いちごベリー





「えぇっとね、」
 と、幼い子みたいに冒頭でそう言って、小平太はご注文していく。
「まずポテトのLでー、フィッシュサンドにチキンナゲットと、ツナサラダと、」
 まだ頼むのかよ、と半歩背後に居る文次郎は心の中で突っ込んだ。この店員、今のオーダー、俺の分込みだと思ってるんじゃないだろうか、と思えるくらいしている。
「んで飲み物はねー、シェイクのLで、」
 小平太は言った。
「いちごベリー」




 2人は無言で帰り道を歩いている。
 珍しい事である。文次郎が無言なのはいつもの事だが(むしろ饒舌の方が異常だ)小平太が静かなのがおかしい。
「……もんじ、」
 やおら小平太が呼んだ。くるっと向けた顔が赤いのは、夕焼けのせいではない。
「絶対、絶対言うなよ!さっきの事!」
「あぁ、いちごベリー」
「言うなってばぁぁぁぁ!!」
 真っ赤になって喚く。
「誰かに言った訳じゃねぇんだから、そんな怒るよなよ」
 と、宥める側から口の端がむずむずする。さっきの店員も可哀想にな。大笑いするに出来なかっただろう。こんな爆笑ネタ。大雑把な性格の小平太も、こればっかりは恥ずかしかったみたいで、先ほどからしきりに文次郎に口止めをしている。
「ホントに言っちゃだめだからな!いさっくんにも、仙ちゃんにも、長次にも!!」
「はいはい、解ってるよ」
「言ったら本気で怒るからな!」
「わーってるって。しつこいな。
 ……にしても……いちごベリー………ッ!!」
 ぶふー!、と肩を震わしさっきの分も噴出す。だから笑うなってば!という大きな声が朱い空に響いた。




 さて翌日。
「ん?あ、いさっくーん!」
 クラスの違う友人を見つけ、駆け寄る小平太。ちなみに姿を確認したのは5M後方からである。何故見えた、解った小平太。
「何してんの?あぁ、セッケン足してんだ」
 蛍光グリーンの液体の入ったポリタンクを伊作は手にしていた。
 あぁ、小平太。と、とりあえず返事をして。
 ぷっ。
 と小さく噴出した。
 なんだ?と首を傾げると。
「小平太……昨日、ストロベリーをいちごベリーって言っちゃったんだって?」
「…………っ!!!!!」
 そう言われ、思考がピッキーンと凍る小平太。
(なっ!なんでいさっくんが知ってんの!?いさっくん居なかったじゃん!居たのは……居たのは……!!)
「………もんじぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
 もんじがバラした、と結論を出した小平太は走りだした。当然、その人物の所へ。
「え?文次郎?」
 伊作がきょとんとそう言ったのを気づかず。




 その部屋には「会計委員室」と書かれたプレートが掛かっている。なので、中に居るのは会計委員だ。これが保健委員が居たら保育委員室と書かれていなければ可笑しい。
 そんな事はどうでもよくて。
「くそぉ……!何故だ。何故計算が合わん……!!」
 その声色でいっそ何かを呪えそうだ。そのくらい怨念の篭った声だった。
 室内はぴんとして、ぴりぴりした空気で満たされていた。率先してそれを保つ事をしなくても、この雰囲気を打ち破るのは難しいだろう。
 しかし何事にも例外はある。
「もんじぃ------------!!!」
 ガラピッシャァァァン!!とドアのガラスが心配になるくらい、思いっきりドアを開いて小平太登場。というか参上というか。
「小平太!?」
 自分を見てビックリしたような文次郎に、やっぱり言ったんだ!と小平太は確信した。しかし、精神を集中して計算している中でこんな登場されたら、誰だって度肝を抜かれるだろう。実際他の会計員も手が止まり、小平太をただ見上げるしかない。
 小平太はずかずかずか!と文次郎に詰め寄り、
「酷いよもんじ!あれほど、あれっほど言わないでって言ったじゃないか------!!」
「お、落ち着け小平太。なんの事だ?」
 いつもなら口では決して負けないのだが、あまりにも不意に来られた為言葉が出ないのだ。
 文次郎のセリフに、小平太はふん!と鼻息荒く。
「わざとらしくしらばっくれて!つい昨日の事じゃないか!!」
「昨日……?」
 文次郎が記憶を探り、そして思い当たる前に。
「もんじのバカ!もう知らない!もう口きいてやんないからな!もんじなんてハゲちまえ、この水虫持ち-----------!!!!」
「お、おい!!」
 ガタピッシャァァァン!!と自分が開けっ放しにしたドアを同じくらいの勢いで閉めて去って行った。
「………………」
 そうして、小平太の去った後に残ったものは、文次郎を筆頭とした唖然としたままの会計員。そして、合計の合わない計算表だった。




 もんじのバカ!もんじのバカ!もんじのバカ!もんじのバカ---------!!
 強く思うあまり、うっかり口に出してしまいそうになる前、伊作が小平太を発見した。
「小平太!」
「あ、いさっくん……」
「小平太、ごめんね。そんなに気にしてたなんて……」
 本当に申し訳なさそうな伊作に、小平太は苦笑する。
「いーんだよ、いさっくんは悪くないよ。悪いのは約束破ったもんじなんだから!」
 あー腹立つ!と拳作って憤慨してると。
「うん、で、どうしてそこに文次郎が出てきたんだい?」
「…………。へっ?」
 拳を解く事も忘れ、伊作を向き直る小平太。
「どうしてって……もんじから訊いたんじゃないの?」
「いや、仙蔵からだけど。小平太の行った店に後輩がバイトしてるんだって」
 で、あれって先輩の友達じゃなかったですか、と訊きに来て事の一部始終が伝わった、という事らしい。
「……う、嘘………」
 小平太は呆然となる。
 もんじが言ったんじゃなかった……?
「……小平太ー?」
 と、呼びかけてみるが、まぁ何となくの事情は、小平太が文次郎の名前を出した時に察しれた。
(……文次郎が言ったって、勘違いしちゃったんだね……)
 当然、小平太の性格上、怒っただけで済ます筈も無い。怒鳴り込むくらいはしたのだろう。ていうか多分したんだろうな、この様子だと。伊作は確信した。
(もんじじゃなかっただなんて!もんじじゃなかっただなんて!)
 自分はなんと言ったか?文次郎に。

