Tea Time W,





 生徒の保護者から金をふんだくって経営している私立という体性をとっている此処、サン・イースト学院の図書室は設備が立派だ。「室」でなくて「館」と言った方がいい。
 まず、システムはカードで管理するのでは無く完全ハイテク制。本と生徒証につているバーコード(と言っても禿げ親父のすだれ頭みたいなのじゃなくて、四角で真ん中に視線集中してると立体に見えそうなヤツ)で情報を読み取られ、滞納者にはもれなく担任から注意が来るので回収率は高い。
 情報が本当に詰っているコンピュータを管理するのは当然教師軍だけど、貸し出しだけの末端機能しかないパソコンは生徒が行っている。とは言え、それが出来るのは高等部。中等部はひたすら、新刊にバーコードを張ったり棚を整理したり滞納者に返還を求めるカードを作るのが仕事だ。
 で、何を急にだらだらとこの学校の図書事情をいうのかと言うと、それはワタシが図書委員だからだ。
 で、朱麻先輩も図書委員だったりする。
 神様に出会えたら「サンキゥ☆!」と親指突き出して歯を輝かせたい気分だ。で、さらに朱麻先輩とは同じチームだったりする。上のような事情で、図書委員は委員の中でも特殊の高中合同委員。貸し出しを請う高等部と、その他雑務を勤める中等部ワンセットで行われる。だもんで、この図書委員、高等部には人気があるけど中等部にはそんなでもない。言ってしまえば、高等部のパシリだもんなぁ。
 でもパシリでもパセリでもセロリでも夜空ノムコウでもいいんだ。朱麻先輩と一緒なら。
 などと、自分の境遇に浸っていると。
 ピーッ、ピーッ、ピーッ!!
 連続でエラー音がした。
「あ、あれ?あれ??」
 朱麻先輩の困った声だ。元気一杯の声もいいけど、こんな声もまたイイよね(浸り続行中)。
「何をしているんだ……」
「あ!」
 呆れたような声の後、驚いたような責めるような声。
「影!おまえ図書委員じゃねーくせにすんなよ!」
 と、いう朱麻先輩のセリフから察するに、貸し出しの操作が上手く行かない所を、どっかの誰かがそれを見て横から手を出した、というような感じだろうか。
「文句を言う前に、作業はスムーズに行ってもらおうか」
 しかし朱麻先輩になんて口の聞き方だ。今、丁度手に持ってる貸し出し禁止サイズの辞書でもぶつけてやろうかコンニャロウ。
「るせーな。ちょっと、考え事してただけだっつーの」
「どうせ晩飯の献立か何かだろう」
 朱麻先輩の、む、とかいう効果音とうか、感情音が聴こえたような気がした。
「そーじゃねぇよ。ただ、土曜日デートする事になったから、何着てきゃいいかなって」
「そうか、デートか」
 なんだ、デートか。
 デート。
 デート? 
 デート!!!!!
 いいいいいいかん!一瞬言語認知機能に障害が起こって素直に言葉を受け入れられんかった!!
「デ、デートだと!!?」
 向うもよーやく事の重大さに気づいたみたいだ。
「デ、デートと言うと、仲睦まじい2人が週末の休日を共に過ごし、街に繰り出しては愉快に時を過ごす、そういうデートか!!?」
「んー、そうなんかなー。やっぱそうかなー」
「何を人事みたいにアホみたいにつぶやいているんだ!!自分が何をしようとしているか、ちゃんと理解してるのか!?」
 そーだそーだもっと言ってやってください!ワタシは朱麻先輩に詰問なんて野暮な真似したくないからその分も。
「その、お前、相手の事、す、す、す、……付き合っているのか!?」
 好きなのかとどうして問いたださない!あー、じれったい!!そしてもどかしい!!
「付き合ってねーよ。最初はそうしろって言われたけど、値切ってとりあえずデートするだけにしてもらった」
 値切るとか値切らないとか、そーゆー問題なのか?
「……付き合ってもないなら、何故、デートなんかする」
 よし、ナイス重要質問(親指グッ☆!)
「……………」
 と、此処で朱麻先輩が黙る。おや?
「朱麻?」
 うわ、名前呼び捨てだ!!
「い、いーじゃねぇか、別にデートくらい!影じゃなくてオレがするんだから!」
「だから余計重要だろうが!」
「なんで?」
「………………」
 いや、朱麻先輩。影でこそっと訊いてるワタシでもその人の事情っていうか、都合ってものが解っちゃったくらいあからさまなんだけど、まぁ、気づかれても困るからそのまま鈍感路線で行ってくださいね!
「と、とにかく理由を言え!脅されてるのか?まさか美味いものに吊られたとかそんな情けないでか!?」
「情けないとはなんだー!どうせ食うなら美味いもの方がいいだろ-------!!」
 吊られちゃったんだ朱麻先輩!
 わぎゃわぎゃと言い争う2人。図書室では静かにというポスターが悲しげに壁に貼ってある。
 朱麻先輩と言い合っているその人を、作業所の窓からやっぱりこそっと見てみる。
 …………!あの人は!
 顔は知ってるけど名前が覚え出せん!!!(よくあるよね、こういう事)。




