Braek Time ,U





 彼の名前は影屋谷 蒼蒔(やげやたに そうじ)という。
 彼は今、非っ常〜に思い悩んでいた。
 何故かっつーと、密かに(とは思えない程熱烈に)想いを寄せている相手が、事もあろうにデートに誘われたのだという。
 デート。
 デートだ。
 デートである。
 なんて3回も連呼して確認している場合では無い。とにかく、デートなのだ(4回目)。
 自分以外と……!!!
 ゴ、と壁に頭を打ちつける。
 自分以外と!自分以外と!自分以外と-------!!!!
 ゴ、ゴ、ゴ、と上の文句に合わせて連打する。壁に、頭を。
 冷静沈着でいつもクールにストイック、と定評の彼がこんな真似をしていると皆が知ったら、多分全員が世界の終末を想像するだろう。
 とは言え、何も影屋谷は、好き好んで周囲に冷静沈着でいつもクールにストイック、と思われるように行動している訳ではない。自分の持つ信念や美意識。自尊心に従い行動しているだけで、それが結果としてそうなっただけだ。
 だから。こんな風に好きな子が自分以外とデートする事態になり、具体的で効果的な防御策を考える前にその光景を想像してしまって、不吉なその映像を打ち消す為に壁に頭を打ちつけるのも、影屋谷にとってはいつも通りの行動と言っていいのだ。
 まぁ、はっきり言って不気味だが。とても気色悪いが。
 鋭い美貌がこんな時、却って滑稽さを増している。
 そんなこんなで、13回ほど壁に打ち付けた後(多い)、ある程度に頭が冷えた影屋谷は、ようやっと考え始めた。
(どうすればいい!?どうすれば、止められる!!?)
 真っ先に思い浮かんだのは相手を抹殺という案だが、学園内から死者を出して自分との学園ライフを殺伐したものに変えたくない。
 と、なれば説得。無論、する相手は想い人の方だ。何の罰でそいつに不逞な事をしようとしているヤツと会話を成り立たせないとならない。
 しかし、説得とは言ったって、どうすればいいのだろうか。それは半分失敗したも同然だ。昨日、事実を知った当日、無論その場でやめろと言った。
 しかし、相手はお前には関係ないと返して来た。
 頭ごなしに言った売り言葉に買い言葉だとしても、そのセリフから齎された衝撃は自覚した以上で、結局その場を後にしてしまった。
(クソ、なんでこんな事になったんだ……… こんな事なら、さっさと告白すれば……!!)
 と。
 影屋谷は気づいた。
 そうだ。言おう。言ってしまおう、自分の秘めた(いやだからあからさまだって)この想いを。
 そして、言うのだ。だから、デートはするな、と。
 相手が自分の想いを受け入れてくれるなんて、そこまで都合のいい事は思わない。けれど、こういう真剣な気持ちを無視できる相手ではないのは、惹かれた自分が一番良く知っている。
 そもそも、付き合ってするデートではないのだ。身体はいっちょまえにすくすくと育っているくせに(特に胸)、心は少年少女時代のままで、食べ物に吊られているのだ。
 自分のする事で哀しくなる人(この場合は影屋谷)が居るとなれば、もう、おいそれとは引き受けないだろう。しかし、その代償として、今の関係は無くなるだろう。
 今の、仲のいい友達の関係は。
 これはこれで心地よくて、告白の期を逃していた原因でもある(とはいえはやり一番は本人の甲斐性の無さだろう)。失うのは、正直惜しい。
 でも。
(……自分の事を本気で好きなヤツが居ると知ったら、同情や成り行きで付き合う事は無くなるだろう)
 相手にとっての、心の底から好きな相手を見つけるまで。
 彼女の幸せの補助になるのなら。
 それで、それだけでも。




