セントラルのとある一室にて、この国の錬金術師と大佐が業務に勤しんでいた。
といえば聞こえがいいが、エドとロイが度重なる勤務怠惰で溜まりに溜まった仕事を消化させられていたというのが真実だ。
別に2人とも、サボりたくてサボっている訳でもない。
ただ、顔を見会わすと以下、こんな感じになっていまう。
おいこらスケこましアルにやらしい視線かっ飛ばしてんじゃねーよやらしいではなくやさしいの間違いではないかね鋼のだいたいスケこましと侮辱しておきながらその言いがかりには矛盾ではないか弟は男だろううるさいこのむっつりがお前が好きなのは女性っていう肩書きが?違うだろ女ってのは何だ可愛い生き物だ可愛くて柔らかくて笑顔が眩しくて近寄ったらいい香りがしてずっと抱き締めていたいような何てこった全部アルに当て嵌まっちまうー!て事でお前排除さっくり排除ふふんそんなに突っかかるのは自分に自信がないのかね全く鋼の足りないのは身長だけにしておきたまえ仕方ない弱いもの苛めになってしまうがここは2人とも仕事に戻ってくださいズギュンバキュンごめんなさいすいません許してください。
と、最終的にはリザが強制終了させるのだが、かと言ってそれでそれまでのタイムロスが解消できるかと言えば、全くそうではない。その分だけ、確実に溜まっていくのだ。
リザとて、そう毎回毎回2人のツッコミを入れている訳にもいかない。彼女にだってすべき事はあるし、何よりあんな2人にツッコミを入れるだけの人生だとしたら、運命はあまりにも彼女に冷たいではないか。
さて。
そのこれが貯金だったらね、と言いたいくらい着実に溜まっていったその仕事。
勿論、何が何でも片付かせて貰わねばならない。
リザは2人を部屋に招いた。かなり広く、それなりに豪華だ。風呂、トイレ付きだった。
しかし。
通されたエドとロイは嫌な予感しかしなかった。原因は、言うまでもなく傍から発せられるリザの怒気だ。顔はいつも通りだから、余計怖い。
「見ての通り、一通りの物は揃っています。足りない物があったら、言ってください。追加、もしくは補充させます」
「……………」
「……………」
「ですので。
御2人とも、仕事を全部終わらせるまで、一歩たりとも外へ出ないで下さい」
「……………」
「……………」
「あと、4時間毎にノルマを課して随時チェックに来ます。ノルマに達していなければその後の食事は抜きとさせて頂きます」
「……………」
「……………」
「何か質問はありませんか?」
『……ありません』
「では、私はこれで。4時間後にお会いしましょう」
バタン。ガチャリ。
「……………」
「……………」
鍵の掛けられたドアの向こう、2人はカツコツと颯爽に去っていくリザの足跡を聞いていた。
最初、30分程はお前のせいで俺までとばっちり浴びちまったじゃねーか何おう君がいつも私にいちゃもんつけるから悪いのではないか被害者はこっちだ!わー、いちゃもんて使う人初めて見たー、とまたいつも通りの紛争が勃発したが、今回、そんな事している場合じゃないと仕事に移る。あちらこちら怪我や痣を作って、あまり職務につくには相応しい姿とは言えなかったが。
何せ相手が相手だ。一歩も出さないと言ったら一歩も出さないだろう。
勿論、両名とも方や鋼、方や焔の錬金術師である。たかが鍵の掛けられたドアの1つや2つや10こ、破壊して脱出するなど、折り紙で鶴を作るより簡単だ。
脱出するはいいが。
後が。
きっと。
鍵つきドアは怖くないが、リザは怖い。
2人は黙々と仕事をこなしていった。
全く余談だが、この日からこの部屋には「監獄」というあだ名がついた。
で。
5日目の昼。
「………………」
「………………」
「………ぁー…」
室内に半屍が1人。
エドだ。
2日かけて2人に灸を据えたリザ。何も最初から2人だけに任せるつもりは無かった。
前日から彼女も加わり、順調に仕事の山は低くなり。
同時に、何だかエドの命の蝋燭も短くなっているようだった。最も、この蝋燭、某R君に会えばあっという間に伸びるのだが。
「……エドワード君?」
あんな状態の彼に呼びかけるなんて、ホークアイは何て勇敢な女性なのだろうとロイは思った。
「……何ですか………」
リザとロイは幽霊の声を聞いた事はないが、きっと今の彼みたいだろうなと思った。
それはそうとしてエドが敬語を使っている。
事態はかなり深刻と見た……!
