キスする時の、丁度いい身長差は10センチらしい。いつだったか、どんな流れかは忘れたけど、朔良がそう言っていた。
 そして、今それを唐突に思い出したのは、テレビの中でキスシーンが繰り広げられているからに他ならない。作品は痛快アクションものなので、そんなに濃厚ではないが、つい先日恋人が出来て(というか恋人になって)しかもその相手が隣に居るとなると、目が泳いでそわそわしてしまう。
 でも、と高揚した気分は沈み行く。だって、自分達は10センチ差どころか、紗々深の方が3センチ高いのだから。
 こんな立派な身体に産んでくれたのはありがたいが、もうちょっと小さくして欲しかったなぁ、と紗々深は思えてならない。
「………」
 ふと思い立って、紗々深はずりずりと姿勢を低くしていった。だいたい、視線の高さが朔良の肩くらいの所で止める。この辺で、だいたい10センチ差くらいだろう。
「何やってんだお前。首痛くないか?」
「……いーの、これが楽なの」
 何となく、無愛想に紗々深は返してしまった。何か言われるかなと思ったが、DVDを見ている最中なので、そっちが優先されたらしい。
(あーぁ、なんでオレって、こんなにデカいんだろ)
 そして、たった3センチなのがまた憎い。もっと高かったら、すっぱり諦めもついただろうに。
 ドラマでも現実でも、相手の顔を肩口に押さえつけるように抱き締めている男性は、身体全部で相手を抱きこんで、至極満ち足りた顔をしている。
 自分は、朔良にその気持ちを味合わせてはやれないのだ。

 中途半端にずれた紗々深の身体は、重力に負けるように徐々にさらに下がっていく。負けているのは重力じゃなくて睡魔だったが。かなり寝つきのいい紗々深である。横になれば寝れてしまうので、ほとんど寝転がっているような格好になったせいか条件反射のせいかとても眠い。それは昼間、順番待ちに横入りしたヤンキー数名を叩きのめした事もあるだろう。
 でも、映画はとても面白いから最後まで見たい。楽しいけど、早く終われ、早く終われ、と願う事数十分。無事、物語は完結した。紗々深の心の中は、武道館まで辿り着いたランナーの気持ちでいっぱいだ。
(これで眠れる……)
 なんだか似非シリアスな言葉を吐いて、紗々深は目を綴じた。DVDを取り出し終えた朔良は、眠ろうとしている紗々深に気づき、名前を呼んだ。
(ごめんね、今もの凄く眠いからちょっと寝るね。クーちゃんがお風呂出た時、起こして)
 返事をせず、眠り込む事で上のセリフの代わりにする。しょうがねぇな、と朔良が呟いたような気がした。
 そして。
 朔良の腕が、自分の脇下と膝の裏に差し込まれる。え、と思った次の瞬間、身体が宙に浮く。
「あわぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
「だぁッ!危ねーな!」
 ビクッ!と紗々深が身体を戦かせて過剰反応したものだから、危うく朔良はその身体を落としそうになったが。どうにか堪えた。
「ク、クーちゃん何してんの!?」
 すぐ近く。そして上にある朔良の顔を見て、紗々深が言う。
「何って……運ぼうとしてるんだけど?」
 何か悪い事でもあったか?と朔良は怪訝な顔をした。
「だ、だって……オレの方がデカいのに……重いよ」
 産まれて初めてされる「お姫様抱っこ」に、身体の中が熱くなってくすぐったい。
「ばっかだなー。全然重くもなんともねーよ。そりゃ、背はお前が高いかもしれないけど、体重も肩幅もこっちがあるんだから」
「そーなの?」
「そーだよ」
