<鎖織のサングラスについて>



 もし自分が女だったら、一切化粧気の無い女になるんだろう。
 それくらい、装飾品の類を身に付けるのが嫌いだ。拘束されてるように感じるからだろうか?
 唯一、それと呼べそうな物はサングラスくらいしかない。
 そして、それは元は朔良の物だった。



 朔良の目は赤い。充血して白目の部分が赤いのではなくて、黒目の部分が赤いんだ。実はそう然程奇異な事でもない。メラニン色素が足りないアルビノ種は自然とそうなる。白いウサギと一緒だ。最も、人に現れるのはそう無いのだが。
 出会った当初の朔良はの目を酷く嫌っていた。と、いうか疎んでいたというか。全身全霊かけて否定していた。
 もし、もっと朔良が退廃的で刹那的な性格だったら、両目を抉っていたかもしれない。
 そうしなかったのはどうしてだろうか。まだ、希望を持っていたのか、あるいは気に掛けるのが嫌だったのか。俺は朔良じゃないから、そんな事は解らないが。
 抉ってこそいないが、サングラスと長い前髪で徹底的に隠していた。サングラスは、室内でも取らない。寝ている時ですらもだ。
 その姿は何処か痛々しく見えた。見たが、どうするでもなかった。朔良も子供だったが、俺も子供だった。せめて、首をつっこみたいおせっかいを抑え、傷つけないように無関心を決め込むだけが精一杯だった。それが最善なのかどうかも解らないままに。
 そして、そんなある日。
「ただいま」
 と帰ったまではいつもの通りだった。
「んー、お帰り」
 と、朔良が振り向いた時点で、もう今までの「いつも通り」は跡形も無く消し飛んだ。
 朔良がサングラスしていない。
「……?どうした、ンな所で突っ立って」
 しかも、気づいていない。
「……いや、何でもない」
 指摘しそうになったのを、堪えた。少し悪戯心が沸いたんだ。自分で気づいた時の反応が見たいな、と。
 それは10分後くらいに、果たされた。用を足して戻ってきた朔良は、俺の方を少し気にして、何事も無かったみたいに読んでいた本に目を戻した。しかし、表情は微妙だし、若干紅潮しているようにも見える。俺も笑いを堪え、可笑しな表情になっていただろう。
 その日から、朔良はサングラスをしなくなった。前髪もさっぱりした。
 そして、それに前後して鏡が替わる事もなくなった。(自分の目が見えてしまう鏡を、朔良は衝動的に割ってしまっているらしかった)。
 俺は知っているんだ。
 朔良が、紗々深にせがまれて、その目を見せている事を。



