(サスケの笑った顔、見ちゃったってばよ) バイトから帰って……いや、途中からナルトの頭を占めるのはそれだけで。 ドキドキ煩い心臓を持て余して、部屋に戻るや赤ん坊の時分には同じ背丈だったというゾウのぬいぐるみを、ぎゅっと抱き締めた。
さて、今日も今日とてバイト。 花博イベントも無事終わり、いくらか落ち着きが見えた。 客の数は。
「あ-------ッ!」 ガッシャーン!
「うわぁッ!!」 ドシャーン!
「った、たた---------ッ!?」 べちん!
「わー、すごい。新記録だよ、ナルト」 「……何の記録だってばよ」 「ん?皿割りのv」 「……………」 むにー、と顔を歪ますナルト。 でも非があるのは完全に自分なので。 「ごめんなさい」 ペコ、と頭を下げて謝る。それに合わせて揺れるツインテールに頬が緩むカカシである。 「ま、そんなに落ち込まないで。 サスケのせいでもあるんでしょ?」 「へ?……………えぇぇぇええええええ!?」 言われたセリフの重大さに気づき、声の音量と共に顔の温度も上がる。 「な、な、な、んで気………!!」 「張り紙貼ったらすぐ来たもんねぇ。 ”オレ、此処で働きたいですってば!!”」 その時のセリフを復唱する。 「ろ、露骨だっだってば?」 ヤカンでお湯が湧けそうなくらい顔が熱い。 「こう見えても人生経験それなりにあるしね。 それにアイツの居ない所じゃとても手際がいいのに、サスケが居ると失敗ばかりだ。 誰だって解るよ。 知らぬは本人ばかりなり、てヤツ?」 学校の成績ばかりでこういう所は鈍感なんだねーと至って気楽に笑うカカシ。 「……サスケ……オレの事、凄い鈍臭いヤツだって思ってるってば……」 うりゅ、と蒼い目に膜が張る。 「だーから、落ち込んじゃだめだって。 最初からうまく行く恋なんて恋じゃないよ。 ガッツだよ、ナルト。ガッツ!」 「ガッツ……って、カカシ店長、面白がってる?」 「割れた皿の代金分はね」 「………!べ、弁償するってば!!」 「いいって。その分楽しんでるって言ったでしょ? こんなに毎日楽しめるのって、久しぶりだよ」 ここにサスケとキバが居たら、「嘘こけオマエいっつも俺達からかって遊んでいるだろう!」と反論してくれるだろうに。 「あとは、オマエの恋が上手く行ったら万々歳だね」 「望みは薄そうだってば……」 またぺしょん、としょげるナルトに、これで元気出しなさい、と、カカシはカップケーキを一つ、投げて寄越した。
サスケくんはカッコいい。サスケくんは素敵。 笑ってくれたらもっといいのに。
なんてサクラちゃん達は言ってるけど、オレ、サスケの仏頂面そんなにキライじゃないんだってば。
でもサスケの笑った顔見ちゃったから、今はオレもサスケの笑った顔のほうが好き。
サスケが、好き------
つるっ、と足の摩擦が無くなった。 「うわぁ!」 ここ最近とても仲良くなった床にまた撃沈……かと思えば。 「よ……、と」 (え?) グラリと傾いた体が何かに当たり、崩れたバランスは手に回った何かが補った。 その当たったものはサスケの身体で、回ったのはサスケの腕だ。 「……タイミングが読めてきたな」 「ほえ?」 「それにしても、よく何も無い所で転べるよな。一種の才能か?」 「そんな才能、存在しないってば!!」 バタバタと暴れるナルト。 それでサスケはナルト離し、仕事へ戻る……かと思えば。 視線はまだナルトに向いていて。 「な……何だってばよ」 「オマエ……いつも俺と目が合うと何か失敗してるな。 そんなに俺の顔は怖いか」 「!! そ、そんな事無いってば!!」 「だったら、何でだ」 「だ、だから……それは……」 エプロンを握り締める手に力が入る。 その時、タイミングが悪いのか良いのか、ドアのベルが鳴る音が響いた。 「あ、いらっしゃいませってば〜」 店員としてその言葉使いはどうなんだ、というような接客態度で迎えるナルト。 しかし、その危惧は今回は要らないみたいだ。何せ、客が、 「サクラちゃんにいのにヒナタ!よく来たってば!!」 そういう面々だったからだ。 「アンタじゃないわよ、サスケくんに会いに来たの!」 なんて言うサクラだが、ナルトがバイトすると聞いて一番ハラハラしたのは彼女である。 「サスケくんこっち向いて、サスケくんこっち……キャー!見た-------!!」 「あたしにねー」 騒ぐいのに素っ気無く言うサクラ。 「馬鹿言ってんじゃないわよ。視線の向きからしてどう見てもこっちでしょ!? あぁ、でも案外そうかもね。目立つモンね、そのおでこ」 「なぁぁぁんですって-------!!」 ギャースカと争う2人にそっとメニューと水を差し出す。 触らぬ神に祟りは無いのだから。 「今日はそんなに混んでないから、ゆっくりしてもいいってばよ」 「う、うん、ありがとう……」 和やかに微笑みあうヒナタとナルト。しかし、目の前では2人の口はまだ止まっていない。 その一角を少し遠くで見ているサスケに、キバが近寄る。 「お〜い、あんまりナルト苛めるなよ」 「……何がだ」 「無自覚、か。参ったな、こりゃ」 ぼりぼり頭を掻きながら奥に引っ込むキバ。「妹っていうより従姉妹かな」とサスケには意味不明な言葉を呟きながら。 「サスケ。これ3番テーブルね」 ピラフとサラダが乗ったトレイが手渡される。 そう言えば、カカシもまた自分を見ては、意味ありげに笑うようになった。 自分に気づかせるようにしているところが腹が立つ。 とりあえずは仕事を任されているのだから、それをこなさなければ。 水平にトレイを持ったまま移動するサスケ。 例のテーブルから「ピラフを運ぶサスケくん、カッコいい------!」と2人が叫び、残りのヒナタもナルトの方を見ては「……可愛い」と小さいく呟く。 騒ぐ2人もだが、こいつからも何かヤバイものを感じる…… 今日の7番テーブルは、サスケにとってトワライトゾーン。 お待たせしました、と料理をテーブルに置いていると。 (------ん?) ふと何かを感じる。その直ぐ後に、「ナルトちゃん!」と少し焦ったヒナタの声が聴こえて。 「わ、わ、わぁ!!!」 ナルトの手から滑り落ち、宙を舞う皿達。 しかし、それは床に落ちる前に、サスケが確実に一枚一枚キャッチする。 まるでかくし芸みたいな光景に、おもわず客から拍手が起こる。 「サスケくん、すごーい!」 無論、この2人も歓声に混じっていて。 「お見事ー♪」 楽しい事大好きのカカシも居た。 「あ、ありがとだってば……」 「最近、タイミングが解って来たんだ。 何かを感じて振り向くと、大抵こいつがこけてる」 (何かを感じて……って……)
まさか、気づかれちゃった?
