「一人?」
「まぁ、あくまでワタシの想像なんですけどね」
 田鴫先輩と呉が居るせいで、敬語とタメ口がごっちゃになるなぁ。
「そのたった一人ってのは、誰なんだよ阿柴」
 呉が訊いた。
「うーん……それをいきなり言うのはちょっと躊躇うなぁ……我ながら、ちょっと怖い考えだし……」
 生きている人間が一番怖い。この文句がまた思い出される。
「まず、ちょっと可笑しいな、と思ったのはチョコレートだ」
「そりゃ可笑しいさ、毒が入ってたんだから」
「そうじゃない、呉。その息子は甘い物が嫌いなのが、割りと広く浸透していたんだろ?なのに、どうして砂糖たっぷりの甘いミルクチョコレートだったのか。食べて貰える確率を自分で下げているようなものじゃないか」
「言われてみれば、そうだな」
 田鴫先輩が言う。
「役柄を、ちょっと変えてみましょう。犯人……は固定として、被害者は息子。とばっちりを食ったのが母親ってのが今の姿ですが、犯人の狙いはやっぱり死んだ母親本人だったんじゃないでしょうか。結果論になりますが、実際の被害者は母親だった事ですし」
 二人がちょっと驚いたようにワタシを見る。
「それだと、チョコレートが甘く作られてたのも納得出来ます。狙いは母親の方だから、確実にそっちに食べさせなければならない。チョコレートの甘さというのは、見た目で判断出来ますからね。しかも、そのチョコのラッピングは、中が見えるものだった。だから母親もそれを真っ先に手を取ったんでしょうね。絶対に息子が食べない物だから、と。確認できる当人が居ない時間帯に」
「バレンタインに紛れたのは、捜査をかく乱する為か。容疑者を不特定多数にして」
「たぶん」
「でも、動機は何なんだ?なんでクラスメイト……じゃないかもしれないけど、その母親を殺す理由は」
「だからな、呉。情だよ、情。その母親は専業主婦で時間があったから、こっそり他に男でも作ってたんじゃないか?で、痴情のもつれの果てに」
「そこまで痴情をもつれさせたいのか、お前」
「他人の恋愛が順調で何が面白いってんだよ」
 そこまできっぱり言い放つ田鴫先輩には過去に何かあったと言うのか。いや、多分性格だな(断言)。
「……うーん、多分犯人は女性じゃないか思う。殺害方法が毒殺だったし。こう言っちゃなんだけど、毒殺っていう方法は、いかにも女々しくないか?体力は使わないし、被害者と直接対峙する訳でもないし、触れる事もない」
「女性って事は、不倫してたのは夫の方か。涙まで流して、とんでもないやつだな……」
「またそういう事を言う……って阿柴?反論とか無いのか?」
「いや……多分、それが正解なんだと思う。実際関係があったかは知らないけど、少なくとも父親を好いていた女性の仕業だと思う」
「やっぱり。この鋭い勘は正しかった」
 田鴫先輩が自己満足に浸かっている。幸せな人だ……
「それで、話は全然別に飛びますが、息子は下駄箱に入っていたのは七つくらいって言ったんでしたよね?」
「あぁ。でも本当は八つだった」
「そっちが、間違ってると思います」
「何だって?」
「人間の脳ってのは、本人の自覚が無いだけで細部まで見てるし覚えてるもんなんだと思います。七つだったと思ったのなら、やっぱり七つだったんですよ」
「じゃぁその一個は何だっていうんだ?」
「そこですよ。その一個は何処で増えたって話ですよ、全ては」
「いや増えたっていうか……無理じゃね?お前の言い分だと、下校時の四つも正しかったって事になる。学校に居る時、誰かが隙をみて鞄にこっそり、っていうのがあり得なくなるじゃないか」
 田鴫先輩は言った。
「ええ、そうです。その日の帰宅時から、母親が口にする間に一個増えた訳です。そして、それこそが毒入りのチョコって事です」
「そんな、それこそ通りすがりの人が入れたって事になるじゃないか。無差別殺人事件とでも?」
 ワタシはその質問には答えず、逆に訊いた。
「その息子は、帰りに寄り道する人でしょうか?」
 それに、田鴫先輩はばたばたと手を振った。
「そんな事はしないって、さっき言ったじゃんか。何よりその日は家庭教師の来る水曜なんだから、早めに夕食が……」
 田鴫先輩が言葉を突切らす。気づいたんだ。そして、呉も。
 そう、この犯人は女。
 そして、十四日の放課後から十五日の昼までにこっそり入れるチャンスがある人。
「息子の家庭教師をしている、田鴫先輩の先輩が一番怪しいと思います。この人なら、チョコを入れてる袋に後からこっそり入れる事が出来る。その袋が何処にあったかは知りませんが、居間や息子の部屋なら簡単に出来る事です。
 甘い物が苦手だとか、貰っても母親にあげてしまうという事くらい、日常会話で取り上げても何も不思議じゃありませんからね。例え、自分の方から訊いたとしても」
「……家庭教師の日にそわそわしてたのは、息子じゃなくて父親会いたさだったのか。定時に帰って夕食を一緒に取ってるなら、大抵顔を合わすだろうし」
「なるほどなー。あの先輩、年下好みじゃないと思ったんだよなー」
 そこは納得する所なんでしょうか、田鴫先輩。
「実際に関係があったかどうかは、知りませんけどね」
 ワタシは付け足した。
「とどのつまりは、好きな人を狙った捻くれた犯行じゃなくて、邪魔者を排除したストレートな犯行だったって事か。つまらん」
「つまらないんですか」
「ちょっと捻くれてた方が、世の中面白くていいよ」
「あぁ、そんな考え方だから、田鴫先輩も……」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
 結局この日は朱麻先輩は来なくて、実に無意味な時間を過ごしてしまった。
 チョコの後味を舌に残して、寒空の下、身を縮こませ、帰って行く。
 事件の事は、明日委員会で朱麻先輩に話してあげよう。それの話の筋道を頭の中で書きながら。


