例えば、人間言ってもどうしようもないと解っていても、言わずにいられない事がある---- そんな薄らカッコいい事を頭に入れながら、キバは言った。
「サスケ、お前ちょっとは笑えよ」
と。
「…………………………」 「あー、ホラホラ、ンな顔だ。それでもいいってヤツはいいと思うけど、大抵のヤツは腰が引けるぜ?」 まだ10代なのに、こんなに渋い表情が出来て良いものか……と思わせるくらい、今のサスケは顰めに顰めっている。 平常でも”無愛想”の部類に入るサスケだが、今は先程のキバのセリフが効いている。 「うるせーな。可笑しくもないのに笑えるかってんだ」 「其処を笑うんだよ!お前嫌でも自分が人気あるって解ってんだろ? そのお前の笑顔だ!見たさに客がどっと押し寄せるに違いない!!」 ググ、と拳を握るキバ。 「だろ!?」 「明日は晴れ時々曇り………」 「新聞の天気予報に大敗北かよ、俺の主張」 サスケはじろ、と視線だけ動かし、 「そんなにしたけりゃお前がやれ」 「やだね、そんな物見パンダみないな役」 「……今、俺にやらせようと……お前………」 「客が増えたら!!!」 サスケの手が新聞から灰皿(何だか重そう)に切り替わったのを見て、キバは言う。 「それに伴い俺らの給料もアップ! そうしたらどうだろう!なんと!俺は次世代ゲーム機種を買う夢が現実の物に!!」 「何でお前のエンターテイメントの為に俺が頬の筋肉酷使しなきゃなんねーんだよ!!」 「ボクタチ、ともだちぢゃないか」 「……スッゲー心が篭ってない………!!」 怒りの前に驚愕するサスケだ。 「とにかく!俺は前々から思ってたんだよ!お前目当てで来るヤツもぎょーさんいるけど、窓の外でお前の顔見て引き返すヤツもぎょーさん居るって事をな!」 「どうして局部局部で名古屋弁が入るんだ」 「うっせぃ!それで!その分の利益を考えれば、俺はとっくに新機種で遊べてる時期なのに! それなのにまだ買えてないってのはコレ如何に!」 「ゲーセン行くのやめて携帯も控えりゃいいだろ」 「サスケ……それはパンが無いって言ってるヤツに、ケーキ食えって言ってるのと、同じだぜ?」 サスケはその例えは絶対に間違っているとこの後の人生を賭けて断言出来る。 「とりあえず、俺はそんな事はしないと言ったらしない。 もし、話蒸し返したら……」 ギロリ、と攻撃性を含んだ視線を送る。 その意図に気づかないキバでなない。 「へぇ、そう出る? 言っとくけど、俺、ゲームが絡むと強いぜ?」 「……………………。 情っけ無ぇ…………」 「本当に情けなく言うなよ。傷つくだろ」 案外キバはナイーブだ。 丁度時間は昼をちょっと過ぎて、おやつを取るまでにはまだ間がある頃だ。 客は、居ない。 「……………」 「……………」 キバは喧嘩早いのが顔で解るタイプだ。方や、サスケは「クールでストイックで素敵v」とかよく言われるが、やる時はやる男だ。 そして今はやる時!! 間の空間に緊迫した空気が流れ、2人は腰を落とし、拳を作った。 そして! 「はーい、それまでー」 グワン!ゴワン!! 「でっ!」 「だっ!」 緊迫感なんかお空の彼方へふっ飛ばし、トレイの平面で2人の頭を叩いたのは、店長のカカシだ。 「店内での乱闘はご遠慮願いまーす。 壁に注意書きがちゃんとあるでしょ」 「嘘だ、そんなもの……って、あるし!!!」 目の前の壁に貼られてある、”店内乱闘禁止”の張り紙に戦くキバ。 しかし、サスケは気づいていた。キバとのやり取りを前に、カウンターの奥でやけにうきうきしながらマジックペンを持っていたカカシを。 「そんなに齷齪(←”あくせく”と読みます)客かき集める算段立てなくても、もうすぐ春休みだから自然にお客さんは増えるって。 それに、今年は近くの植物園の花博だしね。ピークの2倍増しは覚悟してね?」 最後の”ね?”で笑いかけられ、キバはげ、と引きつる。ゲームは欲しいが、忙しいのは嫌だ。何気に最近の若者思考だ。 そのキバの引きつった顔を面白く受け取り、 「それにね、そのお願いはサスケに酷ってもんだよ。 