深藍・一





「クラス別24時間不眠不休耐久サドンデスサバイバル追いかけっこ鬼ごっこ大会」
 ようやく間違えずに正しく言えたので、金吾は少しほっとした。ようやく質問に入れる。
「って、どんなものなんですか?」
「何だ、そんな事も知らんのか」
 と小馬鹿にしたように(いや実際しているのだろうけど)言ったのは小平太ではなく、滝夜叉丸だった。金吾は当然小平太に言っている。
「うーん、どんなものと言われても、だいたいは呼び方そのままって感じだな!
 腰に鉢巻きみたいな紐を巻いて、それを取られたら失格だ」
 このセリフは小平太である。
 今日の委員会は、グランドの整理と用具の確認及びバレーリレーといういつもの活動に加え、小平太から「来週からちょっと課外学習に出るからその間は皆ではりきって仲良く頑張るんだぞ!」というお報せだった。その課外学習というのが、今、金吾が言った「24時間不眠不休耐久サドンデスサバイバル追いかけっこ鬼ごっこ」である。
 当事者がそのままと言うからには、そのままなのだろう。つまり24時間休憩無しで相手を追いかけたり身を隠したりというのを繰り返すんだろうな、と金吾は思った。
 で、
「大変ですねぇ〜」
 と思わず素直すぎて間抜けな言葉を漏らした。それに、また滝夜叉丸が鼻で笑う。これだから無知は怖い、と言いたげだ。
「何が大変ですねぇ、だ。この馬鹿者が。サドンデスという言葉を忘れたか?最後の一人になるまでひたすら続くんだ。ひたすら。大変なんで呑気なものじゃないんだぞ」
 その過酷な内容に、思わず金吾はえぇっ、となった。高飛車な口調にカチンとくる暇も無かった。
「最後の一人になるまでひたすらって……じゃぁ、何時になったら終わるんですか」
「だから、最後の一人になるまでだ。確か昔の記録では、8ヶ月続いたものもあるそうだな」
 自分がやった訳でもないのに、どうしてか得意げに言う滝夜叉丸だった。
「はちかげつ!」
 言語機能に障害を起こして漢字発音が出来なくなった金吾に、小平太はお気楽に言う。
「まー、確かに前は正真正銘最後の一人になるまでやったみたいだけど、カリキュラムの都合で今は最大2ヶ月に制限されてるんだそーだ」
「2ヶ月か……まぁ、そのくらいあればこの滝夜叉丸、」
「じゃぁ、残ってる人が沢山居たら、一位とかはどうやって決めるんですか?」
「コラ!まだ私が喋っているだろう!」
 ンな事は金吾の知ったこっちゃなかった。
「うん、複数残っている場合の決着は、」
 2人は興味津々に次のセリフを待っている。
「最後はじゃんけんだ」
 2人は同時にずべべ、とこけた。
「じゃ、じゃんけん〜?」
 不眠不休で2ヶ月励んだその結末がじゃんけんて。思わず滝夜叉丸も気の抜けた声と顔をした。
「こらこら、じゃんけんも馬鹿にしたものじゃないぞ。運の良さだって、大事な要素の内だ。
 それに、これは動体視力の勝負でもあるんだからな」
「え、どうしてです?」
 小平太のセリフに滝夜叉丸は納得したような顔をして見せたが、金吾は意味が判らずきょとんとする。それに滝夜叉丸が高慢ちきに解釈垂れる前、小平太が金吾の前に立つ。
「論より証拠だ。金吾、今から私とじゃんけんをしよう」
「え?」
 展開についていけない金吾。
「じゃぁ行くぞ!じゃーんけーん、」
 納得しないが小平太の言われるままに従ってしまうのは、体育委員の性だろうか。金吾はあわわ、と構える。
「ぽん!」
 と小平太の号令に金吾が出したのはチョキ。小平太はグーだった。金吾の負けである。当たり前だが。
 そして、その後数回したのだが金吾は全敗してしまった。乱太郎の不運が移ってしまったんだろうか、と不安になる(←さり気なく失礼)金吾の頭をぽんぽん叩いて、小平太は言う。
「大丈夫だ金吾!お前は運に見放された訳じゃないぞ!
 実はな、私は全部遅出ししていたんだ」
「えぇっ!?同時に出してたじゃないですか!?」
「うん、遅出しという言葉は適切じゃなかったかな。「ぽん」で出す前にはもう手が形を作っているだろう?私はそれを見て自分の出す手を決めていたんだ」
「これが6年同士の対決だと、自分のを見て決めた相手の手を見てさらに決める、という高度な勝負がされるという訳だ。判ったか?一年坊主」
 滝夜叉丸のセリフは聞き流して、金吾は、ほ〜、と溜息にもならない声を出して関心した。
 6年ともなると、じゃんけんひとつでもこんなに凄いんだ……
「ま、そういった訳で。だいたい2週間くらいかな、標準は。それくらいは留守になるからちゃんとするんだぞ」
「えぇ、任せて下さい!この滝夜叉丸、しっかりと体育委員会を、」
「2週間ですか……長いなぁ」
「だから聞けぃ!!」
 滝夜叉丸の声が整備されたグランドに響く。




