「や………った………」
歓喜の呟きは、それはもう微かなものだった。
悲しみが深すぎると、涙が出ないのにと似ているのかもしれない。
自分の技術と、あらゆる知識と。
あるいは自分達を禁忌にへと導いたのかもしれない神にすら祈り、練成。
創るのは----最愛の者の身体。
対象は違うが、この練成は2度目。最初の悲劇を繰り返さないという保障は、何処にもなかった。
ただあるのは根拠のない自信だけで。
それでも。
「やったんだ…………!!」
横たわる肢体は、当然人の形、人の質。
ぎゅう、と、優しくと心がけても強くなってしまう抱擁に、兄さん、という声がした。
とても、嬉しそうに。
宿の廊下を、3人。威厳と言うものを詰め込んだ軍服に身を包むもの3人が、「廊下は走らない」という決まりを律儀に守り、早足で歩いていた。
「大佐、仕事の方はいいんですか?」
「この日の為なら、明日から暫く徹夜が続いても構わん」
訊くリザに即答するロイ。
「では、そのように予定を組みます」
「……本当に徹夜なのかね?」
いくら焔の錬金術師でも、寝なければ死ぬのだということを彼女は知ってると思いたい。
「やー、あの弟がどうなったのか、興味深々っすよ」
たまたま居合わせてどさくさに付いて来たハボックが暢気に言う。彼の中でエドワートの弟のアルフォンス、と言われて真っ先に思い浮かぶのは、あの大きな鎧だ。
「部屋は……此処か」
この、ごく普通のドアの向こうに。
人体練成という、禁忌をやってのけた者達が居るのだ。
ギィ、とドアが開ききるかのうちに。
「静かにしてくれよ。今、アルは寝てるんだ」
エドが咎めるように言う。
「寝ている?」
実際に声を出したのはロイだが、他2人の胸の心中も同じだ。
何せ、今は昼から夕方に差し掛かった時刻だから。
それで寝ているのであれば、真っ先に思い浮かぶのは身体の不調だろう。
「練成は上手く行った。魂もちゃんと定着している」
エドはきっと憔悴している。追い込みの数日は、紛れもない徹夜だっただろうから。
しかし、声も表情も、それと思わせない程、輝いている。
「ただな、久しぶりの生身だから、実際以上に疲れた、って感じまってるみたいなんだ。
まぁ、赤ん坊みたいなモンかな。時間が経てば、普通になるさ」
「そう………」
ほっとしたようにリザが言った。
「な、顔くらいは見てもいいか?」
ハボックが言う。
が。
「中尉はいい。後2人は絶対ダメ!!許さん!!減る!!」
返ったのはそんな理不尽をセリフにしたような答えで。
「減るとは何だ、減るとは!何が減るのか、言ってみたまえ!」
「アルの純潔とか可憐さとかそーゆーキラキラしたもんだ!まぁ、お前らくらいの穢れた視線くらいで汚させるものじゃないけどな!」
「だったら見てもいいじゃないか!」
「ダメったらダメだ-----!!おっさんは家に帰って縁側で茶でも啜れ!萎びてろ!!」
「牛乳も飲めない分際で生意気な!」
「関係ねーけど腹立ったぞオイ!」
鋼と焔の低次元な言い争いを聞き流して、唯一観覧を許されたリザが顔を覗きこむ。
なるほど、面影はなんとなくエドと近いものがあるが、はっきりとは感じ取れない。それぞれが片親に似たのだろう。
と。
「あら、胸に何か置いてるの?」
「あ?何も置いてねーけど?」
何を言うのか、とエドのみならず首を捻る3人。
「だって、胸が何か膨らんで………」
「膨らんでるから膨らんで、何が可笑しい」
「膨らんでる、って女の子じゃ………」
あるいまいし、という肝心の単語が消えた。
だって、目の前で横たわる身体は。
どう見ても。
どこからどう見ても。
「アルフォンス君は、貴方の弟で………男の子よね……?」
それは確認というよりそうであってくれという願望に近かった。
「あー、うん。でも練成したのは女の身体だから」
エドはめっちゃさっぱり言った。
そして。
その日、セントラルのとある宿で「何だってぇぇぇぇぇぇぇぇええええッツ!?」という叫びが周囲を震撼させた。
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