Tea Time 6,





 狭い日本、そんなに慌てて何処に行く----とかいう、標語があったかもしれないし、なかったかもしれないし。
 まぁ、ともかく。
 そんな風に言われて久しいこの国だけども、しかしなかなかどうだろう。車で3時間も飛ばせば、其処は見た事も無い景色が広がっている。何処までも続きそうな山々の向こう、本当に自分の住んでいた町や家があるのだろうか?と無意味な郷愁に浸ってみたり。
 後ろを振り向いていた姿勢を直してみれば、目の前には寂れたような別荘。実際寂れているのは仕方無い。これの主は、半年前に亡くなっている。
 そして、この人物の遺言により、ワタシ達もまた、此処に居るのだった。




 始まりの人物は、瑠依さんの友達の妹の友達からだった。あぁ、ややこしい。
 その人の曾御祖父さんは、俗に言う資産家というヤツで、それはそれは結構なお金持ちだった。しかし、資産家だろうがサザンカだろうが、死は平等にやって来る。
 その際、その膨大とも言って過言でない程の資産は、法律に則りそれなりの額が皆に配られた。
 のだが。
 本当に死の直前、このジー様はとんでもない事を言い出した。
 実は配当した金は、全部の半分でしかない。もう半分は、自分を真に理解してくれる人に解るように隠した。
 期限は3年。それまでは、自分も持っている物をそっくりそのまま残しておく。しかし、それで見つけられなかったら、寄付に回すよう手配しておいた。
 と、ぎりぎりになって身内全員の度肝を抜いて、そのジー様は息を引き取った。
 そのジー様の親戚、というか曾孫に当たるのが上で言った瑠依さんの友達の妹の友達な訳だ。あぁ、ややこしい。
 その人は雑貨店を経営していて、外国を飛び回っている。ジー様の資産探しをじっくり腰をすえて捜したいのだが、そうも行かず、ようやく帰って来られるのだそうだ。しかし、一週間だけ。
 そして、友達----つまり、瑠依さんの友達の妹の事だが、あぁややこしい!ともかく!店長に探すのを手伝ってもらいたいから現地集合してください!って事だ!!
「店長、行くんですか?」
 緑茶を飲んでいるワタシと、紅茶を飲んでいる呉の前で、店長はじっくり手紙を読んでいる。
「うん、行くよ」
 と、あっさりした返事にワタシは一瞬耳を疑う。
 丸いフォルムの眼鏡をして、なんでもほいほいという事を聞いてもらえそうな柔和な印象を与えているが、そんな風貌の店長が、実は、それこそ横に居る呉以上に自分にとって都合の良い事には指1本動かさない性格なのをワタシは知っている。嫌だけど知っている。
「本気ですか、店長」
「本気ってどういう事だい、アッサム君」
「ワタシの名前は阿柴です」
「私だって、困っている人の存在を知って、そのまま見過ごすような人じゃないよ」
「そうですか。で。本音は」
「この人はティーカップやマグカップを主に扱っているそうでね、それはこの御祖父さんから影響受けたんだって。で、この探そうとしている場所はよく一緒にミルクティーを飲んだ思い出の場所だって言うから、きっと趣味のいいカップが一杯置いてあるんだろうね」
 紅茶の湯気を辿るように見上げた先、店長の目に写っているのはきっとこの空ではない。
「そーッスね。物は全部そのままにしてある、って此処に書いてあるし」
 ちゃっかり店長が手にしていない便箋を勝手に読んでいる呉。
 ついでにワタシも覗き込んでみる。外国で書いた割には(と、言うと差別だろうか)和紙の縦書きの手紙で、薄い絵の具で描いたティーカップとポットが和の雰囲気を乱さない。字も綺麗だ。ただ、ペンに不都合があったのか、ところどころ不自然に濃かったり薄かったりした。ちょっと盛り上がっている所もあったりする。が。手紙全体の印象としては、そても綺麗な物だった。やっぱり、雑貨屋経営をしているのだから、いいセンスをしているのだろう。
「でも、どーやって行くんですか」
 手紙と一緒にあった地図を見て、ワタシが言う。
 まぁ、ぶっちゃけそこはジー様所有の別荘の1つで、別荘というのは大抵自然の中にある。そして何より問題なのは、別荘に行くのに電車やバスはあまり使わないって所だ。
「そぉーいう事なら、おまかせあれ!!」
 ガタッ!と呉が席を立ち上がった。今、ヤツに日の丸扇子を持たせたら、ババッ!と広げてくれそうだなぁ。渡さないけど。
「ウチの世話係は免許持ってますんで、連れて行ってさしあげましょう!!」
「なにぃ!」
 と、驚いたのはワタシ。
 呉は余裕見せびらかすようにはっはっは、とか笑ってくれて。
「いやいや礼には及ばないよ。そんな事されたらそれこそうなされそうだし。
 それに最近刺激が無くてさー、まぁ渡りに船っての?あんまり退屈だったから、阿柴を犯人に奉り挙げれるよーな事件でも起こそうかと思ってた所さ」
「いや、その前にお前の世話をやいてくれる人が居る事に驚いた」
「んー、それはどーゆー意味だい?」
「はっはっは、呉君。店の軒先で殺人沙汰は勘弁しておくれよ」
 店の軒先じゃなかったらいいのか、店長。
「で。日程行ってないけど、呉君の都合はどうかなのかな?」
 何事も無かったみたいに会話するし。
「あー、平気平気。マンションで一人プラス世話役の生活だし、学校行事で何かあっても生徒会長権限で次回に回しますから☆」
 と、こんな事を朗らかに言うヤツをトップに立たせてていーのかウチの中等部。
 まぁともあれ、丁度3連休がある。その日に決めた。別に店長は一週間フルに行ってもいいと思うのだが。
 謎解きは店長に任せて、ワタシは本でも持って行って、俄かに別荘暮らしでも体験してよーかな。




