「ねぇ、兄さん」
「んー?」
珍しくゆったりとした朝。
エルリック兄妹(エドとしては将来的に夫婦)は朝食を取っていた。
「兄さん。あれ、いい加減にどうにかしたら?」
「嫌だ」
即座に拒んだエドに、アルはあからさまな溜息を吐いた。
あれ、とはつまり。
アルのかつての”身体”。
とても大きな鎧である。
無事、人の身体になって見た時、アル自身が吃驚した程だ。
「捨てろとまでは言わないからさー、せめて練成して、他の何かに変えなよ。
とにかく、あの大きさは問題だって」
何せ大の大人1人半分のスペースを占領しているのだ。
この部屋を預かり、収納に気遣うアルとしては、由々しき問題だ。
「絶対嫌だ!あのまま残す!!!」
そんなアルの都合も考えず、頑なエド。
まぁ、彼の気持ちも強ち解らないでもない。
何せ、あれと共に旅をして、生活をして。何より愛しい魂を宿していたのだ。
それの形を変えてしまう。無くしてしまう。
考えただけで、哀しくて涙が出そうだ(これをアルが聞いたら、それくらいだったらとっとと片付けてよとか言われそうだが)。
「……解った」
アルが静かにいい、手にしていたフォークを机に置く。
エドは嫌な予感がひしひしと身を蝕むのを感じた。こんな風に、静かに言うのは、大概自分にとって思わしくない事を言い出す時なのだから。
「だったら、兄さんの本、処分するからね」
「そ、そんなぁぁぁぁぁぁ!!!」
まさに悲鳴、がエドの口から発せられる。
この部屋にある本棚という本棚。そして、何とか綺麗に収めてある箱の中びっりちに、エドの本がぎっしりと詰まっているのだ。アルが部屋のスーペス云々と言うのも、当然だろう。
「それはだめだ!いかんぞ!まだ、読むのばっかりなんだから!!」
「そんな事言って!買ってばっかて処分しなきゃ、このままだと冗談抜きでこの部屋本で埋まるよ?
あ、その前に床が抜けるかもね」
あの鎧が無かったら、もう少し置けるのになーと言うアル。
「うぅぅぅぅぅ」
ぐうの音も出ないエドは、ただ唸るばかりだ。
仕事場に持っていくという手は使えない。あっちにもすでにそれ相応の量の書籍があり、「これ以上本を増やしたら貴方の寿命を減らす」と、何で自分の本が場所占領したそこまで言われなくちゃなんないんだ、って事をリザに言われたからだ(当たり前に威嚇射撃付き)。
「兄さん」
様子を少し変えて、小さい子に対する時のような、柔らかい声で問う。
「何で、そこまで拘るの?」
「拘るって言うかさー……
ほら、俺が帰って来た時、アルが寝て居る事もあるだろ?本当はアルを起こしたいんだけど、そんな事も出来ないから、そういう時にあの鎧に向かって色々語るんだよ」
「…………………」
その様子を限りなくリアルに想像してしまったアルは、今にでもロイを呼んで、鎧を溶解して欲しくなった。
「何より……アルが2人居るみたいていいじゃないか………」
ほわわわ〜と和やかに言ってのけたエドに、本気でロイに今度頼むかどうかを悩み始めたアルだ。
「………アルは?」
アルが頭痛と戦っていたら、エドからとても気弱な声がした。
「お前……やっぱ、あの鎧………」
見るのが辛いか、と。
言わないセリフがアルに届く。
それやぁ、辛くないと言えば嘘になる。
あの鎧に魂を置いて、辛うじてこの世に、エドの傍に存在する事は出来たが、その代償は大きい。
”感じない”。
全ての抽象的なもの。大切な事が埋まっているだろうそれに、触れられないという事は。
しかし。
「僕はさ」
アルが言い出すと、エドが伏せていた顔を上げた。
「あの鎧を見てて、兄さんがまた自分を責めるんじゃないかと、それが一番心配なんだ。
自己中心的なくせに、変な所で自虐的なんだから」
「ははは………」
返す言葉の無いエドは、とりあえず笑ってみた。
「兄さんの事も、解らなくないよ。もし、逆の立場だったら、僕もあれを”処分”なんて出来ないだろうし……」
「だろ?そうだろ?」
「でも」
じろ、と睨むアルに先程の強い光が宿る。
「それとこれとは別だからね!部屋の場所は限られてるんだよ!?
鎧をどうにかするか、本を処分するか!!
どっちかにして!!」
「うわーん、アルが怒ったー」
ばん!と机を叩いて怒鳴るアル。
どーしよーもないエドは、机の下に潜った。
で。結局。
「あぁ、アル……変わり果てた姿に………」
「兄さん、そんな言い方止めてよ」
自分は、ちゃんと横に居るのだから。まぁ、変わり果てたのは合ってるけど。
「それで良かったんだよ、兄さん」
「あうぅぅぅ〜」
慰めるように、ぽんと高に手を置いて。
今日はそんなエドの為にクリームシチューにしてあげようかな、なんて。
涙を流して暮れるエドの手には。
掌サイズになった鎧が、ちょこんと乗っていた。
ちなみにこの鎧。
ポケットサイズになった為、エドが何処に行くにも持って行き、仕事場では始終語りかけて同僚と上司の精神を彼方に飛ばすのは、また別の話。
<END>
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