良子さんとワタシと呉は、互いに軽い自己紹介を済まし、昼食にありついた。
で、この際、ワタシらは中学生という事を伏せておいた。子供と見られると、この場では色々不便そうだからだ。まぁ、ワタシも呉も、身長はある方だから、物理面でバレる事は無いだろう。
なので、良子さんとの会話はタメ口だが、気にしないでもらいたい。
「あー、ごちそうさまでした」
早々に平らげた呉が言う。
「なんだったら、おかわりどう?」
「いいなら、もらおうかな」
ふふ、と笑いあう2人。さすが呉。いいぞ呉。表面的にはすごくいいお付き合いだ。
その辺は呉に任せておいて、ワタシは文字通り黙々とビーフシチューを食す。うん、美味しい。これは、手作りだな。時折トーストも齧る。サラダももしゃりもしゃりと。
「食後は、紅茶?コーヒー?」
「紅茶を貰おうかな」
と、言ったのはワタシでもなければ呉でもなかった。
「店長……」
何時の間に、何処から、という質問は無力なのでしない。
「あ、茶紀さん!?いつ此処に?」
良子さんが驚く(無理も無い)。
「つい、さっきだよ」
ついさっきも何も隣の席のワタシが気づかんかったんだけど。
「外には、特に何も無かったね。やっぱりこの別荘内かな、あるとしたら」
紅茶を貰った後、早速調べよう、と店長は言った。紅茶だけはどうしても譲らないみたいだ。
「怪しい……というか、此処が一番ありそうなんですけど」
と、通されたのはジー様の部屋だった。
書斎のような部屋を想像したら申し訳ないけど、全然そうじゃない。まぁ、基本的構造は同じだけど、棚が壁に敷き詰められているが、入っているのは本ではない。ティーカップだ。その量は半端ではない。一個が窮屈しないスペースに区切られた棚が、ずらりと、ドアを開けた面以外の壁を----いや、その壁ですら、ドア以外の所に棚が侵食していた。
思い出の部屋です、と良子さんは言った。
棚はスライド式の2重構造なので、見た目の倍、あるという事だ。とても一般人の部屋とは思えない……あぁ、一般人じゃないんだな………
その光景に、呉ですら凄いね、と言っていた。
「とりあえず、机の引き出しでも……?」
と、いう良子さんのセリフが途切れる。何故かと言えば、店長がそんな言葉は聞こえないかのようにティーカップに見入っているからだ。良かったね、当初の目的が果たされて。
「……曾お爺さんは、陶芸をしていたのかな?」
それまで歩きながら眺めていたのを、ぴたっと止まって言う。
「え、どうしてです?」
「この辺の物は、見た事が無いからね」
店長の知らないもの=オリジナルのもの、か。
良子さんは少し考えて。というか悩んでいるようにも見えた。
「……まぁ、やったのかも、しれませんね」
「どれがオリジナルなんですか?」
これを聞いたのはワタシだ。マイセンとか、ワイルドストロベリーなら解るけど、それ以外はさっぱりだ。
「あぁ、うん。ここからここまでの4つ」
と、店長は指で指してくれた。
右から順に、花柄でちょっと取っ手が小さいようなヤツ、紺色で表面がごつごつしているやつ、なんだかチューリップみたいな形をしているやつ、そして最後に白くてシンプルでソーサーとスプーンつきのやつだった。
「……何か、あるんですか?」
固唾を呑んで、と言った具合に良子さんは尋ねる。
店長は、真剣な顔をして、
「……自分で作ったカップ、か……どんなものだろうねぇ。美味しく感じるのか、それともやっぱり餅は餅屋なのか……」
「……あの、」
あぁ、良子さんが困っている(当然だけど)
「店長ー、次も行きましょう。まだ部屋はあるんですよ」
「アッサム君、あそこの本棚調べてくれないかい」
そう来るかい。
「大丈夫。あの子も中々やるからね」
と、店長が良子さんに言ってやる。良子さんはそれで納得したのか、それとも今の店長はあてにならないと早々に見切ったのか、はぁ、と異論はしなかった。
で、本棚を見る事にした。本棚はけっこうすかすか……とまではいかないけど、空きスペースは結構ある。
大抵は経済の本ばっかりだ。たまに小説らしきものもあった。
その中で「不思議の国のアリス」を見つけた。ワタシの腹くらいの位置の棚にある。この本は、小さい良子さんの為にあったんだろうか……
「……何か、あるの?」
呉の時と比べて若干、というか明らかに他人行儀に尋ねる。
ワタシは、
「いえ、何も」
とだけ言う。
さてその後。
複数ある部屋と、屋根裏まで調べて、夕食の時間となった。この時も店長は適当な理由をつけて、席を一緒にしなかった。一人でゆっくり考えてみるよ、と借りた部屋に篭っている。サンドイッチを作って、ポットに紅茶を入れて持っていったので、もう部屋から出ないつもりだろうか。
「……見つかるのかな、本当に……」
はぁ、と溜息を吐く良子さん。店長の態度に、だんだん不安になったんだろう。
「大丈夫だって。店長さんは出来ない事をしない人だから、引き受けた時点でもう解決してるんだよ」
ね、と人工甘味100%の笑顔をワタシにも向けた。ワタシは黙って頷く。
「君らは何か思いつかない?何処にあるのか」
「んー……屋根裏?が一番怪しい?」
呉が適当に言ってみる。
「……それとも、やっぱり此処には無いのかなぁ……」
と、言って良子さんはまた溜息をつき、ちょっと大げさな手振りで右手を挙げ、頭をかいた。
そしてベットに潜る時間となった。ワタシと呉は相部屋だ。別荘であって、ペンションでは無いのだから部屋はそんなには無い。
枕変わると寝れないんだよなぁ。元々寝付き悪いのに……
もそもそとベットに潜る。潜るだけで、まだ寝ないけど。本を読むのだ。
「で、阿柴」
と、呉が言う。
「何ー」
「お前、遺書のありか見つけたな」
「何の事やら、としらばっくれるのも面倒だなぁ」
「ひねくれててよろしい」
それは光栄で。
「阿柴が解るくらいなら、店長さんも解ってるよな」
「そうだなー」
「返事が虚ろすぎるぞお前」
だったら読書中の人に声をかけるな。
「なんで言わないの」
「呉、おまえ此処に厭きただろ」
「うん」
こいつ、自分で勝手についておきながら……
「まぁ、そうだなー。店長はもうちょっと此処に居たいんじゃないか?まだ見足りなさそうだったし」
でも、とワタシは続けた。
それと。
こんな山奥に緊急に呼び出しても中々来ないだろう。
警察は。
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