それで、と紅茶のカップをそれぞれの前に置いた後、リザが切り出した。
「相談したい事というのは、何かしら。アルフォンス君?銃の手入れならいつでも万全よ?」
向かいに座るアルに訊く。この前、エドに食事を届けた時、今度時間が開く時があったなら、相談した事があると持ちかけられた。
要領の良いリザの事である。スケジュールを調整し、アルと話し込む時間を割り裂くくらい、文字通りの朝飯前だった。
アルは、あの、と小さく紅茶に砂糖を2杯淹れ、くるくるとスプーンをかき回した。
「あの……リザさん」
正面を向いたアルの顔は、眉が寄せられ、困ったような表情だった。
アルが言う。
「どうやったら、胸って大きくなるんですか?」
「……………………」
訪れた沈黙。
紅茶の香りだけが、何事も無く漂う。
…………えーっと…………
たっぷり34秒28の間を置いて、リザがようやく口がきけるまでに回復した。
「えぇと……美味しいラザニアの作り方だったかしら?」
「違いますよ。胸を大きくする方法ですって」
聞き間違いじゃなかった……と頭を抱えたいリザ。
脳裏に、「揉めば大きくなるものだよ」とか手袋を外しながら言う上司を連想してしまったので、頭の中で射撃して消す。
「あの……ちょっと待ってね?
その質問に答える前に、何故相談しようと思った経緯を教えてくれるかしら?」
混乱しつつも冷静に分析しようとする彼女は、言うまでもなくとても有能であった。
「だって、ボクが男だったら、女の子は胸が大きい方が好きだから、兄さんも絶対大きい方が好きな筈です。
兄さんの未来、ボクが奪っちゃったから、せめて好みの身体になりたくて……」
語尾が縮んで、最後はしょぼんとなった。
「…………」
リザはなんと言ってよいものか、非常に困った。
誰がどうみでもエドがアルを誑し込んだに決まっているのだが、当のアルは自分がエドを絡み取ったと思っているらしい。
こういうのは、価値観の相違とは言わないのだろうか。
ちょっと、思考のずれたリザだった。
「まさかとは思うけど、エドワード君が貴方に直接大きい方がいいとか言ったの?」
リザがまさかと思っているのは、エドがそんな非紳士的な事を言う人物ではない。と、思っているのではなく、エドに好きなタイプは?と尋ねたらかなりの確率で輝かしい笑顔で「アルv」と答えるだろうと思っているからだ。たぶん、それは事実だからリザはあえて訊かない。
「いえ、兄さんはそんな事は言わないんです。それどころか、アルはアルのままがいい、って輝かしい笑顔で言うんです」
ほらやっぱり。
「だったら、別に大きくしようとしないでもいいんじゃないかしら」
「そうでしょうか……」
「そうよ。力強く、そうよ」
結果としてエドの肩を持つような真似になるのは、まぁ、仕方ない。ともあれ、アルの中にあるこのとんでもない問題に終止符を打たなければ。また、エドが色々な面で暴走する。
いや待て。暴走しそうなのがもう1人。
「ところで訊くけど、他にも誰かこの件について相談とかをしたりした?」
再び、「だったら今度、私の自室に来たまえ」とか言う上司を連想したので、連続射撃で追いやる。
「はい、ハボックさんにそれとなくちょっと」
妥当な人選だ。
「でも、『俺はまだ生きていたいから、それについて答えることは出来ない』ってよく解らないこと言われちゃって」
賢明な判断だ。
「それに、街とか歩くと、皆ボクより胸が大きいし……ボクなんて、前できつめに腕を組まないと谷間が出来ないのに」
はぁ、と自分の胸を見下ろすアル。
リザは、考える。
「アルフォンス君……貴方、ブラジャーとかしてる?」
「ブラジャー」
きょと、とアルが言った。
「エドワード君!!」
バァーン!とリザが勢いよく扉を開けた。別に説明するのも今更だが、その勢いよく開かれた瞬間、丁度その近くの壁際にハボックが立っていて、当たって、倒れた。
「何だよ中尉。真面目に仕事してるだろ、今は」
今は、とつくのが情けない。
が、リザにはそれを気にする余裕は無い。
「貴方は普段いい加減でちゃらんぽらんで、やる事なす事全部勢いとノリで突っ走る行き当たりばったラーでも、それでも本当に大切な人は大事に責任も取るタイプだと思っていたのに」
「話とまとめよう、中尉。俺はけなされてるとみなしてそこの無能に八つ当たりしてもいいのか?」
「止めないか鋼の。今度ここで乱闘したら心臓をぶち抜くと宣言したのは目の前の彼女だ」
「エドワード君!!」
ドガガと脱線する会話を、リザが力技で押し戻す。
「貴方!!アルフォンス君の事、ちゃんと面倒みてるの!?一応保護者でしょう!!」
「そう、そしてれっきとした恋人であり配偶者だ!!」
どんな時でも自分を忘れないエドワード。
「一体どうしたんだね、中尉」
ロイが口を挟む。
声がした事でリザはそっちを向き、そして今ロイの存在を知ったかのような表情をした。
「大佐、少し席を外していただけませんか」
「あぁ、君が言うのならそうするよ。だから、銃口を向けるのはやめてもらえないか」
そんな訳で、ロイ退室。
残ったのは、リザとエドと、意識の無いハボック。
「エドワード君、貴方ね……アルフォンス君の身体の事、もっと気遣ってやりなさい」
「な、何故中尉がそんな事を知って!!」
「違う!そういう意味じゃないの!!」
2人、真っ赤になりつつ言う。
「例えば胸の事よ。ブラジャーとか、そういう知識を貴方がちゃんと教えてあげないと」
「何言ってんだ。もちろん色々考えてるに決まってんだろ」
「……どういう?」
嫌な予感がしたが、確かめてしまうリザ。パンドラの箱は開かれた。
「今後もっと大きくなるだろうから、その時まで時を待つんだ。
何故なら、俺が毎晩揉ん」
セリフが全部飛ぶ前に。
リザの左フックが顎を砕いた。
その日の夜。
「なぁ、アル、お前ブラジャーとか欲しいか?」
何事も無かったかのように、顎なぞ砕けられなかったかのように当たり前に食事をしながらエドが言う。
「うーん、リザさんにも言われたけど、まだいいよ。もうちょっと大きくなってからにする」
何だかんだで、やっぱこいつとは兄弟なのかもなぁ、と思うエドだった。
<END>
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