 後日----
 影屋谷は校門を潜り、昇降口に向かう時、何気なく空を見上げた。いい、天気だ。目を細める。
 今日は、自分にとって重要な日になるだろう。これまでも。これからも。
 その日の授業は上の空だった(と、言っても当てられたものには全問正解だが)。
 そして放課後になり、影屋谷は相手を引き止める事に成功した。
 人気の無い渡り廊下。自分と相手だけが居る。
「影?何の用だよ」
 と、言ったのは日下部 朱麻。話の流れで解ってもらえると思うが、彼女こそ影屋谷の想い人であった。
 どうして朱麻だったのか。それは影屋谷にももはや解らない。初対面は良くなかった。授業の調べ物の同じ班になり、初対面早々「名前長いから影でいいや」とかいきなり言ってくれて止めろ馬鹿と言っても一向に聞かなくて。以下のような、こんな感じに。
「おーい、影ー。なぁ、影」
「影じゃない。俺の名前は影屋谷蒼蒔、」
「これ、ここん所だけどどーしたらいいと思う?」
「それはXを……ってそうじゃない。名前を呼べ。正しく呼べ。一文字だけに短縮するな」
「今度数学で50点以上取れたら、美味いメシ連れてってくれるんだよ!んで、80点以上だとMDが!」
「聞けよ人の話」
 思えば。
 名前なんて固体識別以上のものとした認識の無い自分が、どうして正しい名称で呼ぶよう、繰り返し言っていたのか。
 その時から、もう、答えは出ていたんだ。
「影?立ったまま寝た?」
「そんな訳があるか。お前じゃないんだから」
 そういうと、すかさずぎゃおぎゃお言い返す朱麻。こんな朱麻を見るのも、今日が最後かもしれない。
「それで、だ」
 一頻り朱麻に言いたい事を言わせておいてから、影屋谷は話を目的に移した。
「一昨日言っていた、デートなんだが……」
 一言一言、言葉を選んで慎重に綴る。
 それに、朱麻は。
「あ、それ、無しになったんだ」
 と、言った。
 え?
 無し?
 そうか、無しか。
 ………無し!?
「な、無しってどういう事だ!!何があった!!?」
 想定外の事態に声を荒げる影屋谷に、それがさ、と朱麻は嬉しそうに。
「阿柴に……あ、委員の後輩に相談したら、解決してくれたんだー。オレ、引き受けちゃったけど、本当は嫌だったから、すげぇ助かった」
「…………」
 かくして、影屋谷の一大決心はものの見事に水泡に帰したのだった。




 一体俺が知ってからの今まで、何があったというんだ!?
 影屋谷の頭の中は、もはやデートする予定の相手は誰かのか、よりも。
 自分の役割を奪ったヤツは誰なのか、で一杯だった。
(そう言えば、次の日曜お礼に奢るとか言っていたな……)
 世間話に朱麻がこれまた楽しそうに喋っていた。その時、影屋谷はダメージから回復するのに精一杯だったが。
 待ち合わせ場所も、何処に行くのかも聞いた。
 尾行。
 その単語が浮かぶが。
(いや、それはさすがに……)
 それは犯罪だ。やってはいかん事だ。
 それに、今回はお礼、という正当な理由があり、相手も委員の後輩と素性は割れている。そんなに、用心することもないのではなかろうか。
 そうとも。ただ一緒に食事をするだけではないか。
 朱麻と。
 一緒に。
 ………自分以外が。
 ごん、と。
 壁に頭を打ちつけた。