だってサスケの所は、代々運命の相手にしか笑顔を見せないんだから」 「ほえ?」 キバの顔が引きつったものからマヌケなものに変る。 「ねー、サスケv」 「……知るか」 カカシのご機嫌な笑顔はサスケの仏頂面に弾き飛ばされてしまった。 「それって……呪いかなにかか?」 「勝手に人の家を呪わすな」 ボケがマジか解らないキバの発言も弾き飛ばされる。 「ま、ご先祖代々から堅気な一族だったからね。 一番好きになった相手にしか笑顔を見せない。それが男ってものだと、ずーっと思ってんの」 立派なんだか愚かなんだかさっぱり解らん……と考えているキバの横で、サスケはやっぱり無愛想だった。
「………ぁー………」 春休みに入ってからのバイト。 カカシの予言(?)通りにその押し込み具合は2倍増しもいい所だ。 しかも、花博の始まる前でこの状態だ……始まった時を想像するだけで恐ろしい。 フロアに立ちっぱなしだった足と、トレイを持ちっぱなしの手は疲れをどんと纏わり付かせている。 それを少しでも吐き出したくて、サスケから思わず呻きみたいな声が出た。 自転車通いなキバは、乗り方を覚えたばっかりの幼児みたいな、ふらふらとした軌道で帰って行った。サスケは、テレビを見ているとき、緊急速報で男子高校生交通事故という要項が画面の上を通過しないのを切に願った。 「………ぁー………」 呻き2回目。 しかし、この道のりも、此処を真っ直ぐ歩いて次の角を左に曲がり、そのまま2つほど通りをやりすごして右に曲がれば我が家だ。あぁ、微妙に遠い。 (今は何時……6時半か………) 入ったのは朝9時。普通の働くサラリーマンと同じ時分だ。 (チキショウ……散々酷使しやがって……) それでいて相手はふつ〜に「明日もよろしくねー」と笑顔と手を振りまいていた。 バイトがフロア担当で、カカシは調理担当で。 自分たちがいれだけ必死こいて配った料理を全てこなし、なおかつ平然とした素振りのカカシに、2人は何度目かもう解らない”こいつ絶対人間じゃねぇ。ていうかむしろ認めん”という感想を持った。 さて、左に曲がった。あとはこのまま2つほど通りをやりすごして右に曲がれば我が家だ。あぁ、やっぱり微妙に遠い。 足を引き摺るようにサスケが歩いていると。 「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!!退いてってば-------!!退いて退いて!!!」 「!!?」 退け、という声がしたので、ぎょっとなり横を振り向けば。 「ああああああああッ!」 ズッシャァァァァァアア!ガシャガッシャン!カラカラカラ………… 「………………」 自転車が横転するまでの惨状を見終えたサスケは、その主に向かって一言。 「ドベ」 「ドベっていうな------!!間一髪の所で、オレってば自転車から降りるの成功!!」 ふん、と胸を逸らし鼻を鳴らして、そしてはっ、と気づいた。 「ああ------ッ!自転車!壊れてない!?壊れてない!?」 慌ててガシャガシャと自転車を立ち起こすナルト。どうやら籠はへこんだが、機能する分には触りないみたいだ。 ほ、と安心するナルトにサスケが一言。 「補助輪付けた方がいいんじゃねぇの?」 「-----ッ!オレ!ちゃんと手放しでも運転出来るんだってば!」 サスケのばーか!と幼稚なセリフを残して疾風のように走り去った。 あれだけの目に遭っても、その金糸はさらさらと自身が起こす風に綺麗に靡く。 部分部分や顔だけを見れば、文句なしで及第点の美少女だが、その性格が全てを打ち消すような勝気で男勝りなので、案外ナルトは美少女だと気づく輩は少ない。 髪を短くしたらまるっきり男なんじゃないかというのはサスケの弁だ。勿論、これを本人に聞かれた後は今みたいにぶいぶいと文句を言われた。 (またこけたらどうするってんだ……) あっという間に豆粒大になったナルトに、そして、そういえば、と思い出してみる。 ナルトは今年同じクラスになったが、会う度に転んでいるように思う。 そんな様子を見れば、誰だって「ドベ」と思うだろうに。 今まで誰も指摘しなかったのだろうか。 まぁ、どうでもいい事だが。 今は早く足を休ませる場所が欲しい。 家まであと1つ通りをやり過ごして右に曲がるだけ。この距離がどうにも遠いのだ。