「夕刊だったら、もっと載ってるかも」
 と、朱麻先輩は今日の朝刊を広げて言った。事件は昨夜大きく動いていたらしく、今朝の新聞には、先日の主婦毒殺事件、近所の女子高校生を逮捕、と見出しが出ていた。
 事件のあった夜、すぐさま家に駆けつけた犯人であるその先輩は、その場で改めて父親に愛を打ち明けたらしい。改めてというのは、十二月半ばに一度受けているからだ。その時は子供の戯言だと思い、その晩も同じように言ったという。しかし、配偶者を失った哀しみのせいで、些か配慮の欠けた言い方だったかもしれず、犯人の彼女は酷く振り乱して、詰め寄ったらしい。奥さんが居なくなったのに、どうしてまだ私を見てくれないの。これ以上何をしたらいいの、等と言い。その時の態度があまりに鬼気迫るものがあり、尋常では無いと思った父親は警察にその事を話し、それが捜査の矛先を彼女へと向けたとの事だ。
 取調べを始めると、彼女は自供し始めた。凶器であるトリカブトは、栽培した訳じゃなくネットで入手したらしい。そのやり取りのメールがまだパソコン内に残っていた。
 以上、その後も流れた事件の経緯も含めた詳細だ。
「でも、こんな事になって、田鴫の学校大変だろな」
「そーだなんだよ、もぉ大変でさー。カメラマンがうようよ居てさぁ。どこから沸いて来たんだか、全く」
 朱麻先輩に答えたのはワタシではない。田鴫先輩だ。
「お前!また忍び込んだのか!」
 朱麻先輩がずび!っと田鴫先輩を指差す。江戸時代で言うなら岡っ引きが盗人を路地で追い詰めた時に相手を指差すよーな感じだ。
「忍び込んだってのは人聞きが悪い。正々堂々、裏口から入ったんじゃない」
 ウチの裏門はIDカードが組み込まれた生徒章がないと入れ無いのだが、呉からちょっと拝借して(無断だったらしい)完全なコピーを作ったのでフリーパスだ。そんな事をしなくても、姉妹校である田鴫先輩なら自分自身の生徒章で間に合うと思うんだが。まぁ、この人はこういうやり方が好きなんだろう。
「裏から回って何処が正々堂々だ!」
「だって、れっきとした出入り口でしょー?」
 田鴫先輩は唇を尖らして拗ねたポーズを取った。
「部外者は出て行け」
「そうだそうだ、出て行けー」
「呉!お前もだ!」
 朱麻先輩が吼える。
「どうして!わたしは朱麻先輩の可愛い後輩じゃないですか!」
「今は運営時間を過ぎて整理の時間だ!委員以外のヤツは入るなー!」
「ちぇっ、じゃぁ阿柴、行くぞ」
「阿柴は図書委員だ。連れて行くな!」
 さり気なく呉に退出されそうなのを、朱麻先輩に救出された。
「朱麻っちゃんは、もっと自分の可愛さとこいつの正体知るべきだよ」
 なんて事を言うんだ田鴫先輩。
「妙な嘘をつくな!ほら、さっさと出る!」
 朱麻先輩が本気なのを悟って、しぶしぶながら二人は退出した。
 夕日の差し込む室内には、ワタシと朱麻先輩だけが居る。
「さて、と。阿柴、掃除して帰ろうぜ!」
 ドアをバタンと閉めた朱麻先輩が振り返り、にかっと笑って告げる。
「はい」
 とワタシは返事をして、掃除道具の入ったロッカーからモップを取り出し、朱麻先輩に手渡した。


<END>






バレンタインに思いついた話。
割りとあっさり済みそうだったので、書きかけのを途中にこっちを仕上げました。田鴫先輩の登場のきっかけがどうも遅れてるんでついでとばかりにここで出てきてもらった。
これで主要、というかレギュラーは揃いました。良かった良かった。
しかしワタシは仲が良い悪いは置いといて、3人での会話が好きみたいですねぇー。やり易いというか。何と言うか。