それは穏やかな気候の日。
リザがロイに言った。
「大佐、少しプライベートな話をいいですか」
「勿論。最上階のスイートはいつでも取れるとも」
「そんなつまらないジョークは要りません」
「……………」
ロイは右斜め45度のポーズのまま、黄昏た。
「大佐」
黄昏ているロイを全くこれっぽっちも気にせず、リザは言う。
「アルフォンス君を、口説いてください」
と。
ぽろ、と今のセリフを耳に入れてしまったハボックが、煙草を落とし、座っていた膝の上だったので「ぅあちぃッ!!」と一人騒動を起こしていた。
で、ロイは。
(な、なんだ今のセリフは、少尉の口から、口説いてくれという言葉なんて……!よもやアルフォンス君を!
は!まさかこの少尉は鋼のの変装!?そんな訳があるか-----!!背が違う!)
「空中にツッコミなんか入れていないで、私の話をちゃんと聞いていましたか?」
勿論、ロイが空中にツッコミを入れたのは”そんな訳があるか-----!”の部分だ。
「ちゃんと聞いてるとも。えー、二酸化マンガンに過酸化水素水を加えると酸素が出来るという話だったね?」
「違います。撃ちますよ?」
「で、では、アルフォンス君を口説けというのは空耳ではないのか!?」
向けられた銃口にホールドアップしてロイは言う。
「大佐……もう幻聴が気になる程に、お年を召したのですか?」
薄っすら哀れみの情を乗せて言う。
「まぁ、それはどうでもいい事ですけど。
エドワード君とアルフォンス君についてですが、少し考えてみたんです。
あの2人がああまでお互いに固着するのは、感情の他に環境も起因したのではないでしょうか?」
「と、言うと?」
ついさっき自分の健康を蔑ろにされたロイだが、落ち着いた調子でリザの意見の続きを促す。それは、冷静なのか図太いのか慣れているのか。
「練成に失敗し、その時代償として失ったものを取り戻すまでの間、2人はそれしか頭になかったんでしょう。およそだいたいの同年代が興味を示す恋愛面に関しては、全くの無頓着だったのではと。
特にアルフォンス君は、この前まで鎧でしたし、身体の成長に伴う異性への意識の変化なんて、無いも同然だったのではないかと思われます」
「まぁ、アイツの「彼女欲しいな」ってのは、憧れみたいなモンだったなぁ」
彼女が欲しいとは言っても、彼女も持って具体的に何がしたいのかは聞いた事が無い。ましてや体位はこんなのがいいのとは、欠片も話題に登らない。
「つまり、2人は恋愛面に関して、もの凄く視野が狭いんです。
もっと言えば、「この人しか自分を愛してくれない」と思っているんではないでしょうか?」
「そこで私の出番か」
ロイは足を組み直し、頬杖を着いた。
「アルフォンス君に教えれば良いのだね?
世の中には、君のお兄さん以外にもいい男は沢山いると。……まぁ、私程のモノは、そうそう居ないと思うが」
「違います」
自分に酔いまくっているロイを、すっぱりきっぱりリザが斬った。
「世の中の男には欲望の化身で女性を押し倒すことしか考えていないヤツも居る事を知ってもらい、エドワード君を警戒して欲しいんです。大佐は、それを知らしめるのにまさに打って付けの適役ですね」
「………………」
自分に酔いまくった姿勢のまま、ロイは固まった。
午前中をやや昼に回った頃、アルが大好きな人の為に、食事を届けにやって来る。まぁ、つまりは弁当なのだが。今日の弁当、ミックスサンドを中心に細々と手の込んだ惣菜を詰めたバスケットを両手で持ちながら、廊下を歩く。続いた先にあるのは、エドの研究室だ。当たり前みたいに、個室だ。
そこへ行き着くまでの過程で、アルは今日のランチの出来具合について考える。
(今日はすっごく綺麗なオムレツが出来たんだよね。兄さん喜んでくれるかな。
今はいいけど、寒くなったら温かい物も作ってあげたいな。給湯室か何処か、調理出来たり、せめて温め直す事の出来る所は無いかな……
今度、兄さんに、あ、ちょっと驚かせてやりたいから、内緒にしておいて、リザさんに訊こうかな)