「あの……疲れてるみたいだから、少し休んだら」
「いーや!俺は全部仕事をきっちり片付ける!」
リザの提案に乗るかと思いきや、くわ!と目に力を入れて叫び、それを拒む。
「そんでもってあんたに「凄いわエドワード君、何て優秀なの、貴方みたいな優秀な人はもう軍に来なくていいから、これからはずっと末永くアルフォンス君と幸せに過ごしてね」って言わせてやる!!」
「そんな……最初の一語から最後の一句に至るまで心にも無い事は言えないわ」
そもそも優秀な人は仕事をサボってこんな風に強制労働をさせられたりはしない。
それはそうとさらっと酷い事を言ったリザだ。
「……それに、アルに「今度仕事サボったらもう兄さんと二度と口きいてやらない」って言われちゃったし……」
「そんな最終通告されてたのか、鋼の……」
どうりで大人しく仕事をしている訳だ。
「でも、サボったらの話なんでしょう?私が休んでと言ったんだから、大丈夫よ」
「そんな俺より中尉の方にアルの信頼があるみたいだから嫌だ」
過労死しろ。このブラコン。(2人の心の内)
「しかし鋼の。本当に休んだらどうだ」
何て思わずロイが言っちゃうくらい、今のエドは憔悴しきっている。
どれくらいかと言うと、棺おけが似合うくらいだ。
別に栄養や睡眠が足りていない訳ではない。他2人は至って健康体だ。
しかし。エドには栄養よりも、睡眠より、自分を存在させる為に必要なものがある。
言わないでも解るだろうが、弟のアルだ。
そのアルにもう5日会っていないのだ。
人間は水がないと3日も持たないという。水より大事なアル無しに5日間生きた事は奇跡に近い。
「いいんだ。俺は仕事をこなすんだ。そうして帰って、アルに「わぁ、兄さん凄いや」って褒めてもらうんだ!」
「いやしかし……」
「そしてアルは思うだろう!”兄さん凄い、兄さん格好良い、ボク、兄さんのお嫁さんになりたいな”!!」
「鋼の………」
「くぅーッ!可愛い事言うじゃないか!俺はいつ何時、24時間365日お前を受け入れる準備は万端だともアル!」
「はが……」
「そうして中の良い兄弟は幸せに暮らしましたとさ!めでたしめで
ボグ。
エドを黙らせたのは、彼の下腹部にめり込んだ、リザの拳だった。
掃除の為に窓を開ける。宿だから、本当は掃除なんかしなくてもいいんだろうけど、手持ち無沙汰で何となく。
外出してもいいけど、いつエドが帰って来るかが解らない。沢山の仕事を終えて帰ってきたエドを、労わりたいのだ。何より、すぐに一番に会いたい。
(今日で5日目か……兄さん、まだかな)
5日前。リザがアルの前にやってきて、仕事が溜まりに溜まったので缶詰してもらうとの旨を教えてもらい、死なない程度でしたら何しても構いませんと返事をしておいた。
溜まった原因は言われなかったが、何となく予想はつく。
最初の頃はこれで反省すればいい、と思っていたがさすがに5日目となると。
「……兄さん……どれだけ溜めてたんだよ」
等と、よく解らない不安にもなってみる。
宿の人に話して、キッチンを貸してもらって差し入れでもしてあげようかな、差し入れぐらいいいよね、と思っていた時。
コン、コンとノック音がする。
「はーい」
「私だが」
「大佐?一体何です………わ------!兄さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!?」
開いたドアの隙間から見えた大佐にまず驚き、さらに開いたドアから見れたロイに担がれたエドを見て、戦く。
「ど、ど、ど、どうしたんですか、兄さんは!?」
「いやー……まぁ……仕事のやりすぎ……だろうか」
正確には、仕事のやりすぎで明るい未来への妄想が止まらなくなった所にリザにその場で効くボディ・ブローを食らったのでぐったりしている、だろう。
「何でこんなになるまで……」
「兄としての意地みたいなものがあったようだよ。弟に示しをつけるのだとね」
そして幸せに暮らすのだと喚いていた。
「兄さん………馬鹿な事をして」
全く馬鹿だ、とロイは深く頷いた。
「……兄さん……」
ベットまで運び、横たわらせてもぐったりと目を綴じたままのエドに、アルの心配した声が掛かる。
「まぁ、見た目は重病人だが、身体的には至って健康だから、つまり単に寝ているだけだそうだ。
君が「お兄ちゃん大好き」とでも言えば、ゾンビみたいにがばりと起きるんじゃないかな」
「もう、こんな時に冗談は止めて下さい」
むぅ、とアルは怒ったが、此処に第三者が居ればロイの発言がいかに画期的かつ効果的であるか、多大な共感を得てくれるだろう。
病気では無さそうだけど、一応、と濡らしたタオルを額に乗せる。
そして、ロイに振り返る。
「あの、わざわざすみませんでした。呼んでくれたら、ボクが行きましたのに」
「いやなに、私もちょっと息抜きがしたかったのでね」
エドをアルの所まで送ると言い出した時、以外にあっさり承諾された。まぁ、気絶した少年背負ってさすがにナンパは出来ない。
「宿ですから、あまり御持て成しは出来ませんけど、お茶くらいなら……」
「それは是非、と言いたいところだが、部下から早く戻るように言われてね」
苦笑して言うロイ。
「その機会は、今度ゆっくりした時まで保留にしてくれないかい?」
とかロイが言った時、エドがぴく、と反応したのは見間違いでも気のせいでもないだろう。
「それじゃ、アルフォンス君、御機嫌よう」
「あ、はい」
慌ててぺこり、と頭を下げる。
ふう、と息を吐き出して、ベットに赴く。
顔を覗きこむと、心なしかさっきより顔の表情は良い。これも第三者が居たら、それはロイが去ったからだと言ってくれるだろう。
「兄さん………」
目の前に本人が居て。
そう、呼べば、いつもなら「何だ、アルー?」という返事が返る。
それが、無い。
「……………」
さっき、大佐が言っていた事を思い返す。
”兄としての意地みたいなものがあったようだよ。弟に示しをつけるのだとね”
そんな、今更示しなんてつけなくても。
兄さんがボクの兄さんである以外の、何者だというの。
そりゃ確かに、仕事はちょくちょく溜めてるけど。
本当は、凄く、凄く優秀だって、知ってるのに。
一番近くで見て、一番知ってる筈なのに。
「……兄さんの馬鹿」
それなのに、そんな当たり前な事を証明する為に、ぼろぼろになって……
「…………本当に、馬鹿」
帰ってもこんなんじゃ。
(馬鹿)
話も出来ないよ。
(馬ー鹿)
兄さんの………
…………
………
「お兄ちゃん、大好き」
がばりっ!!
