「美ん味ぇぇぇ〜〜〜」
と、クリームやフルーツでデコレーションされたプリンを一口食べ、チョッパーは頬に手をあて、目を潤ませて感動した。まろやかで濃厚でそのくせ後味しつこくなくて、いくらでも食べられる。
「美味いぞーサンジー!これ、本当におれが食べてもいいのか?」
「あぁ、いいぞ。もちろんいいとも」
にっこにっこと咥えタバコをしたまま、サンジが応える。勘の鋭い航海士や考古学者や、あるいは殺気に敏感な剣豪が相手だったら、あるいは同席していたら、これは何か裏がある、と何か手を打ってくれるのだろうが、ここには気が優しくて力持ちな船医しか居なかった。非常に残念な事に。
そんなこんなで、チョッパーは順調にスプーンを口へと運んでいった。そして、文字通り全部食べ終わった。
「あー、美味かった。サンジありがとな!」
「いやいや、いーんだよ、このくらい」
と、サンジは何気にチョッパーの目の前に座り。
そして徐に角を掴んで。
「その代わりといっちゃーなんだが、俺の頼み聞いてくれるか?」
にこにこした笑顔はそのままで。
「………………………」
そのサンジの笑顔を見て、チョッパーはどういう訳か中が沸騰している土鍋の映像が頭を過ぎった。
「えー、だからー、つまりだなー……」
と、いうサンジの状態が5分弱続いていた。実際は5分弱だが、チョッパーはもう2時間3時間くらい経ったように思える。頼みがある、とサンジが切り出し、頼みってなんだ、とチョッパーが返した所、なんだか口を閉ざしてしまい、指をもじもじさせたかと思えば頭をがしがし掻いたり、視線は明後日に飛んだり足元を凝視したり。そんな様子のサンジに、チョッパーが精密検査をしよう、と切り出す前、ようやくサンジが言った。
「だからだな、その、ル、ルフィに、」
「ルフィ?に」
「あー、俺が好きかどうか、訊いて来て欲しいんだ」
……………
「そんな事、自分で言えよー」
面倒くさいなぁ、もう、とチョッパーはぷりぷりした。何を深刻に言いにくそうにしているかと思えば、全く。
「それが出来ないからこうやって賄賂を渡してまで頼んでいるんだろーが!」
賄賂?なんか聞き捨てなら無い単語が出たような。
「なっ!頼む!なんかこう、日常会話みたいにぺろっと訊いてみてくれ。ペロっと!」
「う、う〜ん、よく判らないけど、サンジ必死みたいだから、訊いてきてあげるよ」
色々釈然としないものがあるが、無理難題を押し付けられた訳でもないのでチョッパーは引き受ける事にした。チョッパーのそのセリフを訊いて、いっそ悲壮だったサンジの顔がぱっと明るくなった。
「サンキュー、チョッパー!頑張れよ、お前の働きで俺の将来と今晩のおかずが決まるんだからな!!」
「………………」
やっぱりなんか今も最後のセリフが聞き捨てならなくて、外の世界は危険が一杯だよ、ドクトリーヌ、とチョッパーは思った。
さて!なんかよく判らないけど、本当によく判らないままにかなりめんどうな事に足突っ込んでしまったみたいなチョッパーは、力が入るあまり歩き方がぎこちなくなっていた。
目当てのルフィは、何だか船から身を乗り出しがちになって、海を眺めていた。きっと今までとこれからの航路に思いを馳せている……のもあるけど、魚がいるかどうかも気にしているのにも違いない。
「ル、ル、ルフィ!」
これまたやっぱり力が入りすぎて噛んでしまったチョッパーだ。やっぱり、ここでもゾロやらナミやらロビンやらが居たら、チョッパーの不自然ぷりを気に掛けたのだろうが、相手はよくも悪くも細かい事は気にしない、懐が大きすぎる船長だった。
チョッパーの声に、まだあどけないと言える顔が振り向いた。
「ルフィ、あのさっ……!」
「おー、チョッパー!お前も見てみろよー!」
「へっ?うわぁっ!」
ひょい、と抱えられ、肩車された。それはまだいいのだが、そのままの姿勢でさっきのように身を海へ乗り出したのだから、少し焦った。
「何だよ、ルフィー!」
「ほら見てみろよ!海が鏡みてぇだぜ!」
命に関わるぞんざいな扱いに、腹を立てたチョッパーだが、ルフィに言われるまま、海を覗き込む。すると、本当に自分の姿がクリアに水面に移っていた。
「うわ!すごいはっきり見えるな!」
「凪、って言うんだってさ。こういう状態」
「へー、ルフィよく知ってるなー!」
「うん、まぁ、船長だからな!」
ここにナミが居たら、50回くらい教えましたと言ってくれただろうに。
すごーい、本当に鏡みたいだー!とはしゃいでいると。
「!……………」
判る。見えないはずなのに、判る。
サンジが見てる……!(略してサンみて←略してる場合か)。
てっめーこの青っ鼻、俺の言った事まさか忘れてるんじゃねぇだろうなあぁん?大概にしねーと今から鍋にダシ取るぞゴルァ。
なんてセリフまで聴こえたような気がする。
「ル、ルフィルフィ!降ろして!!降ろせってば!」
「急にどうした?便所か?」
「違う!でも降ろしてー!」
と、チョッパーは降ろしてもらった。別にあの姿勢でも目的は達せれたのだろうけど、とにかくルフィから少し離れた方がいいような気がしたのだ。チョッパー本人は知る由もないが、その判断はとても正しいものだった。
「それでだな、ルフィ!」
「うん?」
ずび!と指、いや蹄を指して。
「サンジの事、好きか!?」
「へっ?」
ルフィが間抜けな声を出す。
「だーかーら!ルフィはサンジの事が好きなのか、って訊いてるんだ!!」
ちなみに身を隠せる壁の曲がった所で、サンジの事が好きか云々の件で身を悶えさせている鬱陶しいサンジの光景を想像してもらいたい。
「好きか----って、そりゃ好きに決まってんだろぉー?」
ルフィは断言した。一転の曇りも無くあっさりきっぱりと。嘘のない発言なのは、誰にもで判った。
ルフィがそう言った時、なんか後ろからハートマークと一緒にピンクのキラキラしたものが沸いたような気がする(byチョッパー)。
「そうなのか?」
「あぁ!サンジの飯、美味いもんなぁー!」
ズガッシャァァアアアン!!
