶ濡れだった。 「……まさか貴様…… 中庭突っ切って来たのか?」 学年が違うと校舎も違う。 待ち合わせの場所は、爆の校舎の玄関。 確かに、廊下の角を曲がり、角を曲がり、と来るよりは中庭の対角線を通った方が早いのは明らか。……が、雨にそれをやるのは非常識にも程がある。 しかし現郎は平然と。 「……いちいち渡り廊下なんか、通ってらんねー」 事も無げに言う。 「だから、貴様の方の校舎で待ってた方がいいんじゃないか、って言ったんだ。 どうあってもオレの方が早く終わるんだから!」 低学年なのだから、現郎に比べ帰りのショート・タイムで通達事項が少ない。爆はその所を言っている。 最後の方が責めるような口調になっていたから、爆は怒ってるな、と現郎は思う。 容赦なく髪から滴る水滴が、目を掠めて開く事が出来ないのだ。 爆はまだ怒りを抑えないでも、ハンカチを差し出した。 あっという間にこれ以上水を吸えないくらい、濡れる。 「……あんまり人目に晒したくねーんだよ」 「何がだ?」 「お前」 その台詞と、笑みと、髪をかき上げる仕草に、爆の鼓動が跳ねる。 それを相手に気づかせまいと、ついつい憮然とした口調、態度を取ってしまう。 「……アホ……」 「そうかもなー」 最も現郎はとっくに気づいているため、そんな爆を適当に流す。 無意味なやりとりにチャイムの音が横入りした。それにより、今の時刻を思い出した二人は昇降口へ向かった。 雨を滴らせる現郎の足音はいつもとかなり異なる。 下駄箱を開け、靴を取り替える。現郎は持っていた靴を履く。 靴も当然びしょ濡れだったが、足もそれ相当だったので今更気にすることもない。 爆は傘立てに立て掛けてあった自分のを取り出し、ぱっと広げた所で現郎が。 「あ」 「?」 「傘忘れた」 しん、と誰も居ない空間が更に静かになった。 「……アホだな」 「……………」 今度は照れ隠しでなくて本心から言われてしまった。 取りに戻ろうか。いやしかしここまで濡れているのだから、今さら傘をさそうが無駄な抵抗のような気がするし。 これ以上爆を待たせるというのも…… などと現郎が思案していると。 「何をぼけっと突っ立っているんだ?」 爆がさも当然、と言う。 「さっさと入れ」 ひょい、と現郎の身長に合わせ傘を上げる。 でも、それでも現郎の頭まで届かない。 「……チビ」 「何…………ッ!!」 ちゅん、と頬に触れた現郎の唇は、雨の温度と同じだった。 硬直してしまった爆から傘を取り上げ、自分が持つ。 「……どうして……貴様は……いつも……いきなり………」 ぷしゅーと沸騰してそうな爆は途切れ途切れにぶつぶつと言う。 そんな爆を見て、現郎はバレないようにこっそり微笑んだ。 爆には悪いが、たまには手を出していないと理性が堪えてくれそうにないのだ。 「……あー、そういやどっかに食いに行こうっつってたのに、これじゃ行けねぇな」 「だったらウチに来るか?」 爆の提案に現郎がピク、と反応する。 「簡単なものならオレも作れるしな。それに今日は親が帰るのが遅いんだ。 ………ん?どうした?」 自分をじっと見ている現郎に、もしかしたら珍しく遠慮でもしているのでは、などと爆は思った。 「……オメーなぁ」 現郎は少し疲れながら言う。
「そーゆー事はキスが平気になってから言うもんだぜ?」
だんだんと小雨になり、雨音も小さくなった午後。 その中でバシン、と痛そうな音が響いた………
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