夜の闇を背景に、魔の眷属どもをばったばったと薙ぎ払う----
そんな場面を求めていた方々には激しく申し訳ないが、私は現在どっかの小さい崖に落ちて、足首捻った状況です。
あ、別に期待してない……ふーん……へぇ、そう………
なんて素直に落ち込んでやるほど私はお安くないぞ、あぁ、無いともさ!(今目から流れているのは、汗だ!きっと!)
さーて、どうするかな……助けを呼ぶのは簡単。捻挫を治すのも簡単……というか、この程度ならヒーリングも普通の手当ても要らないのだが。
魔力は精神力、引いては回復力とそれなりに密接した関係にある。
魔力が巨大になれば、その分回復力も早くなる。私の場合、余程大きいのか、俗に言う「フツーの怪我」程度のものなら10分もすれば治る。
羨ましいと思うか?オイ。
これのおかげで叔父さんに扱使われる羽目になったんだぞ?
あぁ、そうだった。今も扱使われてる真っ最中だったな!あっはっは!っとくらぁ!!
よし、このままサボろう!!
言い訳は、崖から落ちたという事で!
嘘じゃないからな、うむ。怒られる事はないだろう……という事も無いだろうが。
ま、不慮の事故にあうのはこの手の仕事では日常茶飯事だし、上手く誤魔化すとして、一旦キレたネイルはちょっとした精鋭部隊一個並に暴れるだろうから、多分大丈夫だろう。
あー、後は……誰かに見つからないようにしなければ、という所だな。
近くの枝でも集めて、バリケードでも作るか……
「ねぇ、何してるの?」
……………
いきなり見つかった。
”悪い事は出来ないものですよ、セルフィユさん”と、脳内で欲望に忠実な私の10分の1以下のサイズしかない理性ある私が諭すのが、聴こえたような気がした。
万事休すか……と思えば、強ちそうではない。
声は、まだあどけない少女のものだった。あの部隊に所属する者でこんな声が出せるものは居ない。
それと。
人間、でもなかった。
いや、かつて人間、とでも言うのか。
霊魂のみでの存在----つまり、幽霊だ。
輪郭はおぼろげで、薄白く発光している。
歳は私と似たり寄ったりだろうが、顔つきはかなり幼い(まぁ、私が若干老けているというのも一役買っているのだろうが……)。
美人と称するにはまだまだ遠い、可愛い女の子だった。ブロンドを、頭で2つに括っている。それは常にゆらゆらと揺れているようだった。
「もしかして、怪我してるとか?」
くるーり、と、アクロバットな動きをして、膝の下に手を回し座った姿勢のまま、逆さまになった。
幽霊なので、ワンピースの裾が裏返る事は無かったが。
「いや、怪我はしているけど、大した事は無いから。
それはそうと、此処から早く行った方がいい」
「?何で?」
首を傾ける。
「確か、法律で何時間か何日か、成仏しない幽霊は強制的に除霊されてしまう事が決められているんだ。
今、そのプロ達が上でうようよしている。見つかったらイチコロだぞ」
たとえ幽霊でも、こんな可愛い子を失うのは世界の被害だ!(少なくとも、私の中の世界では確実だ!)