「ん?何だ今の音?」
「あー……おれ見てくるから、いいよ」
ルフィをその場に残したのは、武士の情けとかいうヤツだろう。だって、自分の考えが正しかったら、今の音は。
「……サンジ、湿布居る?」
「………クソ要らねぇ」
ルフィのセリフで脱力しまくったあまり盛大にずっこけたサンジだろうから。
飯が美味いってなんだ飯が美味いって!そりゃ褒められて嬉しくない事はねぇけど、もっと褒め所っつーか惚れ所満載だろこの俺のこのビシュアル!物腰!動作!例えば流し目がステキだねとか声が腰砕けそうにセクシーだとか細身だけど意外と逞しい所とか------!!
ぶつっ
「あ、」
なんて考え事(?)をしていたせいか、リンゴの皮が途中で途切れてしまった。いつもなら、それこそ目を瞑ってでも最初から最後まで1本で済ませる事が出来るのに。
ちっ、と軽く舌打ちし、作業を続行させた。いや、させようとしたのだが。
「サ----ンジ------!!腹減ったー!」
今日もやっぱり来たか、とサンジはげんなりした。さっきの今なので、当社比5,5倍増しだ。
「帰れ!今、仕込んでんだよ!」
「腹減っちまったよ、何か食わせてくれー!」
「訊けよ人の話ー!」
「おーやーつっ!おーやーつーッ!!」
「だーっ!キッチンで騒ぐなー!……ったく、5分待ってろ」
と言ったのだが、実質3分も経っていないだろう。ルフィの目の前には、フルーツサンドがおかれている。
「うひょぉー!美味そー!!」
いただきまーす!とぱっくん!と一切れ丸々口に頬張った。普通の人なら口の端を切ってしまうだろうが、ゴム人間のルフィにそんな心配は無用だ。最も、普通の身体であってもルフィは今のような食べ方をしているに違いないから、こいつがゴムゴムの実を食ったのは一種の天啓ではないだろうか、とうっかり深く思ってしまったサンジである。
「おまえなー。せめてもうちょっと落ち着いて味わえよな」
「ふぁんふぉ、あひふぁっふぇふほー」
「クソ訳わからん」
どうやら、ちゃんと味わってるよーとか言ったみたいだが。
ごっくん、と喉を膨らませて、ルフィは口の中のものを飲み下した。
「んー!美味い!やっぱコックをサンジにして良かったー!!」
「………だったら、」
ふいにサンジから声が掛かり、サンドウィッチを加えたまま、ぅえ?とルフィが振り向く。
「俺がコックじゃなかったら、お前はどうしてたんだよ」
「ふへ?」
「俺が----そんな自分想像つかないけど----料理なんかしてなかったら、そうしたら、お前は別のヤツをこの船に乗せてたのか」
今みたいに、おやつを強請って、美味しいと顔を綻ばせて。
なんで今の自分は馬鹿で愚かなんだろう。居るはずもない架空の人物に嫉妬している。
クソアホらしい。
でも思わずにいられない。
……好きだから。
「…………」
サンジはルフィを真摯な眼差しで見摘め、ルフィはそれに臆する事無く見詰め返している。
一見深刻な事態なんだが、サンジは仕込み途中で腕まくりしてペティナイフを携えている上、ルフィはルフィでサンドウィッチを食んだままなのでなんだかコメディチックだ。まぁ、サンジはいっぱいいっぱいなので気にしちゃいられないと思うが。
ルフィは言う。
「はー?そんなの知らねーよ。そんな事言われたって、結局サンジがコックなのは変わらないだろ」
「……そうだけど」
そうだけどそうなんだけどだけどもやっぱり気になるんじゃないか!とサンジは沸騰寸前に悶々している。
「あぁ、でも、そうするともしかしたらサンジ、此処に居なかったかもしれねーんだなー」
とかルフィは呑気に言う。そんな縁起でもない可能性想像すんじゃねぇ、と言いだしっぺなのを棚に上げてサンジは思った。
「でも、そうするとさ」
もっさもっさと豪快に食べながら。
「ここでこーしてサンジの作った美味ぇモン食えるの、結構すげー事なんだなー」
そしてクリームまみれの顔を向けて。
「ラッキーだったな、オレ!」
「……………」
「ん。ごちそーさま」
そこそこの量があった筈だが、あっという間に無くなってしまった。まぁ、一般人にとってのそこそこの量だったし。
「じゃーなー、サンジ。またおやつ貰いに来るからー」
「晩飯まで待ちやがれ。アーホ」
サンジは、自分の顔が笑っていやしないか、それが少し気がかりで。
<END>
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