深藍・三





 ぱちり、と目を開けると、そこは演習場ではなく、長屋の天井が広がっていた。そして、よいしょ、と身を起こした。詳しく見渡すまでもなく、ここが自分の部屋ではないのは明白だった。置いてある物が違うという以前に、匂いというか空気が違うのだ。
 演習場ではなく、長屋に居るという事は、半ば意識が朦朧としながらも、自分はちゃんと帰ったという事だろう。さすが自分だ、と小平太は自分を讃えてみた。
 それはいいが、ここが文次郎の部屋だというのが解せない。文次郎、と仙蔵の部屋だというのは明白だ。部屋の中心に境界線があるみたいに、半分には改造されたような忍具が転がっているし、もう半分は整理されているが、火薬と化粧の匂いがする。それと「しめりけ厳禁」とか「先走り厳禁」とか書かれた習字があるが、まぁきっと色々あったんだろう。色々。
 で、話は戻って、どうして自分は文次郎の部屋に居るのか。
 自分の足で帰ったなら自分の部屋だろうし、もし力尽きて道半ばで倒れた所を誰かに運ばれたのだとしても、その先はやっぱり自室だろうし、あるいは医務室が打倒だろう。それに自分が布団を使っていてしまっていては、本来の部屋の主達の分がなくなるではないか。
 なのに、何故。
 ここは文次郎の部屋なのだから、運んだのは文次郎か仙蔵、というのが打倒だろう。それなら、後で理由を訊けばいいや、と小平太は結論付け、再び寝転がった。
 が、そのまま眠る事は敵わなかった。
「寝るなー!」
「いてっ」
 現れた文次郎が、小平太の腰を軽く蹴ったからである。
「もー、何すんだよ」
「ったく、他人の部屋に転がされて、そのまま、またすやすや寝るヤツが居るか」
「? 他人じゃないだろ?もんじの部屋だし」
「……そーゆー事言ってんじゃねぇよ」
 なんか妙な間があったなぁ?と小平太は首を傾げる。
「って事は此処に運んだのももんじなんだな?なんで此処に?」
「なんでって、お前の部屋まで連れてくのが面倒だったからだよ」
「え、私ってば何処に倒れてたんだ?」
「何処って、長屋の-----ちょっと待て。お前覚えてないのか?」
 いかにもばったり行き倒れていたのを回収されたみたいに話している小平太に、文次郎は問いかけてみる。
「うん、かなり曖昧でさ。帰ってきたよーな感覚はあったけど、夢かと思ってた」
 あはは、と笑ってみたら、なんか文次郎が物凄い疲れたような、がっかりしたような顔を伏せて額に手を当てている。
「おーい、どうしたもんじ?」
「……いや、なんでもねぇ」
 物凄くなんでもありそうな様子なのだが、こんな時に下手に突くと面倒な事になりそうなので、黙っておいた。いつもなら、それを進んで楽しむ所なのだが、回避してしまう所を見ると、自分は疲れているのだな、と小平太はしみじみ思った。サイボーグではないのだから、全力疾走を1時間らい続ければ小平太だって疲れる。が、それでも翌日に越した事はなかったので、なんか変な感じだ。
「お前よ、そんなにくたくたになって、どうして帰って来たりなんかしたんだよ。
 今回のは別に帰還するまでを含んでなかっただろ?無駄な事はするな」
 至極真っ当な事を言われ、小平太は困ったように後ろ頭に手を当てた。
「うーん、そうなんだけどさ。そうなんだけど、居ても立ってもいられなくなっちゃって。
 一刻も早く言いたかったんだ。私が一番になったぞって」
「誰に?」
 なんとなく、気になって訊いてみた。すると、小平太は真っ直ぐに、まるで貫かれたかと錯覚するくらい真っ直ぐに文次郎を見て、はっきり言った。
「もんじに」
「……………」
「だーって、もんじ何かにつけ私の事、忍者らしくない、忍びになる自覚が欠けているとか、そんなんばっか言うじゃんか」
 あぁ、そういう意味か、と、こんな事も言われたし、あんな事も言われたと指折りながら数えている小平太の前で、少し黄昏る。
「でも!私だってやる時はちゃんとやるんだ!解ったか!」
「あー、はいはい凄い凄い。アンタが一番」
「何だよそのやる気ない返事はー!折角一番になったんだから、もっと褒めろよ!讃えろよ!」
「別に一番になってくれと頼んだ訳じゃないし」
「酷いなぁー」
 むぅ、と剥れる小平太。
「……ま、それだけ元気なら、どこかに異常とかはなさそうだな」
「異常?」
「自分の身体見てないのかよ」
「ん?……おや、傷だらけ」
 傷だらけなのだが、ちゃんと消毒されて包帯も巻かれていた。
「これって、もんじがやってくれた?」
「仕方ないだろ。4年が派手な実習やって、保健委員の手が一杯だったんだ」
「ありがとなー、もんじ」
 へらっと笑う。対先ほど、拗ねてみせた相手にも言うべき礼をちゃんと言えるのは、結構たいした事だ、と文次郎は思った。
「しかしよく寝たな。これで夜中まで目を覚まさなかったら、丸1日寝てた事になってたぞ」
「えぇ!?そんなに寝てた!?」
 小平太は驚愕したが、傷と疲労の具合からみれば、結構早い回復である。そんな事は知らずに、小平太は頭を抱えた。
「って事は、朝飯と昼飯食いっぱぐれたって事か!うわ、なんか急に腹減ってきた!!」
 喜怒哀楽の激しいヤツだな、と苦笑しながら、持っていたそれを差し出す。

……って感じで後は口の中が沁みた!って騒ぐ訳です。
まぁこうして読み返してみても、今回正規でアップした方が気に入っているので結果オーライ!ってやつですね!しかしびっくらした!