「わ-----ッ!?起きた-------!!!」
「………………」
本当にゾンビみたいに起き上がったエドだが、目の焦点は合わさっていない。寝惚けている、という所だろうか。
「に、兄さん………?」
声に反応し、ゆっくりとした動きでそっちを向く。
アルを目に入れた途端、にっこ、と笑顔になるエド。
そうして。
「っわぁ!?」
ぐい、と腕を引っつかみ、そのままベットへ引き込んだ。
「ちょ……っと、兄さん………?」
ちゅ、と軽く湿った感覚が首筋に当たった。
………って。
「兄さん!兄さん!!」
「ん〜」
何かご機嫌に、ちゅ、ちゅ、と顔中にキスの雨を降らす。
「兄さん、て、ば!!」
「うぉッ!?」
ドン!と力一杯胸を突き飛ばせば、ようやく現実に戻ってきてくれたようだ。
「ゆ……夢が殴った!!」
戻ってなかった。
「夢じゃないよ現実だよまだ昼だよしっかりしてよ!!」
「そうか……夢じゃないのか……」
「そうだよ」
何故だか兄弟、正座になりつつ現状把握。
「まぁいいか」
兄、再び圧し掛かる。
「良くないって---------!!!」
アルが抵抗するので、エドはちぇーと舌を出して上から退いた。
「て言うか何時の間に俺は此処に?」
「何か仕事のやりすぎで倒れちゃって、大佐が運んできてくれたんだよ」
「そうかぁー……ち、いらん借りを作ったな」
エドは腹を殴られた時の衝撃で殴られた事を忘れていた。
「な。アル」
「なぁに?」
を、小首を傾げて訊く。
ああああ、チクショウ可愛いな〜〜と脳みそ全部蕩けさせるエド。
「今夜、どっか上等なもん食いに行こうぜ。多分明日にゃ出て来い、って中尉が来るんだから」
言っててげっそりするが、今はこのひと時を楽しもう。人生前向きに。
「え、いいよ、兄さん疲れているだろうし………」
「バーカ、お前と出かけてるのに疲れているもへったくれもあるか!いいんだよ、俺が行きたいっつってんだから」
でも、だけど、と渋るアルの腕をまた引っ張り、今度は外へと連れ出す。
上着を引っ掛け、アルにも服を被せ、ドアを開けると。
「………………」
ばたん。
「どうしたの?兄さん」
「アル、気分を変えて窓から出よう」
「……此処、3階だけど」
「たまには童心に返ってアクロバットに無茶な行動してみようじゃないか!」
「それは単に無謀というの」
「……………」
ドアの向こうに居たリザが、室内に居た。
「あ、リザさん」
今日はよく人に会うなぁ、と最近1人だったアルは嬉しそうに迎える。その笑顔に、リザもこんにちわ、と笑顔で答えた。
「さて、エドワード君。帰るわよ」
「帰る……って……今日はもう休みなんじゃ!」
「あら、誰が何時、そんな事を言ったかしら?」
「……………」
にっこり、と微笑みながらそう言われては、エドは固まるしかない。
「あら、今から出掛けるのかしら?」
エドはともかく、アルの姿を見てリザが言った。
「そう!そうなんだよ、今外食に行こう、って!明日からも真面目にやるから」
だから今日は、と全部言い切る前に。
「じゃあ、アルフォンス君、私と行く?」
え、と兄弟の口の形が開く。最も、表情は全く違ったが。
「ななななな、何でそんな事に!!」
「だって、折角その気だったのに止めにしたんじゃ、可哀想じゃない」
「何で俺が居なくて中尉が!」
「それは、私はちゃんと仕事終えていて貴方には仕事が残っているから」
「………………」
きっとぎゃふん、て単語はこんな時に使うんだ、とエドは真理を見つけた。
ともあれ。
この強化合宿(になっていた。いつの間にか)の成果に、2人は口で喧嘩しても手は仕事をするという特技を身に着けた。
まぁ100出来なかった分が50にまで下がったくらいの効果だから、またリザに缶詰されるのも時間の問題だろう。
<END>
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