 その言葉は嘘ではないらしく、しっかりした足取りで寝室へ向かっていく。抱えられて運ばれ、なんだかもの凄く大事にされているみたいだ。そんな柄じゃないのに。2Mを越す大男だって、ぶっ飛ばせれるくらいのパンチが出せれる自分なのに。何だか、物凄く恥ずかしい。初めて朔良に抱かれた時より、恥ずかしいかもしれなかった。寝室までの道のりが、やたら遠く感じた。ベットの上に下ろされ、ようやく心臓が元のリズムを取り戻しつつあった。
(し、死ぬかと思った)
 朔良が一歩進む度に、鼓動がどんどん大きくなっていった。本気で、胸が破裂するかもしれない、とすら思った。
「はは、すっげー真っ赤」
 ベットの上の紗々深を見て、朔良は噴出した。
「だっ……だって、姫だっこされるのなんて、初めてだもん!」
 うがぁ、と喚くように主張した内容に、はて、そうだっただろうか、と朔良は記憶を穿り返してみる。言われてみれば、確かにそうかもしれない。始めるにしても、紗々深がベットの上に居て、そこれになだれ込んで、というパターンが多い。元々自分がベット以外のところでするのが嫌だから、場所を変えて改めて、というのが無かったからだろう。
 ともあれ、こんなに面白い反応をするというのはすばらしい発見だ。是非覚えていて、またやってやろう、と朔良は決めている。
「じゃ、寝てろや。風呂入ってくるから」
 わしゃ、っと最後に髪を撫でて、行こうとするとその目の前で紗々深がベットから降りる。
「一緒に入るー」
「眠たいんじゃなかったのか?」
「もう、それどころじゃないよ」
 少し、恨めしそうに紗々深は言った。あんなにドキドキしたのだ。眠気なんてとうに吹っ飛んでいる。
「すっかり、目が冴えちゃった」
 紗々深が言うと、朔良がまた可笑しそうに笑う。馬鹿にされたり子ども扱いされたり(しかし紗々深の方が3ヶ月年上だ)して、からかわれるとムっとするが、こんな風に笑顔を見せられると、あっさり許してしまう。
「じゃー、付き合ってやるか」
 と、言い、間近にある紗々深の唇に、軽く顔を傾け口付けた。挨拶のように、少し触れてすぐに離れた。
「……………」
「何?」
 キスした後、じぃ、と自分の顔を朔良が見ているのに、紗々深が怪訝に声を掛けた。
「いや、やっぱり俺は、顔が近い方が、キスがしやすくていいな、と思って」
「………!っ!クーちゃん、解ってたの!?」
 言われたセリフの意味を考えて、紗々深は言った。
 恥ずかしいやらビックリしたやらで、また顔が赤くなる。
「そりゃー、途中で変な姿勢取るんだもんよ。またこいつ、背の事気にしてるな、って、普通解るだろ」
「うぅぅ………」
 普段なら、頭にヤの付く自由業の連中すら恐れ戦かせる眼光を持つ紗々深の双眸だが、今この時は朔良をにやけされるくらいしか出来ない。
「だって……気にしたってしょうがないけど……気になるんだもん」
 好きだから、気になる事だ。止めろと言われて、うん止める、とは簡単に言えない。
 しょげたような紗々深に、朔良はもう一度キスをした。今度は、少し長く。
 揺れているような紗々深の目を覗き込み、言う。
「俺より背の低いお前なんて、考えた事もねーよ。
 お前は、今の身長が一番可愛いんだよ」
「……おっきいのに、可愛いなんて、変だよ」 
 そうは言ってるが、その表情は可愛いと言われた嬉しさが滲み出ている。
「変でもいいよ。ほら、風呂入るぞ」
「うん」
 と返事して、朔良は口付けた。自分より3センチ低い、朔良の頬に。




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紗々深さんは自分の理想の女性像をふんだんに取り込んだせいか、自分ののめり具合が凄いと思います。何自キャラで萌えててんだ(笑)
巨体を拳ひとつで轟沈させれる人が、好きな人よりちょっと高いのを気にしてるなんて、凄くイイと思いま戦火?