「なーなー、中尉ー」
「何、エドワード君?」
エドにリザ。
この組み合わせで何も起こらない訳が無いのだからさっさと逃げてしまいたいが、そうもいかないのが縦社会の辛い所だ、とハボックはそっと煙を吐き出した。
「何じゃねーよ。中尉、アルの事だよ」
「アルフォンス君の事?」
そりゃアルについては言いたい事が山ほどあるが(特に子作り云々に関して)エドに促されるような事は無かった筈だ。
だってよ、とエドは言い出す。
「普通こんな状況になったら、中尉辺りが「女の子がこんな格好じゃだめよ」とか言ってふんわりした可愛い服をアルに着せたりして、何も知らない俺がそれを見て「あああ、アル?その格好は?」「うわーん兄さん、こんな格好にされちゃったよー」てな遣り取りしたりして、「中尉が買うもんだから、つられて俺も買っちまったぜー☆」て具合に白い清楚なドレス贈ったりする展開になるんじゃねーの?」
「………………」
今微かにカチ、と聞こえたのは安全装置が外された音ではあるまいか、とハボックは思う。
「……ジャンヌ・ダルクが」
しかしリザは発砲せず、(まぁ弾丸程度でエドが倒せる訳が無いと、他ならぬ彼女が一番良く知っているだろう)語りだす。
「生涯男装を貫いたのは、どうしてだと思う?」
「えーと、格好いいから」
と、エドは右脳だけで考えて答えを言う。
「肉欲の対象に取られたくなかったからよ!実際、捕虜所で自然の摂理に反するとか言われて普通のドレスを着た時、彼女は何度も貞操の危機に陥ったそうよ!」
「なんだか、ここでそういうセリフ言われると、アルに可愛い服着させると俺が襲うからダメって言われてるみたいじゃねーか」
「そうだと言ってるの!」
口だけで治まらなかったリザは、近くのペーパーウェイトをぶぇんとエドに投げた。
が、其処は百戦錬磨のエド。ひょい、と軽い効果音でかわす。
ペーパーウェイトは、無事、ハボックにガッツンと当たった。倒れるハボック。出番は終わりだ。
「んだよ、中尉のケチ!」
いーっと歯を見せて威嚇する、こんなところは子供のエド。
「安心したまえ、鋼の」
ロイが大人の余裕を纏わり付かせ、その肩をぽんと叩く。
「そういう事なら、この私が協力しよう!さっそくアルフォンス君に似合いそうなドレスを見立てに行こうじゃないか!!」
力を入れて言うロイ。ビシ!と指差した先には、ドレスアップしたアルが自分に感謝してディナーの誘いに応じてくれる姿があるのだろう。
「いや、大佐はだめだから」
「そうね、大佐はだめね」
「………………」
なんだか、そんな風に諭すように言われると、「行こうじゃねーよコラ!」と怒鳴られるより深く傷つくのは、何でだろう。
30の大台を前に、謎が増えていく一方のロイだった。
そして、その晩。
エドは珍しく夕食時に帰宅……というか、宿に戻る事が出来た。
あまり仕事が無かったのと、落ち込んだロイがそれ以上エドと喧嘩にならなかったのとハボックが早く回復してくれたのが原因だ。
「アルー、ただいまー!」
「おかえり、兄さん」
そんな挨拶を交わして、早く自分達の家ででただいまおかえりを言いたいなぁ、と思うエドだ。
にこ、と笑うアルの笑顔で、無能な上司とすぐ発砲する中尉となぜかいつも倒れている少尉に疲れていた自分の心は一気にマックスまで元気満タンだ。
「おー、今日はトマトシチューか」
「うん、トマトのいいのが安かったから」
此処は宿なのだから、食事を頼む事も当然出来るのだか、アルはいつも手料理で出迎えてくれる。
幸せってのに形を持たせたら、きっと今の自分とアルの事だと信じて疑わないエドだった。
「先にお風呂入る?」
「ん、そーする」
「じゃぁその間に支度するからね」
にっこり笑うアル。
あー……幸せだなぁ。
今、このエドの表情を見たら、リザは発砲し、ロイは発火するだろう。
それくらい、幸せそうな笑顔だった。
「所でさ、兄さん」
「んぁ?」
もー、口一杯頬張って物言わないでよ!とエドを躾けてからアルは言う。
「ボクって、やっぱり女の子らしい服を着た方がいいのかなぁ」
アルの普段着は、ボーイッシュ所でなく、男物そのままを着ている。
「何でだよ」
もぐもぐごっきゅん、と飲み下して、エドは訊いた。
「んー、何か、この格好って、他人から見たらちょっと不自然みたいだから………」
「-----まさか、アル?」
「違う違う、そんな深刻なものじゃないって」
自分が云われなく誹謗中傷浴びてるのでは、とエドが心配したのが、手に取るように解る。アルはそれに思わず苦笑した。
「ボク、この辺でちょくちょく買い物するでしょ?ちょっと顔馴染みも出来てきて、その人から「女の子らしい格好は嫌いなの?」って訊かれたからさ」
「なるほど」
相槌を打ちながら、空になった平皿を差し出し、おかわりを要求する。すかさず、中身が満たされた皿が手渡される。
「兄さんは?」
「うん?」
「ボクが、女の子らしい格好した方がいいと思う?」
「……んー、俺は別に……アルがしたい格好をすりゃいいと思うぜ?」
そりゃ、可愛らしくメイクアップしてくれるのは歓迎する。が、嫌がるアルに無理強いする事はしたくないのだ。
「そっかー」
パンを小さくちぎり、口に入れる。
「兄さんがそう言うなら、それでいいかな。
相手も、兄さんくらいの年齢の人だったんだ」
「へー…………」
と、エドのスプーンを運ぶ手が止まる。
「俺くらいの年齢………?」
「うん」
「男か」
「まーね」
「……顔馴染み、ってのは、そいつか」
「その人だけじゃないけどね」
「………ふーん」
エドは3皿シチューを平らげて、夕食は終了。
「兄さん、デザートに果物あるんだけど。おまけしてくれたんだよ」
と、アルは微笑みながら、嬉しそうにフルーツを取り出す。
(おまけ、ね………)
「アル」
「んー?何?」
視線と意識は皮を剥くナイフへ向けて、耳だけエドに傾ける。
「俺は、今の格好のまんまのアルが好きだぜ」
「え?」
「今のアルが好きだなー。カッコいいじゃん、その格好。颯爽としててさ」
「……そうかなー」
えへへ、と大好きなエドにそう言われ、照れるアル。裏の意図にも気づかずに。
「そうそう、だから、他の人に何言われよーと、そのまんまのアルで居てくれよ?」
「うん、勿論だよ」
剥けたよーとガラスの器に盛り付けるアル。
エドはそれの一片を手に取り。
思いっきり、食らい付いた。
どーか、最愛の人よ
雄々しさで可憐さをひた隠し
ジャンヌ・ダルクのように高潔であれ
(ただし!俺以外!!)
<END>
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