確かに私は異性だからという理由で率先的にアプローチをかけるタイプではないが、可愛いのを可愛いを感じて愛でたいとも思うさ。
「……そっか」
ふわふわと空気の中を泳ぎながら、彼女は呟いた。
「死んだ後も、自由にさせてくれないんだね」
「………………」
「ねぇ、除霊ってされたら痛いかな」
「さぁ……何しろやられた事がないもので」
「それもそうだね」
返したセリフに気に入ったのか、笑みを浮かべた。
「でも、もうちょっと見てくるよ。
この世界、何の柵も無しに見たらどうだったのか、知りたいから」
「----気をつけて」
「ありがとう」
にこり、と笑い、ゆっくり、ゆっくり。
手を離れてしまった風船みたいに、彼女は遠ざかる。
-----おそらく、あの子は学生だろう。
だとしたら、自殺の動機は友人関係の悩みだとか、受験ノイローゼとかで強引に片付けてしまうんだろう。
でも、実際には-----
まだ、彼女の気配が完全に此処から消えうせてない頃、何かがやってきた。
実働部隊-----
3人、か。これだけ固まっているという事は、ひと段落ついだのだろうか。
「おい、どうした?」
フルフェイスヘルメットの向こう側で言う。どういう表情で言ったのか、まるで解らない。
私はこっそりヘルメットに着けられているボタンを押す。これで、私の声は全く別の声になっているだろう。コナ○もびっくりのヘルメットだ(別に変声機はコ○ンが作っちゃいないが)
「此処から落ちて少し怪我をした。手当てはしたから大丈夫だ」
「そうか-----オイ、見つけたか?」
私の事はお座成りに、横にいる隊員B(彼は隊員Aに決定)に訊く。
「あぁ、近いな。レベルは1以下のただの幽霊だが-----ついでだ。仕留めておこう」
………ついで…………
「それがいいだろうな。街にでも出られたら、厄介だ」
…………厄介…………
「幽体となって3日以上だったら、どの道除去するんだしな」
…………除去…………
隊員Cもまみえて、言いたい事を言いたい放題言ってくれた。
彼女は悪さなんか絶対にしない。
ただ、この世界を、自由に見て廻りたいだけだ。
生きてでは制約が多すぎて、とても自由にはなれないから、死んでまでして。
しかし、ここで彼女を除霊したとしても彼らには罪は何も無いだろう。むしろ、法的期間をこえて死後何日もこの世に留まる彼女に非があるのだと。今はそのつもりはなくても、この先そう思うかもしれない。だから、除去されて当然なのだと。
”死んだ後も自由にしてくれない”この世界は、そう判断するに違いない。
別にいいともさ。何が良くて悪いのか。
ただ。私は。
彼女の邪魔をする貴様らが気に入らない。
「大天使召還の時に使う、ペンタグラムは知ってるな?」
「知りません」
ゴズ。
「……知ってるな?」
「……知ってます」
後で調べよう(これ以上殴られない為に)。
しかし……入学4日目でとんでもない事態になってしまったぞ………
担任でしかも学部の統括である目の前の人が、私の叔父さんだと言うのだ。れっきとした血の繋がった。
しかもお前は利用できそうな価値があるから俺の手となり足となり、捨て駒になりやがれと、かなり理不尽な事も言われた。
「俺は常々、このペンタグラムが攻撃魔法に応用出来ないかと考えてんだ。
象徴するもの、されるもの。発動の言葉。必要なものはある。----最低限にな」
ギ、と椅子の上で足を組み直す。
「だから、出来るヤツと出来ないヤツがはっきり分かれる。出来なかったヤツは、それから何をしても出来やしねぇ。
まさに一発勝負ってヤツだ」
自称私の叔父さんは、新薬を投入したモルモットでも見るかのような目を私に向けた。
「じゃー現象がはっきり解る”火”を発動させてみっか。
火のペンタグラムの書き順は解るか?あぁ?解らん?
