主にブラコンと無能の2人の国家錬金術師のせいで破壊音と銃撃音が絶えない東方司令部。
しかし、今日、ここで奇跡のような光景が展開されていた。
「……夢、じゃないッスよね?」
「それはないわ。狙撃した大佐が真っ青になっていたから」
どうりで煙草を持つ手が震えていた訳だと納得するハボック。
「じゃ、これは現実なんですね………」
はらはらと涙を流しながら言う。
これは、悲しみでなく感激によるものだ。人は哀しさ以外で涙を流せる生き物だと、ハボックはこの時知った。
リザもまた、ハボックと同じ意味合いで浮かんだ涙を、そっとハンカチで押さえた。
そんな涙ぐむ2人の前にあるものはというと。
真面目な顔で机に向かうエド。
白いハト以上の、平和の象徴だ。むしろエドが大人しいと平和が来るという事だが。
これなら、凶器ぶつけられて気絶したまま話が終わるような事にはならないかもしれない。ハボックに光のような希望が灯る。
「こうしてはいられないわ。彼のサポートにつかなくては」
鉄は熱い内に打て。エドはやる気の内に仕事をやらせよう。
彼女の上司は、今のところ特に仕事が滞っている訳でもないし、何より震えているから文字が歪んでしまうだろう。
「エドワード君?」
「あ、少尉」
顔をふと上げ、リザを見やるエド。
「何か手伝えることは………」
と、言うリザの言葉が尻すぼみになる。
それと共にゴゴゴという噴火直前を思わせる効果音が聴こえたような気がした。リザから。
「……これは何なのかしら?」
「解らねぇ?楽譜」
けろりんぱと答えるエド。
「そんな事は解ってるわ-------!!」
リザがドカーンととうとう破裂した。
「何で!どうして此処でそんな物を見てるの!」
「あ、帰っていいの?」
「帰るな---------!!」
本当に帰ろうとしたエドを、ぐわし!と捕獲するリザ。
ハボックは平和に別れを告げた。その時咥えていた煙草の苦さを、多分一生忘れない。
「や、育児書とか読むと、大抵のヤツが胎教の大事さを説くと語ってるからよ。胎教と言えば音楽だろ?
それで、どれがいいかなーと」
選んでるんだよ、と楽譜を捲るエド。
「大将、音楽の心得でも?」
楽譜でメロディーがわかるなんて凄いなーと感心するハボック。
「あまり無ぇからこうして仕事返上で勉強してんだろーが」
納得できるような屁理屈のような。
「貴方、まだ子作りを諦めてないのね?」
ジト目で睨むリザ。
そんなリザに不適な笑みで対抗のエド。
「あぁ、諦めねぇよ。少なくとも、あの無能が大統領になる前までには絶対作る!」
「それは……まぁ、出来るだけの時間はたっぷりあるわね」
「……私は何か、彼女にあれほど忌まわれるような事を、しただろうか………」
「普段仕事サボって女口説いてるからじゃないッスか?」
狙撃の恐怖からようやく立ち直ったばかりのロイには、そんなライトテンポでツッコむハボックを撃沈させるだけの攻撃をする元気は無かった(単に歳なのかもしれない)。
2人は相手を言い負かす事で一杯だし、この隙に、とハボックはドアに向かう。
今日は、医務室で目を覚ます事には、ならずに済みそうだ。
ハボックがドアに手を掛ける。
寸前。
「兄さん!!」
ガチャドーン!とアルが勢いよく開けた音と、ドアがハボックにぶつかった音と倒れた音が重なった。
ハボック、撃沈。
油断大敵であった。
「あら、アルフォンス君」
「アル?」
2人は撃沈したハボックを気にも留めず、アルに意識が向かう。
アルは、何だか少し怒っていた。
「兄さん!」
長い髪を揺らしながら、アルはエドの机に向かう。
「やっぱり!楽譜持って行っちゃってー。勝手に持って行かないでよ、ボクも見てるんだから」
むぅ、と可愛く(エドビジョン)アルに、悪い悪い、と苦笑して謝る。
それはそうと、今のアルもまた未来の赤ん坊に想いを馳せているのが解る一言で、リザはもうどうしようかと天を仰いだ。
「今朝急に思い立ったからなー。言っておこうと思ったけど、お前、寝てるし」
「兄さんがしつこくするからだよ」
夜の光景を想像したロイを、リザが鋭い肘鉄で鳩尾を攻撃した。
「だったら、書き置きでもしれくれれば良かったじゃないか!
もー、兄さん、錬金術の腕は天才だけど、こういう所抜けてるよね」
「だから、お前が必要なんだよ」
さらっと惚気るエドだった。
「じゃ、これは持ち帰るから」
楽譜をがさがさと集めるアル。
「えー、帰っちまうのかー?」
不満たらたらにエドは言った。
「だって、今は執務中なんだろう?部外者のボクは居ちゃだめだよ」
こういう事のけじめには煩いアルだった。
「仕事、頑張ってね」
「なー、今日のメシは?」
「それは、その時までのお楽しみ」
軽く悪戯に微笑して、アルは退室した。ガチャ、と閉じた事で倒れたハボックが露になる。
「仕事頑張ってね、か……しゃーねーなぁ、頑張ってみっか!」
よし!と気合を入れるエド。
アルが頑張ってねと言ったから頑張る。実に単純である。
「おい大佐!腹抱えてないで何か指示くれよ!どうしたぎっくり腰か!?
そう言えばハボック、最近よく床で倒れてるけど、それ健康法か何か?」
周囲を見渡し、エドが言う。
そんな訳で、東方司令部は今日も賑やかだ。
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