「……ただいま」
 と、その日も俺はそう言いながら帰った。声に張りが無いのは勘弁して欲しい。
「……その調子だと、またクビになったみたいだな」
「…………」
 返事が出来ないのも、勘弁して欲しい。
 あぁ、本当にこれで何度目だ。バイト、クビになったの……… うっかり数えると恐ろしい事になりそうな気がしたので、止めといた。
 クビになったのは……俺が原因って事だけど、本当に俺が悪いのか!?って叫んでみたくなる。
 全ては、この顔、だ。俺の顔は自分で言っててなんだが、すごい女誑し顔だ。これでジゴロにならなきゃ何になる、ってくらいの顔だが、俺は女誑しにもジゴロにもなりたくない。老若男女問わず、ほっと寛げるカフェが持ちたいんだ。
 だから、バイトを選ぶ時、その将来に繋がるようなものを選んでいくと、どうしても接待というものが絡んでくる。
 で、この顔だ。
「それでよ、」
 朔良が意地悪そーな笑顔でこっちに寄って来た。
「今度はどんな修羅場だったんだ?刃物出たのか?」
「刃物……は無かったけど、カウンターで婚姻届突きつけられた」
 それ聞いて、朔良はぶほっ!と噴出した。コンニャロウ、と思うけど、あまり嫌でもない。少なくとも、以前の朔良よりはずっといい。こいつがこんな風に、悪戯小僧みたいな笑みを浮かべれるだなんて、本当、夢にも思わなかった。
 夢にも思わない事が現実になるのだから、世の中面白い。
「それで断ったら半狂乱になって喚いて、ついに警察まで来て……色々聞かれたけど、本当に俺は何もしてないってのに帰してくれなくて」
 確かに、何もしてないのにああまで騒ぐ訳が無い、というあちらの主張も解るけど、本当に何もしてないんだから仕方ないじゃないか!
 俺としては普通に接待しているだけなのに、向こうはどうも口説かれている気持ちになるらしい。……相互理解って、難しいよな……
「で、帰ってみればお前はクビ、って訳か」
「そー」
 俺に否があるかないかはともかく、そんなトラブルの種になるような人物は置けない。解ってるけど、やっぱり納得できない。
「いやー、最初は気の毒に思えたけど、ここまで来ると何処まで続くのか楽しみになってくるな」
「……今度紗々深に会ったら、朔良にいじめられたって言ってやる」
「拗ねるなって。だいたい、お前も何とかしてみろよ。つまりそのジゴロ調の風貌が無くなればいいんだろ。髪型変えるだけでも頑張ってみたらどうなんだよ」
「……パンクとかアフロとか?」
「……顔とのバランス考えろよ、鎖織」
 うう、少し呆られてしまった。
 まぁ、朔良の言い分も一理あるな。何で俺の方が折れなくちゃ、と思っていたけど、そうも言ってられないし。整形はしたくないが、人に広めて褒められたい訳でもない。
 とりあえずは……この波打った髪だな。髪からすでにエロい、と紗々深にいつか言われた(それってどうなんだ)。
 どうする、いっそ角刈りにでも……って、それじゃこの垂れ目の顔には合わないって。褒められたくないけど、笑いを取りたくも無い。だいたい、俺はある程度長くないと変なクセ毛がぴよん、と頭からはみ出るんだ。
 なら、結んでみるか。あまり効果は無いかもしれないけど……
 あ、そうだ。
 俺は前髪も巻き込み、後ろで一括に縛った。つまりは、オールバックの状態だ。うん、中々硬派になったんじゃないか?
「朔良ー、これ、どんなもんだ?」
 雑誌を見ていた朔良に尋ねた。朔良はよく本を読む。なので、時々一般教養外の事をよく知っている。
「お、中々いいんじゃね?……でもまだちょっとなぁ。誘惑の流し目と色っぽい泣きホクロはそのままだし」
「人のパーツに妙な名称つけんでくれよ」
「皆言ってるって。あ、そうだ」
 ふいに思い立った朔良は、自分の部屋に潜り、暫く漁っていた。
 やがて出てきた時、手にはサングラスを持っていた。
「これかければいいんじゃねぇの?サイズフリーのだから、いいと思うけど」
「いや、でもお前………」
 室内ではしなくなったが、外に出る時にはまだしている筈だ。さすがに、注目されずにはいられない。
「いいんだ」
 と、朔良。

「俺には、もう必要ないから」

 真っ直ぐに言った朔良の目の色の向うに、同系色の髪を持つ人物が見えた。

「……そうか。
 なら、遠慮なく」
 俺は朔良からサングラスと受け取った。そして、その場で早速掛けてみる。
「……へぇ、思ったより暗くないんだな」
「まぁな」
 若干青色の濃くなった視界で、朔良が笑っていた。



 で。
「……この姿で行ったら、修羅場迎える前に面接で落とされるんだけど」
「……まぁ、頑張れ」
 それしか言えません、て具合に朔良は視線を逸らして言った。




<END>





うーん、紗々深さんが出てこんかったー。話の都合上仕方無いとは言えー。つまんねー。

鎖織君は朔良君達より3つくらい年上。
ちなみに朔良くんのざっとした年表(ここで)

・15歳、家出(その1ヵ月後くらい鎖織と出会う)
・16歳、紗々深と出会う
・22歳、紗々深と恋人になる

こんな感じ。3行で済んだ!!