だーかーら、一発書きの星の書き順を上からじゃなくて横から書くんだよ。
そう、その順番にな。
で、唱える言葉は”アツィルト”。
これで上手く行ったら、晴れてお前は俺の部下だ」
失敗させて下さい神様。
寿命の半分持って行ってもいいですから。
でも神様は居なかった訳で。
「”アツィルト”」
紅蓮が、咲いた。
「よー、やりゃ出来るじゃんか。
んじゃ早速、今日の放課後、この箱をとある場所に置いて来てくれや。別に難しい事は何もねぇよ。
あぁ、中身は見てもいいけど、誰にも言うんじゃねーぞ。死にたくなけりゃ。
おい、聞いてんのかよ」
私は、明日から展開されるであろう地獄にそれどころではなかった訳で。
此処から救ってくれる救世主も居なかった訳で………
訳で………(ほ、蛍ぅ〜〜〜)
……あー、どうしてもこの術使うと、オプションで叔父さんとの初対面が頭を過ぎるなぁ〜。
私、色んな意味でここぞという時に当たるから……
さーて、そろそろ時間だし、戻ろうか。
こいつらは……ま、実働部隊なんだし、自力で回復してよね、って事で。
----このペンタグラムの攻撃術は、全くの叔父さんのオリジナル。おそらく、自分が何でやられやのか、何がやったのかすら解らない。
あんまり使用したくないのが本音なんだがね。
2回目だが、これは全くのオリジナル。
つまり、法律で未詳認定の魔法----日常で役立つ魔法、通称「便利魔法」はともかく、第一種以上の攻撃魔法は、法の定めた種類以外の物を使うと10年以下の禁固刑が待っている。
「いーじゃねぇか、強ぇんだし」
叔父さんはこの法律をこの一言で片づけだ。
そりゃそーだ。
叔父さんは使用してないんだからね!!!(研究だけならいいらしい。法律の落とし穴だ……)
今宵は満月。周囲には星が散りばめられていて、それはまるで月のこぼした涙にも見えた。
あぁ、私ってばロマンチックだなぁ……
…………
あの子も、この空を、見ているだろうか。
見て、まだ生きたかったと嘆くだろうか。それとも、死んで良かったと、そう思うのだろうか。
そして。
私は、どっちがいいんだろう。
例えば、檻に入った鳥。
自分のサイズが檻と合うなら、そこはとても快適な空間だろう。
だが----
大きすぎたら。翼が、あまりにも大きすぎたら。
広げれば、羽が引っかかってしまうだろうし、閉じたままでは翼が腐ってしまうかもしれない。自分の一部が腐るだなんて、どれ程の恐怖だろう。
彼女は、翼が大き過ぎたんだ。
----私の近くにも、大きな翼を持つ者が居る。当然、ジルコニアの事だが。
あいつは多分、檻も破壊できる翼だからなぁ……(そして攻撃対象が檻のみに留まらない)
彼女は大きすぎて、そして柔らか過ぎた。
----自由さが自分を蝕むなんて、皮肉な話だ……
彼女は何処に居るだろうか。其処ではちゃんと翼が広げられるだろうか。
こんなにも、気になってしまうのは。
「……いやいやいや、セルフィユくん……君は一体、開始5分後から終了まで、何処に居たのかね?」
「……………」
「世の中便利になったものだよ。発信機というもので、ディスプレイがあれば誰が何処にいるか、全部が逐一監視出来る」
「…………………………」
「当然、あっさり発見出来たのだが、叔父さんは甥っ子を信じた。ちゃんと、任務をこなしてくれるだろうと。
だ・が」
瞬間、やけに爽やかな青年調だった叔父さんから、ぶわわと殺気が溢れる。
「その甥っ子は叔父さんの期待に備えた所か、どーゆー訳か実働部隊を3人程潰してくれたんだよ。
ど・お・い・う・わ・け・か」
「そ、それは………!ちゃんとしたものがあるんです!!」
「つーか訳あっても許ねぇ」
………ぎゃふん。
ねぇ、あの時の君。今は、何処で何をしている?柵も無く見たこの世界は、どんな風に見えた?
あぁ、でももうすぐ、私も同じ視線で見られるかもしれないねー……って冗談冗談。
わぁ、叔父さんなんですか、そのやたら攻撃力がふんだんに籠められそうな武器は。
だいたいネイルがさくさく敵こなして昨夜は通常の1.5倍増しですんだら別に私のした事は。
意識を取り戻した時見たのは、白い天井でした。
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