 で。
 さっきの朱麻先輩が”影”とか呼んだ人(まさか役に立たないギャルソンとかじゃないよな)は、朱麻先輩が誰と行くのかとか、どうして行くことのなったのかは、結局訊きだせず仕舞い諦めたらしいけど、委員の後輩であるワタシはその立場をフル活動させて聞き出す事にする。
 今は放課後。図書室は閉め、明日への申し送りをする時間。
 委員は二人一組。しかし、ワタシら以外の人は用があるらしく、先に帰ってしまった。状況は、ばっちりだ。
「朱麻先輩」
「ん?」
 記入していた朱麻先輩が、顔を上げる。
「いきなりな事を言いますが、悩み事とかありますか?」
「え、えぇ?無いけど?」
 うわぁ、視線が泳ぐタイプだろうとは思ってたけどここまでとは。まぁ、とりあえずここはそれに騙された事にして。
「そうですか……まあ、悩み事がある人がそうそう居る訳ないですもんね」
 と、ここで頬杖ついて。
「実は、とある雑誌を見たら、今月のワタシの運勢は最悪らしくて」
「最悪?」
「えぇ、最悪。体調運や勉強運から運動運全部最低で、、仕舞いには大怪我をするとまで」
「怪我ぁ!?」
 よし、いい反応だ。
「まぁ、所詮は占いなんですけどね。しかし最近、登校すれば黒猫が横切るし、体育の時間には靴紐が千切れて、食堂のメニューにはもれなく全部に大嫌いなマヨネーズが入っている始末……いや、信じている訳じゃないんですけどね?
 で、その雑誌がいうのには、この最悪な状況を打破するには、学校の先輩の悩み事を訊いてやる事だとか……それで、訊いてみたりしたんですが。
 でも、所詮占いですからね。仮に当たっても、一ヶ月の事ですし」
「…………」
 おー、朱麻先輩が困っている悩んでいる。
 ちなみに、ワタシが今言った事は全部嘘だ。占いなんか端から信用してないし。まぁ、食堂のメニューにマヨネーズが入っているのは事実なんだけど(最近の若いもんの味覚は……)。
 朱麻先輩が、言おうかどうか考えた結果言う事にした、って感じで話を切り出した。
「あのさ、阿柴。オレ、実は結構悩みっぽいのを持ってることも無いような気がしないでもないけど……」
 机の下でガッツポーズ。
「はい、何でしょう。是非聞かせてくださいワタシの今月の運勢の為に」
「実はさ………
 今度の土曜、デートする事になっちゃって」
 知ってます。
 と、言う言葉を飲み込む。
「相手は、デートって言うんだ。でも、デートって言えば好きあってる同士が行くもんだろ?オレは、そいつの事好きじゃないのにしてもいいものなのかなって」
 デートの定義を問う前に朱麻先輩、そんなにほいほい簡単にデートなんて請け負ったら、後とは言わずその瞬間に貴方の身が危険なんですよ!
「なら、断ればいいじゃないですか」
「そう……なんだけどさ」
 朱麻先輩の歯切れが悪くなる。
「そいつ、占いとかしてさ、で、占ったところオレと相性が最高にいいんだって。良すぎて、付き合わないとむしろ周りに悪影響を及ぼすくらいだとか……」
 馬鹿馬鹿しい。
 一瞬相手はとてつもないアホかと思ったが、相手の過小評価は危険と思い、判断し直して見る。
 ……うん、一見すげーアホだが、そういう理由なら、教師に相談してもまともに取り上げてくれないだろうし、注意されたところで面白半分で言った、と言えばそれで終わりだ。
 朱麻先輩のようなタイプに、正攻法は通じない。だからこそ、こんな突拍子も無い手段に出たという所か……おのれ、よくもワタシの前にそんな上手い手を、いやいや。
「朱麻先輩、そんなのきいてやる事無いですよ。それは、占いなんていう皮被せた脅迫ですよ?だいたいほかに大義名分くっつけて嘘すれすれの上手い事を言い、相手を自分の都合に合わせて動かそうなんて、なんて卑怯な事この上ない。
 ワタシが憎むべき人種のひとつですね」
 白い眼で観られているような視線は気のせいって事で片付けておく。
「だけど、……そうなんだけど!」
 朱麻先輩は、思いつめたような声で。
「そいつさ、予知能力があるんだよ」
「………へ?」