 んで結局の所、彼はこうして駅で待ち伏せしている訳だ。あまり、突き詰めて色々考えないようにした。哀しくなっちゃうかもしれないから。
 朱麻を待ちながら、一体相手はどんなヤツだろうと思いを巡らす。つい、殺気立ってしまい、時折犬が脅えて叫んで飼い主を戸惑わせたが、そんな事に気遣っている余裕も無い。
 と。
(ん?あれは……中等部生徒会委員長の呉 明流じゃないか?)
 校内有名人にラインナップされている呉は、覚える気がなくても勝手に覚えてしまっていた。
 呉は、朱麻が言っていた待ち合わせ場所に立ち、すげぇ嬉しそうに何かを心待ちにしている様子だった。
 あいつか?と思う。呉なら、大抵のトラブルを片付けられるだろうし。
 しかし、そうなると「委員の後輩」というのに当て嵌まらない。
 違うか、と視線を外した時。
 朱麻が登場。
 ドキリとする。疚しい気持ちもあり、私服の朱麻にときめいたのもあり。
 柱の影に、不自然にならない動きで隠れる。ちなみに、申し訳ない程度に変装もしている。
 普通に歩いて登場した朱麻だが、ふいに小走りになった。
 そして。
「何だ、早いなお前ら」
「そりゃ、折角の朱麻先輩のお誘いに、遅れでもしたら大変ですからね」
(………!!)
 影屋谷は驚愕した。朱麻に答えたのは、紛れも無く呉の声だったからだ。
 どういう事だ、と混乱する。
 と。
「じゃぁ、行きましょうか」
 もう1人の声。なるほど、こいつが委員の後輩か。思えば、1人だと決め付けたのも浅はかな判断だった。
 朱麻達が歩き出すと同時に、影屋谷も柱の影から出て追いかける。
 その時、委員の後輩なる人物を見た。
 名前は、と脳内に検索かける。時間をかけてようやく阿柴 夢という個人名が出た。
 目立たない人物だ。風紀委員に世話になったこともなければ、舞台上で表彰される事もない。
(あいつが朱麻から相談受けて、呉に伝わり解決……といった所か)
 ならば、目下の障害は呉だけだと、影屋谷は思った。




 3人は食事を終え、そして街中をぶらぶらうろついていた。この時間帯は、此処は歩行者天国となり、大勢の人が行き交う。尾行するのに最適な状況だ。
 朱麻達は店沿いの遊歩道を歩き、文字通りのウィンドウショッピングをしている。
 しながら、途中、時折朱麻が首を振る。影屋谷に声は聴こえないが、呉が朱麻の注意を引いた物を、
「買いますか」とあっさり言い、それに断っているからであった。
 それはそうと。
(……楽しそうだな)
 元より、みんなと居るのが好きな朱麻。家の環境を考えると納得も出来る。後輩、といういつもと違う相手が新鮮で面白いんだろう。
 いやしかし。
 本当に。
(………楽しそうだな…………)
 通りの向うの犬がきゃんきゃん吼えた。いかん、殺気をまた飛ばしたか……
 すると。
「…………、」
 呉が、きょろきょろと見渡している。用心深くに。
(気づかれたか?)
 偶然、というにはタイミングが良すぎた。呉が殺気を感じ取れたとなると、いよいよ厄介な相手だ。
 これは、もしもの時はかなり心を決めてかからんといかんな。
 そう思いながら、今度はきっちり殺気を封じた。感じ取れるものの弱点で、感じなければいないと判断してしまう。呉も、朱麻に呼ばれて辺りを注意することを止めた。
 朱麻には気づかれないように、阿柴が呉に何か問いかける。先ほどの奇異な行動の意図だろう。呉は何かをしゃべり、少し肩を竦めた。何か感じたけど、気のせいだったみたいだ、とでも言ったのだろう。
「……………」
 それに阿柴はなんと答えたか、どうしてか、影屋谷には予想も想像も出来なかった。




