「で、そのままな訳?」
「で、そのままな訳」
頬杖ついた呉の言葉を、そっくり返す事で返事とする。
「確たる証拠も無いし、推理というより想像の範囲内だし。そもそも、白日の下に晒すよーなものでもなし」
ワタシは隠された真実を率先して暴くような事はしない。いいとか悪いとか言う以前に、したくないのだ(それに恨みとか買ったら嫌だし)。
最初に気になったのは、窓だ。
目撃した人は、窓の開く音で振り向いた。つまり、それまでは閉まっていた事になる。
その日はとても風の気持ちいい日で、こんな日に窓を開けなくて何時開ければいいのか。場所は閑静な住宅街だ。車の排気ガスも、騒音も何も無い。
そう、窓は防風を防音をしてくれるものだ。窓を閉める目的は、それに限る。
繰り返し言うが、その日はとても心地よい風だった。そんな風を防ぐ理由は、あるいはもしかしたらあったのかもしれないが、ここは一般的に考えて、その程度の風は防ぐ事は無いものとする。
と、すれば防音の方だろう。閑静な住宅街だが、防音には外からの音を入ってくるのを防ぐのと、中から出る音を防ぐのがある。では、何の音を防ぎたかったのだろうか。
そこは、窓が開く音すら聴こえる静かな場所だった。
人の話声くらい、簡単に聴こえてしまうだろう。
その時、家に居たのは被害者とその孫だけだった。嫁とだったら、まだ聞かれたくない内容でも話したかもしれない。
一体、何を話したのか。
話題がころっと変わってしまうが、被害者は自殺するような人ではなかったと皆は言う。しかし、それはその時の事だ。その時無くても、次の瞬間には理由は出来るかも知れない。
それを踏まえて、被害者と孫は何か人に聞かれたくない話をしていたとする。
これは、想像だ。あえて本人に訊くような真似はしない。
お孫さんは。
咲子さんに死ねとか言ったんではなかろーか。
そうだったとは言い切れないが、なかったとも断言できない。
お孫さんの行動は、全部被害者のせいで窮屈なものになっていた。当人がそれでもいい、と率先してやっていたのならまだいい。でも、お孫さんは遊びたかったのだ。旅行にだって行きたかった。でもしなかったのは、それをしないと「いい子」と思ってもらえないからだろう。何だかんだで、人は自分のいう事に従う人を選ぶもんだ。
ここからも想像で、想像だらけで申し訳ないが、お孫さんはお母さんと関係が悪かったでもないらしい。被害者の話事は、自分と、孫と、嫁の事だった。本人相手にも、そういう話題だったのなら。自分の母親を窘められる言い方に、いい感情はしないだろう。もしかしたら、母親の方もお孫さんに被害者の愚痴のようなものを吐き出していたのかもしれない。
2人にとっては、どうって事もない事だろう。だって、所詮他人同士なんだから。
しかし、お孫さんにとっては堪ったものじゃない。両方とも血の繋がった家族なんだから。貶している相手と一緒に、自分も責められている気持ちになったんだろうか。そんなヤツの血を引いていると、自分を責めたのだろうか。
お孫さんが完全無欠の優等生だったのも、その辺の事情かもね。とりあえず2人には気に居られている立場だから、2人は自分を褒める相手に悪い感情は持たないだろうし、自分を話題に取り上げれば、相手の悪口は出てこない。
そうして頑張って、それが当たり前になってしまったらまた頑張って、頑張って……結果として、優等生になってしまったんだ。彼女本人は、普通の女の子だ。友達と旅行に行きたがるような。
衝動だったのか計画だったのかは知らない。けれど、もしかしたら開いていたのかもしれない窓を、隣人に気づかれる事なく静かに閉めたのだったら、計画的だったのかもしれない。
祖母の方を選んだのは、旅行を邪魔されたのがきっかけなのか、今までのが蓄積した結果なのか。
相手が年寄りだとしても、10年20年生きられない訳でもない。でも、手間の掛かる老人の状態で、だ。母親は、まだ自分の世話をしてくれる。
この先、一番自由と若さのある時を、ずっと家で祖母の相手をしなけれなばならないかもしれない、とでも、彼女は思って、そしてそんな将来に絶望でもしたんだろうか。
まぁ、そんな事をあれこれ考えても仕方無い。被害者はもう生き返らないんだから、ワタシもさっさと忘れよう。
それに、本当に事故死かもしれないし、何か他の事で自殺したのかもしれない。
慌てて駆け寄ったわりに、カップが倒れもせず、きちんと乗っているティーセットの写真には、大人しくファイルに埋まってもらっておこう。
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