 そんな訳で、ワタシ達は出発した。
 本当なら、朱麻先輩も連れて行きたかったのだが、生憎高等部はテスト週間に入ってしまっていた。残念だ。非常に残念だ。ワタシに何か権限があれば、今を期間に指定したヤツを、何処か遠くへ飛ばしていただろうに。
 横に座っている呉も、ぶつぶつ愚痴を言っている。
「あーあ、後一年早く産まれれば、一緒にテスト期間に入れただろうし、隣に居るヤツと同学年になる事も無かったんだろーなぁー」
「ほほー、呉は店長と同い年だったのか」
「はっはっは、アッサム君。罪のない私を巻き込まないでくれるかい?」
 さて、この乗っている車だけども、ワタシは詳しくないから種類とか解らんが、とにかく立派だ。後ろ座席に3人並んで余裕で座れる、と言えば頷いてくれるだろう。
 で、運転手、つまり呉の世話役なのだが。まぁ、一言で言うならクールビューティー。年のころは瑠依さんと似たような感じ。ナイフみたいな光沢をする黒髪はショートカットで、その眼もまた猛禽類のように鋭い。衣装も黒が基調のいざという時動き易いパンツのスーツで、あとはサングラスをかければ完璧、という所だ。ワタシは、こんなに黒い薄手の皮手袋が似合う人を、今までに見た事が無い。運転の技術も見事で、発進・停車に掛かるGは殆ど、というかむしろ無い、と断言できる程だ。
「卯原(うはら)っていうんだけど、」
 それがその人の名前のようだ。しかし、呉はどうしてか声を潜めて言う。
「一言言っておくけど……見た目のまま、あまり判断しないほうがいい……」
「……それは、どういう意味で……?」
「小学低学年の時、初めての遠足で、当然あいつに弁当を頼んだ。
 ……そうしたら、何を作ったと思う?」
「……何だ……?」
 呉は、軽く喉を鳴らし、言う。
「……パンダのオニギリと、カニさんのウインナーだった……」
「……………」
 そのセリフを聞いた時。ワタシの視界は真っ白になった。
 後で気づく。人は、想像力が限界を超えた時、ああいう映像が脳を支配するのだと。
「ちなみに、その時と今の容貌は、何一つ変わっていない………」
 呉の性質の悪いジョークかと疑った。しかし、嘘で滲み出る汗は出せないだろう。
 つまり、真実………
「呉君……」
 その衝撃さに、普段ニコ目の店長も、目を開けている。そして、問うた。
「まさか、リンゴは、ウサギ……?」
「いや、チューリップだった」
 ………チューリップ……………
「……………」
 慟哭するワタシたちの会話が聞こえているのか聞こえていないのか。
 いずせにせよ、この人は自分の仕事に徹するのだ。その為には、オニギリでパンダを作ったり、ウインナーでカニを作ったり、リンゴでチューリップなんてどうって事ないのだ。
 そして、付けるエプロンには、ヒヨコさんのアップリケがしてあるんだ………