 その、朱麻先輩にデートを申し込んだ人物は、朱麻先輩より一個上の先輩で神楽坂 雅琵とかいうヤツらしい。名前からしてなんだかインチキ臭い。
 そいつが、ある日、朱麻先輩を多目的室に呼び出した。
 衣替えも目前の季節で、相手はきちんと長袖シャツを着ていた。暑そうだなぁ、と朱麻先輩は思った。
「ごめんね、呼び出して」
「って言うかさ、オレ、何かしたっけ?」
 学年が違うとは言え、異性からの放課後の呼び出しなんだから、そういう事があるんだろうとか、微塵にも思わない朱麻先輩を苦笑して出迎える。
「そうじゃないんだ。まぁ、そこに腰掛けて」
 腰掛ける朱麻先輩。
「……出来れば、僕の面に来てくれるといいんだけど」
「ふぅん?」
 本当に適当に座った朱麻先輩に、そう言う神楽坂。
 言われた通り、座りなおす朱麻先輩。
「ところで……」
 雰囲気を盛り上げる為か、思いっきり間を溜める神楽坂。朱麻先輩は、くしゃみでも出かけたのかな、とか思ったらしい。
「君は、予知というのを知っているかい?」
「あぁ、知ってる。東の風、って書くんだよな」
「それは東風<こち>だよ」
 朱麻先輩は本気で言っている。わざとではないのだ。天然なのだ。
「文字通り、予め知る、という事さ。つまり、未来を知るんだね」
「へぇー」
 この時、朱麻先輩は夕食の献立を考えていた。
「実は、僕にはその能力が備わっているんだよ」
「へ、」
 今晩の献立が吹っ飛んだ。
「すぐに信じられないとは思う。僕も、逆の立場なら、素直に受け入れられないと思う……でも、事実なんだ。その証拠を、見せてあげようか?」
「え、別に?」
 朱麻先輩は吹っ飛んだ献立を呼び起こすのに忙しい。
「……見せてあげるよ」
 言い直す神楽坂。
 そして、封筒と取り出し、机の上に置く。次いで、トランプを5枚、取り出す。
「カードを調べて欲しい。……何も仕掛けはないよね?」
 朱麻先輩に手渡し、調べさせる。1から、エースから5までのクラブのカード。朱麻先輩はそれをざっと見て、返した。裏はありふれた柄だったし、変な手触りも妙に分厚いことも無かった。それを、一旦綺麗にまとめて掌に収め、それから扇形に広げる。
「一枚選んで」
 朱麻先輩が引いたのは、4のカード。
「そのまま」
 神楽坂は、残りのカードを無造作に机に置く。
「君が引くカードを、予知し、それを書いた紙を封筒の中に入れたんだ。開けてごらんよ」
 言われるまま、封筒を破る朱麻先輩。三つ折りにされた紙が出てきた。
 書いてあったのは。

『貴方は4のカードを引くだろう』

「…………」
 思わず神楽坂の顔を見る朱麻先輩。神楽坂は、ただ悠然と妖しげに笑うだけ。
 そして。
「君の座る机の中に、手を入れてごらん」
 すると、手に封筒があたった。
 朱麻先輩は、なんだ、と思った。よくある手品だ。色んな所に予言のカードを仕込み、相手の引いたカード次第でそれを隠した場所を教えるだけの。
 その封筒を、開けるとやっぱり紙が入っていた。そして、広げる。
 書いてある内容。それは。

『貴方は4のカードを引くだろう』

 朱麻先輩の眼が、大きく見開かれる。神楽坂の表情は変わらない。
「後ろの、一番右上のロッカー。掃除道具入れ。カーテンの裏。……見てごらん」
 中にあった紙に書かれていたメッセージは全部同じ。
 『貴方は4のカードを引くだろう』だった。




「で」
 ワタシは言う。
「続けてそいつが言うのには、自分は朱麻先輩と結ばれる運命で、それを反故するのは世界の流れの歯車を狂わす事になるから付き合えと?」
「そう」
「朱麻先輩、そんなの突っぱねていいんですよ。きいてやる事なんてこれっぽっちもありません」
「そうだけど……そうしないと、出来た歪で誰かに何かが起こってしまうかもしれないって……」
「そんなの、」
 あるわけが無い、と言おうとして、気づいた。朱麻先輩の表情は、そんな当てもない事に脅えているものじゃない。
「……遭ったんですか。何かが」
 うん、と返事した。
「怪我したんだ。体育の時に……」
 そうか……だから、さっきのワタシの嘘の、怪我のところで過剰な反応だったのか……
「……朱麻先輩。それは気の持ちようですよ。不幸の手紙を受け取ると、なんでもそれにせいに思えるのと一緒です。それを受け取る前にも、ちょっとした不幸は起こっていた筈でしょう?だから、朱麻先輩とその人が怪我したのは、何も関係ありません」
「うん……」
 そんなもの、朱麻先輩だって解っているだろう。いるけど、ちゃんと整理出来ないのが人間なんだろうなぁ。
 ……しかし、何事もポジティブシンインな朱麻先輩がここまで気にしちゃうその人ってのは……まぁいいや、これは保留って事で。
 今からするのは。
「朱麻先輩。そいつがインチキで偽物なら、朱麻先輩がデートしなければならない理由は、ありませんよね」
「え?阿柴?」
「大丈夫です。今の話で、トリックの見当はつきました。後は、それの証明だけです。幸い、ワタシには使えそうな知人が居ますので」
 今頃、呉のやつ盛大なくしゃみしてるだろうなぁ。