「よろしい」 何だかとっても偉そうに、カカシは腕を組んでいた。 店のドアには「閉店」の立て札が吊るされている。 そう、彼らは可哀相に閉店ぎりぎりまで居させられたのだ。 「君たちのがんばりに応えて、バイトを増やしましょう」 「ば、ばんさ〜い……」 「……………」 キバはへろーと両腕を上げた。彼のセリフの通り、万歳のつもりだ。 サスケも力さえ残っていたらそうしたい気分だ。 「じゃ、この張り紙をさっそく貼るね」 にっこ、と目を弧にして、カカシは張り紙を両手で掲げた。そこには”バイト急募集。*三食昼寝つき”と毛筆で書かれていた。これを見て誰が喫茶店の店員募集だと、店の住所を確かめずに解るだろうか。 本当にバイト集める気あんのかい、とサスケの気力がアップする。純粋な怒りだけの気力が。 「なぁ……”三食昼寝付き”て、何」 「昔からバイト募集の張り紙にはこう書くのが決まってるの。家に帰ったらお父さんかお母さんに訊いてごらん」 サスケはそれも絶対に間違っているとこの後の人生を賭けて断言出来る。 この店が店員を募集するなら、自分はまともな価値観を持っている知人が欲しい。 「それじゃ今日はお疲れ」 『今日”も”』 「明日は休みだから、明後日だねー」 2人の大人しめの抗議はカカシの笑顔に散った。
サスケは自分も自転車で通う事にした。トレーニングの為、と徒歩で通っていたのだが、仕事だけで充分それをクリア出来ているという結論に至ったからである。 自転車置き場から各自分のを出していると、 「なー、サスケ?」 「……何だ」 「や、改めて思うけどな。お前ってマジで笑わねーのな」 「またそれか」 ギロ、とカナリアくらいなら殺せそうな視線がキバを射抜く。 「いや、もう笑えって話じゃねーよ。生物学的見地からの意見だ。それとも人相学的の方向が良かったか?」 「…………」 どうしよう……凄くコイツ殴りてぇけど、それで手が痛くなるのは嫌だ…… サスケのこんな葛藤を知らずしてか、キバの話は続く。 「やっぱ”運命の相手”だけなんかね。お前が笑いかけるのは。 俺もちょーっと興味あるのになぁ」 「男の笑顔なんか、見たいのかお前は」 「まぁ、冥土の土産くらいには、と」 「…………」 サスケは殴りかかろうとする右手を左手で押さえた。 「あ、冥土で思い出した。 新しいバイト、女の子がいいな〜。しかも可愛いの!」 何で思い出すんだ、と思ったが、おそらく冥土→メイド→ウェイトレスという連想がキバの脳内で展開されたのだろう。 「そしていつも笑顔の明るい子! 何せ同僚がしかめっ面に、店長が妖怪ぬらりひょんだろ。俺にもオアシスが欲しいよ〜」 同刻、妖怪ぬらりひょんと称されたカカシはくしゃみをした。 「俺はどっちでもいいから、有能なヤツがいいな。 何せ同僚はヤンキーもどきで店長は胡散臭い大人だろ。俺にも心の安息が欲しい」 同刻、胡散臭い大人呼ばわりされたカカシはまたくしゃみをした。 「………………」 「………………」 「ふ………ふふふふふ」 「はっはっはっはっは」 2人は無意味にかつ不気味に笑い合い、道路に出た所で間反対に自転車を漕ぎ出した。 これは単なる帰路の都合だが、彼らの心理状況を如実に表していると言っても過言でもない。 自転車に乗ると、先日のナルトの大横転が脳裏に蘇る。 (もしあいつがバイトだったら------ますますえらい事になるな) その光景を想像する。 何だか顔がおかしな感じがした。 家まで、あと、この道のりを此処を真っ直ぐ走って次の角を左に曲がり、そのまま2つほど通りをやりすごして右に曲がって到着だ。
*続く*
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