にこにこと、見た目から純朴なフュリー軍曹でも見たら持ってる書類全部をがさばさささーと下にぶちまけてしまうだろう無垢で可愛い笑顔を浮かべている。エドに言わせたら、絶対天使の〜という枕詞が出そうだ。
と、その時。
「やぁ、アルフォンス君」
横の通路からにゅ、とロイがアルの視界に入り込む。
「あ、こんにちわ、大佐」
こんにちわで良いんですよね?と時間帯を気にするアルだ。
「大佐は無いだろう?今は休憩中だ。職務から外れている」
「この前もそんな事を言って、背後にとーとつに現れたリザさんに威嚇射撃されてませんでした?」
「そ、その時はその時だ」
頬に冷や汗がつ、と落ちた。
「今、ちょっと私に時間をくれるかい?」
「兄さんに早くお弁当届けたいんで、出来れば避けたいんですけど……」
「……用があるので、少し時間を貰いたいんだが」
「はい、何ですか?」
言い方を変えて、辛うじて確保成功。
「まずは改めて、人体練成の成功、おめでとう」
「ありがとうございます」
と、本当に、嬉しそうに言う。
その顔の愛らしい事と言ったら。
あぁ、でもすでに鋼ののお手つき済みなのだな(何て表現)勿体無い!実に勿体無い!!
「……あのー、用って………」
アルが何か拳作ってぷるぷるしているロイに、おずおずと話し掛ける。
は!と我に返るロイ。
笑顔を改めて作り直し、
「そう、それで是非個人的にお祝いがしたいのでね。都合の着く日にちを聞かせてもらえないだろうか」
「えぇ、そんな、悪いですよ」
「気にすることは無い。ただ、いつもより贅沢に、美味しいものを食べる言い訳が欲しいだけさ」
恐縮するアルに、ロイは気さくに言った。
おそらく、アルは今、「大佐って、いい人だな」と思っているに違いない。
「……大佐って、いい人ですね。普段の素行の割りに」
ほら、思っていた。余分なものもついたが。
「じゃぁ、お言葉に甘えちゃおうかな………」
よし、あと一息。
ちょっと顔を伏せ、顎に指を添えて考える素振りをしていたアルが、顔を上げた。
そして、言った。
「じゃあ、兄さんにいつ休みか、聞いてきますね!」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待った--------!!」
意気揚々と兄の所へ走り始めた。アルを、何とか止まらせる。
「?何ですか?」
何で自分が止められたのかが解らないアルだ。
「いや、だから!私は君と2人で、という意味で言ってるんだ!」
何が哀しくて口説き文句の説明をしなくてはならないのか。
「僕と、2人で?」
「そう!」
力一杯肯定する。勘違いする暇も与えずに。
「でも、実際に練成したのは兄さんですから」
だから、自分抜きの2人なら解るが、自分での2人では可笑しいのではないかと言うアル。
「いや、だからだな………」
あぁ〜いつもなら自分がにこりと微笑めばそれで万事オッケー!(ナンパに関してのみ)だったのに!
不味いぞ。これでこのままおめおめと逃したとなれば、リザからどんな目に遭うか!(今だってあんまりいい扱いじゃないのに!)
ロイの中で、「失敗=射撃=死」というヤな方程式が出来た。
「何か私に相談事でも。君にも兄に言えない事とか、あるんじゃないか?」
「いえ、全然」
「夜景の綺麗な所を知っているんだ。是非、君に見てもらいたい」
「兄さんから夜はあまり出歩くなって」
「…………………(誘う口実のストックが尽きた)」
「あの、大佐」
「! 何かね?」
「もう行ってもいいですか?」
カスーンと自分の頭に、タライが落ちたような気がしたロイだった。
ロイが何も言わないので、行ってもよいのだと(勝手に)取ったアルは遅れを取り戻す分、早足で駆け去った。
その様子を、実は離れてこそっと伺っていたリザとハボック。
上司の見事な振られっぷりにハボックは同情の涙をハンカチでそっと拭き。
その横のリザは「やっぱり無能は無能ね」と吐き捨てるように言ったので、ハボックは怖いって言葉は今の彼女の為にあるんだと、知った。
<END>
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