「オハヨーございますってばよ!!」 聞き覚えのある口調、見覚えのある金糸。 ドサ、と。 サスケはショルダーバッグが落ちたのを、その音で知った。
「ナルトー!」 「キバー、久しぶりだってば!!」 去年クラスが一緒だった2人はマブいダチなのだそうだ。 パン!と合わせた手を上下にブンブン降る。 「ひょっとして、新しいバイトて、お前か」 「オレだってばよ」 その最終告知にサスケの頭上にゴン!という衝撃が当たる。 賑やかしくも和やかに、キバがいっちょ前に先輩ぶるのを、微笑ましく見るカカシを、サスケはぐい、と引寄せた。 「何」 「オマエ……店を潰す気か!?」 「は?」 サスケの発言に、カカシは久しぶりに意表を突かれた。 「……何の事?」 「だからだな!こんなクソ忙しい時にあんなドベ入れたら、ますますしっちゃかめっちゃかになるのは、目に見えてるだろうが!」 「え、そうなの? でも実によくやってくれたよ。気づかない?店内がいつもより綺麗でしょ」 と、言われてそういう目で見れば。 いつもよりガラスは多く陽の光を取り込んでいるように見えるし、飾られた花はしゃんと伸びている。 「オマエらが来るほんの5分前に来たんだけどね。 その間でぱぱっとやってくれたよ」 「何だって?」 サスケは自分が知りえるナルトを思い浮かべて見る。 先日、自転車で大横転したナルト。 何も無い廊下で転ぶナルト。 資料を運んでる時にこけるナルト。 ハードルに足を引っ掛けてずっこけるナルト。 「……在り得ねぇ……」 「何が在り得ないの?オマエ、さっきからちょっと変だよ?」 「………………」 一番言われたくない人物から一番言われたくない事を言われ、サスケは世を儚みたくなった。 「じゃ、さっそく運ぶってば!」 「オイ、重いぜ!?」 「へーき!」 何かを思えば、ナルトは顎まで積んだ皿を運ぼうとしている。 あれはこけたら大惨事だ。 などとサスケが思っていたら。 「わ……っと、あ------ッ!!」 (ほら見ろ!) チ、と舌打ちしてサスケは素早く駆け寄り、崩れる皿を器用にキャッチ。 「あ………」 「ったく。気をつけろよ、ドベ」 「………ッ!またドベって言う--------!!」 そのまま果てしなく続く口喧嘩に突入か、という所で、パンパンと手を叩く音が入った。 「あーもう、そろそろ開店だから。 ナルト、ちょっと髪直しなさいね。右の髪が左に行っちゃってるよ」 「え、マジ?」 「マジ」 パパっと直す。元の質がいいのか、それだけでしゃらり、と綺麗に戻った。 「それじゃ、開ー店」 カラン、とベルが鳴り、看板が外に出された。
合間を縫っての食事タイムに、サスケとキバは並んでサンドウィッチを食んでいた。 並んでいたのは彼らの間に友好が芽生えたからで無く、単なるスペース上の都合だ。 「やー、それにしてもナルトで良かったぜー」 じゅるーと紙パックのジュースを啜るキバ。 「まぁ……オマエはあれでもいいだろうけどよ」 キバの希望は明るくてよく笑う子だ。 その点に置いては、何もサスケは異を唱えない。 「何言ってんだよ、おまえだって願ったり適ったりだろ?」 「はぁ?」 キバのセリフに危うくサスケはサンドウィッチを落としそうになる。 「キバ……オマエ、耳と記憶力、どっちが悪いんだ?」 キバには悪いが、サスケは本気だった。 「どーゆー意味だよそれは」 「……俺がどんなヤツが来て欲しいって言ったのか、覚えてるのか」 「だから、有能なヤツだろ?手際じゃん、ナルト」 「……………」 サスケはこんなSFを思い出した。 ある日、ふと目覚めると、周りの人は変らないのに、価値観やモラルだけが変っている異世界に紛れ込んでしまった話……… (……この世界じゃ、よくこけるヤツを有能で手際いい、って言うのか?) 混乱の極地にあるサスケ。 其処へナルトが入ってきた。 「お客さんが沢山になって来たってばよー!2人とも手伝って!! って、ぉわあ!」 今度はナルト本体が床に撃沈しそうになったので、サスケはナルトを支えた。 いくらなんでも、客に出れない顔になってもらっては困る。 「ナルトー、大丈夫か?」 「あー、うん……サスケ!さっさと離せってば!!」 ムキー、とラグビーボールよろしく脇に抱えられたのでは気分は良くない。 「離してやるのはいいが、こけるなよ」 腕から逃れたナルトは駆け足で去る。 「こけないってば!」 「うわ、ナルト!」 「え、カカ………どあ-------!!」 ドシン!ドンガラカッシャアーン!!! 「……ぶつかった、な……」 「あぁ……」 その呟きは虚空に消えた。
「あー、こりゃ見事に割れたな」 「ご……ごめんなさい……」 絵に描いたように割れた大皿。ここまで見事に割れると、いっそ飾りたくなる……のはカカシだけだ。 心底しょげかえったナルトの頭をぽんぽん、と叩いて。 「いいよいいよ。丁度買い換えようと思っていたし」 気にしなーいの、と厨房へ戻っていくカカシ。 「やっぱりこけたな、ドベ」 「……サスケが!後ろから変なこと言ったせいだってば」 「…………」 はぁ、とため息付いて、手を伸ばす。 「うぉッ!?戦る気だって……?」 その手はまた乱れた髪をささっと直して。 「後ろで一本にした方がいいんじゃねーの」 「でもそれじゃ髪が撥ね……あ」 しまった、と口を閉じてももう遅い。 「寝癖対策、か。そりゃいいな」 「……………」 「?」 いつものように突っかかってくるのを予想としていたサスケは、無反応のこのナルトに疑問を感じた。 しかしそれを甲斐性するでもなく。 「サスケー!5番テーブルにご指名だよー♪」 (……ホストクラブか此処は!) たとえ仏頂面を曝け出していようと、サスケ目当ての客は居るのは確かで。 彼にとって不幸なのは、カカシがそれを面白がる性格だった事だろう。 黙って注文の品の乗っているトレイを受け取るサスケ。 その後姿を見ているナルト。 「ナルトー?さっきスゲー音だったけど、大丈夫か?」 「へーき………」 いつもの張りのある声でないのに訝しんで、キバは何気なく顔を覗き込んで見る。 「あ、何だか顔赤いぞ? 「え、っへ!?」 さ、と頬に手を当てるナルト。 「もしかして、熱あるとか?あー、だから……」 こけたのか、という言葉の続きを遮り、 「違う違う!さっきのはオレの不注意だってば! ほらほら、キバも仕事戻る!!」 ぐいぐい、とキバの背中を押す。 その時、こそっと頬を確かめると、熱い気がする。 (だって、仕方ないってば……)
さっき、サスケ笑った。 ……オレ、サスケの笑った顔、見ちゃった!!
思い出し、また頬が熱く感じるナルトだった。
*続く*
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