 件のジー様の別荘は、此処だけではない。と、いうかやたら一杯あった。此処は氷山の一角、と言った方がいいくらいだ。と、いうか探す対象は別荘だけでもない。住んでいた家や故郷、所縁のある人の所。上げればきりがない。
 でも、この瑠依さんの……あぁ、もう依頼人でいいや。依頼人は、此処を指定した。
 しかし、文面をなぞると、それはここであって欲しい、という願望なのが見える。
 ジー様の子供は6人居て、この人の御祖父さんはその6番目。しかも父親はその3兄弟のさらに末っ子。周りは大人ばっかりで、イトコ達すら、歳が離れて馴染めない。それでも集まりには連れていかれ、それは心細い思いをしていたそうだ。
 そんな中、温かい思い出なのが、曽祖父と此処でミルクティーを飲んだこと。そして店長も言ってたように、それがきっかけでティー用品に興味を持ち、店を持つようにまでなった。
 この別荘、格段便利でもなければ豪華でもない。気温は、まぁ夏は過ごし易いかな、という程度。観光の目玉になる物もない。秋が来れば、景色はセピア色に変わる。けど、こういう所で飲むミルクティーが格別に美味い、と自分に微笑みかけてくれたそうだ。その為に此処を買ったんだよ、と冗談めいた事まで言って。そんな理由で、彼女はよく秋頃に訪れていたそうだ。曽祖父に合わせて。
 最期は、結局病室で迎えてしまったけど、病床の曽祖父は、いつも此処でミルクティーを飲みたがっていたような気がした。だから私は此処を選ぶ。遺産は、欲しくないと言えば嘘だけど、此処に無いのなら諦める。
 それを何処まで信じていいか解らないが、まぁとにかくそういう事情だ。
「そろそろ、目的地に着きます」
 一瞬カーナビかと思ったけど、卯原さんの声だった。そーいや、カーナビ付いてないぞ、この車内。それですいすい進んでいたのか、つくづく凄い人だ……いろんな意味で……
 降りてみれば、田舎というより、自然、という言葉がぴったりくる所だった。そして、別荘も、外見だけで判断するなら、ログハウスようなものじゃなく、しっかりした小屋、みたいな感じだった。最も、中の設備は最新のものオンパレードだったけど。
 あー、そういや、ワタシ依頼主の名前知らないなぁ……
 ………まぁ、いいか(どうせ出会えば解る)。
「その人、もう着いているんですか」
 呉が言った。
「うん。と、いうか帰ってからこっち、ずっと此処で待ってる----と、いうか、居るよ」
 そして、店長はチャイムを鳴らした。
 ややあって。
「はーい、」
 という声と共に女性がドアから現れた。
 年齢は二十歳中頃。茶髪で、シャギーが入っている。眼が大きく見えるのは化粧の仕方のせいだろうか。付け爪もばっちり決めてある。化粧は濃そうなのに、アクセサリは付けて無かった。
 彼女がドアを開けたのと同時に、ビーフシチューのいい香りも漂った。
 ドアを開けた時にぱさり、と右肩に引っ掛かった髪を直し、相手は、ぱちり、と瞬きをして。
「貴方が……茶紀さん、ですか?」
 戸惑っているようなのは、女なのか男なのかが解らないからだろう。
「えぇそうです」
 と、店長はゆったり微笑み、スムーズに握手した。
「良子さんですね?」
 リョウコさん……それが名前か。
「はい。この度は、面倒かけます」
「いえ、いいんですよ。
 早速で悪いんですが、部屋の案内とか頼めますか?」
 ちょっと待って欲しい。
 こっちは空腹なんだが。そりゃ、店長は紅茶さえ飲めればいいんだけど、こっちは普通の人間なんだから。
「それは勿論ですけど、昼食はお済ですか?まだでしたら、ご一緒にと思ってビーフシチュー、作っていたんですけど」
「頂きましょうよ、店長さん!!」
 同じく空腹だろう呉が、激しく賛同した。
「……そうだね、そうしようか」
 それに同意、というか、店長は否定しなかった。でも、やっぱり賛成している訳でもない。
「私は、一人でも見れれる範囲で、探してみるよ」
「食事はどうするんです?」
「シチューという事だし、構わないなら、適当に取ってもいいかな。あまり此処には居られないんだ。頼まれたからには、見つけないとね」
 おおお……こんな店長でも、やっぱり店長なだけあるのか、それ相応の責任感と言うものがやっぱりあるんだろう。というか、そもそも時間が無いのは店長が3日間だけ行きますという返事を出したからではないのか。どうなんだその所。
 じゃぁそういう事で、とまずは外から調べるつもりの店長に、良子さんが声をかけた。
「あ!外から、ここの地下室に入れるドアがあるんですけど、入らないで下さいね!」
「うん?」
「何せ地下ですから、水はけが悪いのか床が腐ってるし、ネズミも出るんです」
「でも、其処にあるかもしれないじゃないかい?」
 良子さんは首を振って。
「地下室と言いましたけど、ただの空間なんです。まぁ、ネズミ穴はありますけど」
 なので、あれば一発で解る、と言う。
「そうか……じゃ、其処は除こうか」
 店長はのんびりと言った。
 あと、と良子さんは付け足す。
「あまり、物は弄らないで下さいね。壊しちゃったりしてヘタすると、相続権を失うかもしれませんから」
「うん、手紙にもあったね」
「あ、やだ、わたしったら」
 ぱ、と口に手を当てて、迂闊な発言に赤面した。
「それじゃ、アッサム君、呉君」
「阿柴です」
「しばしの別れだねー」
 軽く手を振り、店長は歩き出した。




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なんか、某坊ちゃんと部長の名前訂正のやり取りにデジャヴするなーと思ってたら、コレか。アッサム君。