「あぁ、図書委員でも今日その話だったぜ」
 と、きり丸が言った。此処は食堂、今は夕食をとっている。
「そっかー、七松先輩と中在家先輩は同じクラスだもんねー」
 のんびりとしんべえエが言う。
「ずーっと追いかけっこしてるのかー。大変だなぁ」
 これまたのんびりと喜三太が言った。
「それでね、ぼくがそう言ったら滝夜叉丸先輩が「大変なんてもんじゃないんだぞ、この馬鹿もの」とか言ってさぁー。まだやった訳でもないのに」
 本当嫌味な人だ、とたくあんをぽりぽり食べながら金吾は呟くように言った。
「いや、実際大変なんてもんじゃないみたいだよ」
 そう言ったのは、乱太郎だった。
「伊作先輩の話だと、武器とかも使って限りなく実戦に近い戦い方してるから、怪我人も実戦に限りなく近い怪我を負っててさ」
 乱太郎の話に、皆がごく、と生唾を飲み込んだ。
「……何でも、今までで足や手を失った人が出たり、怪我の後遺症で学園を辞めて出て行った人が居たり……」
「……そして、その大会の後には何故か肉料理が増えたり………」
『ひィィィィィィィィィィィィィ!!!?』
 唐突に背後から聞こえた事と、その内容に皆が一斉に飛び上がる。乱太郎も一緒だ。そして、その人騒がせな事を言った主は、
「そんなに驚かせちゃったか。すまんな」
「善法寺先輩!」
 よいしょ、と転がったしんべエを起こしながら、悪びれもなく言う。
「お前らがあまりにも深刻な顔してるから、ついからかいたくなってなー」
「言って良い事と悪い事がありますよ!!」
 きり丸が一番怒っていた。何故って今のひと悶着で味噌汁を零してしまったからだ。勿体無い。
「確かに武器使ったり火薬使ったりするけど、先生がちゃんと見張ってるから致死に至るまでの怪我は滅多にないよ」
「………滅多に、って……」
 じゃぁ稀にならあるのか、とかそれくらいにはならない程の大怪我はよくあるのかと訊きたくなったが、誰も訊けなかった。もし訊いて、うん、あるよ。とあっさり言われたらどうすればいいというのか。
「やっぱり、6年生ともなると、課題にも危険がつきものなんだねぇ……」
 乱太郎がしみじみと言った。それに、伊作が、
「そんなに他人事みたいに言ってていいのか?お前らだって、あと5年すればやるんだぞ」
 そういわれればそうだった、と皆の顔が青くなる。その表情を見て、伊作は昔の自分を思い出した。自分もこの課題を知った時、今の乱太郎達と似たような表情をしたに違いない。今だって危険だとは思うが、それでもなんとか頑張ってみよう、と思えれるようになれているから、何だか少し不思議な気がした。
「……ぼく、後で七松先輩の所に行こうかな……」
 一旦中断された食事の終わり間際、金吾がぽつりと言う。
「そんなに危ないものだったら、なんかちょっと、怪我しないで下さいねとか言いたいし……大きなお世話かもしれないけどさ」
「いや、小平太は喜ぶと思うよ」
 と、伊作が言う。
「後で連れて行ってあげるよ。多分今日は準備で部屋に居ると思うから」
「え、……いいんですか?」
 小平太の元に行く事もだが、引率してくれる事にもだ。伊作はそれに、あぁ勿論、と微笑んで頷く。
「あー、じゃぁぼくも行きたい!6年生の長屋なんて、行った事ないんだもん」
 喜三太が手をあげてアピールした。
「それなら、ぼくだって行きたい〜」
「6年生の部屋かー。ちょっと興味あるなー」
「よし、だったら皆で押しかけてやるか」
 口々にそういう面々に向かい、伊作が悪戯っぽく言うと、ワーイ、と素直に喜ぶ声がした。上級生と下級生の、心温まるほのぼのとした交流の場面である。
「お前も一緒に行ったらどうだ?」
「誰が行くかンなもん」
「そんな事言って、ずっと此処最近それを気を掛けているんだろうが。さっさと素直になれ。ムッツリの仏頂面を見ながら食事をする私の身にもなってみろ」
「だったら俺の前に座らなきゃいいだろ」
「それは出来ん」
「何故だ!」
 たとえその後ろで6年い組コンビがそんな会話をしていても。




<終>





課題はでっちあげです。言うまでも無いね!