『もんじのバカ!もう知らない!もう口きいてやんないからな!もんじなんてハゲちまえ、この水虫持ち-----------!!!!』

「嘘ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
 頭を抱える小平太を、伊作は黙って見守るしか出来なかった。




 やっとの事で合計が合致した文次郎は、ようやく帰路につけた。すんなり合計があったためしがない。
 陽は半分以上落ちてしまって、校内に居るのは教師か、用のある自分のような生徒だけだろう。
 そして、校門を通り過ぎると。
「……………」
 捨てられた子犬を人にしたら、こんな顔してるんだろうな、といった表情の小平太が、しゃがんでいた。
「…………」
 文次郎はそれを一瞥して。
 また歩き出す。それに慌てて小平太は声を掛けた。
「ちょっ……ちょっと待ってよ、もんじ!」
「もう口きいてやらないんじゃなかったか?」
「ぅ、」
 言葉に詰るとはまさにこの事だった。けれど文次郎は、足を止めて自分を向き合う。
「えっとー……その………」
 もしょもしょと指を絡め合い、
「……誤解しちゃって、ゴメンナサイ」
 そう言って、ぺこん、と頭を下げた。
「全くな。酷い事も色々言われたしなぁ。しかも後輩の居る前で」
「……ぅ〜」
 返す言葉も無い。
「なんだってな?ハゲちまえだっけ。あぁ、勝手に水虫持ちにもされたなぁー」
「ご、ごめんてば!もう許してよ〜 お詫びになんでもいう事きくから〜」
 居た堪れなくなった小平太の口から、そんなセリフが出た。
「ふぅん?」
 と、文次郎は口角を微かに上げるニヒルな笑い方をした。
「”なんでも”?」
 その部分を反芻され、ふと嫌な予感がした。
「あ、あのね、もんじ。あくまで、出来る範囲だからね、出来る範囲」
「あぁ、解ってる」
 と、文次郎は一歩、二歩、と近づく。なんとなく逃げるのもみっともなくて(本当は逃げたいけど)その場に佇む小平太。
 と。
「ぅあ?」
 がし、と文次郎の指先が小平太の顎を捉えた。
(えぇーっと。これって。これってー)
 ぎこちない動きをする思考回路を必死に動かしてみるが、やっぱり、これって。つまりは。
「……周りに誰も居ぇよな?」
「ちょ……ちょっと、もんじっ………?」
 上のセリフを吐いた後、文次郎はゆっくり顔を近づける。
 あぁやっぱりこういう事?!と沸騰寸前な小平太。
(えーえーえー!でもなんでこんな事するのもんじ!?私の事好きなの?好きなのか!?そりゃ嫌われてるとかは思わないけど、でもいきなりこれってなんかどうなんだこっちにも何か心の準備ってのを、あーうーおー)
 こんがらがるばかりの思考は一旦シャットアウトし、小平太は覚悟を決めたというか、意を決した、という感じでぎゅ、と眼を閉じた。
 そして。
 びし!
「ぃだ!?」
 額に衝撃。思わず眼を開ければ、其処にはイタズラな笑みをした文次郎があった。
「ばーか。何期待してたんだよ」
「き、期待って何だよ!期待って!」
 顔が赤いのが自分でも解った。
「ま、反応楽しかったから、これでチャラにしてやるよ。良かったな、俺が優しくて」
 いけしゃぁしゃぁと言う文次郎に、何が優しいもんか!と怒鳴ってしまいそうになったが、ぐ、と堪えた。自分も大人になったもんだ、と変に浸っていると。
「おい、置いてくぞ」
 その声に我に戻り、小走りで文次郎の横に行く。
「……でも、良かった」
 ちょっとしてから、小平太は言った。
「良かったって?」
「もんじが言ったんじゃなくてさ」
 そして、続ける。
「もんじのさ、した約束は絶対守る頑固なくらい律儀な所、結構凄く好きだからさー。そうじゃなくならなくなって、良かったーって」
 ついでに、馬鹿みたいに合計合うまで計算しまくるもんじも好きだよ、と付け加える。
 それを聞いて、文次郎は。
「……………」
「どーしたの、妙な顔して。腹減った?」
「お前と一緒にすんなよ」
 疲れたように言う文次郎。
 だって、こいつ馬鹿だ。仮にも襲われそうになった相手に、しかも数分と経ってない内にそういう事言うかフツー。
 あぁ、それをするのがコイツか……
 頭痛を堪えるように、額を押さえる。
「ねー、何か食いに行く?」
 能天気に小平太が言った。腹減った?とか訊いた事で自分が空腹なのを思い出したらしい。
「そうだな、行くか」
「うん、何処行く?」
「何処でもいいから、シェイクが飲みてぇ」
「もんじがそういう事言うの珍しいねぇー。何飲むの」
 文次郎は、にやり、と笑ってみせて。
「いちごベリー」
 と、言った。




<おわり>





話のネタ柄、室町時代では出来ませんでしたとさー!(そりゃそーだー!)

とりあえず、ウチのこへはもんじのそんな所が大好きですって事を言いたかった。