 狭くは無いが、人の多い道路。横3人並んでは歩けず、朱麻と呉を前に、阿柴がえっちらおっちらついていく、という具合だった。
 が。ふいに、阿柴が前に乗り出した。そして、今度は阿柴が朱麻を並んで歩く。位置が変わる時、阿柴は何やら呉に言付けたような感じだったが。
(何だ?)
 特に、それ以外に変わった事は無い。ただ大きな窓のある店を眺め、歩いているだけだ。影屋谷は2Mほど後ろを歩いているので、何を見ているのかがリアルタイムで解る。
 阿柴が朱麻に指差したのは、船の重りだった。それがあると教えてどーなるというのだろう。しかし、朱麻は何だか嬉しそうだった。何だ、何が楽しい。
 と、やきもきしていると、3人は横断歩道を渡り、向かいの通りに渡る。影屋谷も、渡る。そして逆方向に歩き出した。つまりは、Uターンである。
 何かあったのか、と気にしながら歩く。
 やっぱり3人は相変わらず、窓の中の品物を見てはあれこれ話し合う。影屋谷も、つられるように同じ方向を向いてみる。当然、注意は3人に向けてだ。
 窓ガラスに、自分の姿が鏡みたいに映っている。
 そして、その時。
 影屋谷は気づいた。
 そして、近くの店に入ったのだった。




 考えにくいが、でもやっぱりそうなのかもしれない。
 動揺まではいかないが、少しばかり焦った。
 あのUターンには、やはり意味があったのだ。
 そう、窓に映った尾行者の姿を確認する為に。
 普通に歩いているだけでは、誰が不審者なのかは見分けれない。だから、不自然な行動を取って、それでもなおかついつまでもついているような人物を探したのだ。
 さっきの一連の行動は、多分こうだ。
 まず、阿柴が先頭に立ったのではなく、呉に下がって貰ったのだ。隣に朱麻がいたのでは、窓ガラスだけ見ている訳にもいかない。そうして、自分達の周囲に居る人をある程度認識する。
 そして、Uターンだ。おそらく、あれ1度ではあるまい。何度か繰り返し、同じ人物が見て取れたのなら----そいつだ、と解る。
 それから----これを考えたのは、阿柴だ。考え付いただけではなく、自分の力量を把握していて、出来うる人物に任せる。
 呉が居なかったら、その時はその時で、また別な方法を考え付くだろう。影屋谷は、それをもはや確信していた。
 ふ、と影屋谷は僅かに口角をあげた。
 始末しようと思ったが……考えが変わった。
 なかなか、役に立ちそうじゃないか。
 利用できる事には利用してやろう。
 自分と朱麻の為に!!!
 なんて影屋谷が意気込んだので、その場にいた動物達が脅えて叫ぶ。
 ちなみに、そこはペットショップだった。




「おい、阿柴」
 適当なカフェに入り、朱麻先輩が用を足している時、呉が言う。
「見てみたけど、やっぱり同じヤツは居なかったよ」
「そうか……じゃぁ、やっぱりただのお前の勘違いか」
 さては、朱麻先輩朱麻先輩って色事にかまけてるから勘が鈍ったな。
 と、思ったらコースターがフリスビーみたいに飛んで額に当たった。
「何をする」
「今、すごく失礼な事考えただろ」
 半眼で睨む呉。
 ち、勘は健在じゃないか。だとしたら、感じたという殺気はなんだ?
 朱麻先輩に?まさかそんな事は。
 ……そうか。
 呉に、か。うん、これで綺麗に説明がつく。
「お前も、大変だなぁ」
「店内って、意外に武器になるものが少ないよね」
 あと1分朱麻先輩が戻って来るのが遅かったら、多分此処は戦場だったな。




<END>





影屋谷さん、もっとクールな役だったんだけどね。ただのムッツリじゃん……!(嘆)

影屋谷さんは、朱麻先輩だけが大事です。ていうか世界が自分達だけを残して滅んでもいいと思ってます。むしろ、滅んでくれと願っている程です。
もう、どーしようもない。
この後、(唐突にやってきた)店長さんと合流して、尾行再開した(変装も変えた)影屋谷がまたつい殺気飛ばしたのをカキーンと跳ね返してくれて「アイツ何者!!!?」と脅える場面も考えたのですが、長くなったので割合。ごめんね、店長。