サスケの事ずっと見てた事とか?
サスケの事好きな事とか?
全部?
「な、な、な、何言ってんだってば-------!!」 ドーン、と力一杯。 ナルトはサスケを突き飛ばした。 此処はフロアで、所狭しとテーブルがある事も忘れて。 いくらサスケでも、至近距離で何の準備も無く衝撃を喰らったら、それに従うしかない。 「------ッ!」 ガンガラガッシャァァァァァァアン!!!! 幸いだったのは客が居ないテーブルで。 不幸だったのは皿をまだ片付けないテーブルだった事だ。 サスケに容赦なく、ソースやクリームの残った皿や、紅茶の残っているポットが襲う。 「…………………」 「っキャー!サスケくん!!」 呆然とするナルトに、いのの叫び声が届く。 (はッ!そうだ、何か拭く物、拭く物---------!!) ナルトは片づけ中のテーブルに乗ってるだろう布巾に手を伸ばす。 「ダメよ、ナルト!」 今度の声はサクラで。 「え?--------ッ!!!!」 ナルトが布巾だと思ってたのはテーブルクロスの弛んだ所で。 それをまた思いっきり引っ張ってしまったものだから。 皿の数々が、今度は前からサスケに被る。 ドガラガシャーン!! 『………………』 あまりの出来事の連続に、カカシですらこの場は沈黙をするしかなかった。 「……………」 ナルトは、この数分を無かった事に出来るなら、寿命の半分を削ってもいいとさえ、思った。 「……………」 座り込んでしまった膝の上に乗った皿を退けて、サスケは立ち上がる。 すっかり悲惨な状態になったあ自分の服を見て一言呟く。 「……まるで、わざとやったみたいだな」 「---------!!!」 最近の失態と合わせ、このセリフでナルトの何かがキレた。 「……わざとなんかじゃ、ないってば………」 そして、消え入りそうだった声を、店内中に響く声にして、
「いくらオレでも、大好きな人にこんな事しないってばよ!!!!」
『…………………』 再び、店内には沈黙が満たされた。 しかし、今度はカカシはライスシャワーなんてしていてすこぶる陽気だったが。 「……………」 そして、ナルトの代わりにサスケが呆然とする役で。
好き?
誰が?
俺が?
誰に?
こいつに?
「………………」
あぁ、だからか。
カカシやキバは、こいつが器用と思っていて。 俺はドベだと思っていた。
サスケが真理を見出している時、ナルトは自分が何を言ったかようやく頭が認識してくれた。 途端に、ぼんっと顔が赤くなる。 「あ……今のは……その、違うんだってば……だから、今のは、どうわぁッ!」 何に躓いたのか、ナルトがこける。しかも、顔面からだった。 「しまった……予想出来なかった。おい、ドベ、大丈夫か」 「あうう〜鼻擦りむいたってば……」 涙目になって起き上がったナルトの鼻は、本人の自覚通りに擦りむいて赤くなっていた。 「あぁ、本当だな…… しかし、酷い顔だ。まったく」 頬も薄汚れ、灰被り姫(シンデレラ)よろしくなナルトの姿に、ぷっと吹き出すサスケ。 「サスケ!笑うなんて失礼---------………」 「?」 笑うのを止めて、サスケはナルトを見た。 そうして、自分でも気づく。 (今、俺は笑って------?)
”一番好きな人にしか笑わない。それが男ってもんだと、ずっーと思ってんの”
証人が複数立ち会っていたその出来事は、しばらくしないウチに万人の知るところになっていた。 それにより、サスケのため息が増えて-----ナルトは、ドジの回数が減った。 『想いが伝わったからだってば』 そう、はにかみながら言うナルトを、少しだけ可愛く感じる。 そしてそういう時、サスケは少しだけ笑えるような気がするのだ。 ただし、相手はナルトだけ。
店では相変わらずで。 「オマエ少しは笑えよ」と、キバに文句を言われてる。 彼女が出来て客足少し減ったんだから、と、付け足して。
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