「なんだ、結局朔良君の勘違いだったのかい」
 紗々深君の子供、是非見て見たかったな〜と茶紀は実に無責任に言ってみる。だいたい紗々深君の子供じゃねぇよ。俺とサザの子だろうよ!と最初のセリフひとつであっという間に朔良の神経はぴりぴりと毛羽立った。
「クーちゃんが間違ったんじゃないよー。オレが間際らしい事してただけ」
 こんな風に言ってくれる紗々深が居なかったら、即座にこの場を去っていただろう。
 休みだから、ちょっと遠出しようと、その前に鎖織に顔見せがてら行こうかー、と思ったのが間違いだった。
「おい鎖織!何でこんなヤツに話した!」
 この前の一件は、事が判明した時にすぐ……でもないけど……その日の内に電話で知らせていた。なので、ここで話題を取り上げていないのだが、どうしてか茶紀が知っていた。
 鎖織は、若干視線を遠くして、
「話したって言うか……この前、お前が走って行った後、お前が居た場所に居たというか」
 そして何事も無かったかのように、「どうだろうねー。私としては彼にそんな解消があるかどうか疑問だけどね」とかも言っていたのだが、率先して友人の気を悪くする事も無いだろう。
「まぁ、この先本当にそうなったらまず私に相談しなさい。人生の先輩として適切なアドバイスをしてあげよう」
「へー、お前子持ちだったの」
 いつか茶紀をぎゃふん!とさせたい朔良は、隙を突くように茶紀の素性を探ってみる。敵を知り、己を知れば百戦危うからず、というヤツだ。
 しかし、茶紀は。
「そうであって欲しいかい?」
 なんてうなぎかぬらりひょんみたいにすり抜ける。だいたい何もかもが謎なのだ。国籍は元より、年齢も。うっかりすれば性別だってどっちにも見えるし、そもそも「茶紀」という名前もそれが本名だと裏付けるものは本人がそう言っているという一点のみだ。
 この上なく怪しいが、危険ではない。少なくとも、自分達に害を成す人物ではない(からかわれているだけで十分害とも取れなくも無いが)。何故って、紗々深が懐いているからだ。野生の動物並に警戒心が強い紗々深は、その分勘も鋭い。
 例えばこんな事があった。いつぞや、何気なくこうやって移動カフェの軒先で和んでいたら、急に紗々深がすっ飛んで子供達の遊んでいる砂場に向かう青年を思いっきり蹴り飛ばしたのだ。その後悲鳴が2つ上がった。1回目は紗々深の蹴りで、2回目は青年の手から零れたナイフにだ。その後の警察の調べで、子供を狙っていた事が解った。とにかく、殺気には敏感なのだ。
 あの時、此処から砂場まで50Mくらい離れてた。もっと離れていても、紗々深は確実に感知していただろう。そんな紗々深が茶紀を隣置いても平然としている。朔良は茶紀の事は全然信用してないが、紗々深には全幅の信頼を置いていた。鎖織だってそうだった。
「……あのさ、きぃちゃん、」
「うん?」
 控えめに紗々深が言った。そして、言うかどうかを迷って、言った。
「……きぃちゃんの奥さんは、きぃちゃんより背、低い?」
「……おいコラ」
「だって〜〜、やっぱり気になっちゃうんだもん〜〜〜!」
 紗々深が両頬を手で被っているのは、抓られるのを予防してだ。しかし、髪を引っ張られた。やっぱりいつもの通り痛い痛いと喚く。
「低いよ。と言うか小さいね」
 茶紀はそんな騒動知った事じゃない、といったようにマイペースに答える。
「抱き締めると全部がすっぽり収まっちゃうんだ。だから、離れようとじたばたされても全然構わないんだよ。はっはっは。その時の反応が可愛くってねぇ〜」
 朔良はこの時(本当に存在するかどうかをさておき)茶紀の妻となっている人に心の底から同情した。
「そっか……きぃちゃんでもそういう風に思うんだね……」
 紗々深は目に見えてしょんぼりした。それから、「きぃちゃん”でも”」とさり気なく結構失礼な事も言って居た。
「いいんじゃないかい、別に。朔良君は普通じゃないし」
「待て、今の発言」
「だってスリランカの首都を空で言える人なんて、私は君以外に一人しか知らないよ」
「居るのか、朔良の他に」
「うん、アッサム君て言うんだけど」


「阿柴です」
「どーした急に」
「いや、なんとなく物凄いこのセリフを言わなければならない衝動に駆られました」


「あーもう!ほら、サザ!とっとと行くぞ!」
 ついに耐え切れなくなった朔良が、紗々深の腕を引っ張った。
「え、あぁ、うん」
「おやデートかい。若いね」
「うん、買い物〜」
 ほにゃ、と嬉しそうに言う。
「鎖織、じゃあな!」
「朔良君、私には?」
「腐るか死ね!!!」
 そんな罵倒にも軽く笑顔でかわす茶紀だった。
「じゃーねー、きぃちゃーん」
「手なんか振るな!!!」
「いやー、あの2人は楽しいねー。朔良君は特に面白い」
 2人を見送った後、満足した!って具合に鎖織に話し掛ける。
「……ほどほどにしとけよ……って言った所で止めないんだろうな……」
「さすが鎖織君。察しがいいね」
「…………」
 多分褒められたのだろうけど、ちっとも嬉しくない鎖織だった。


 恥ずかしくてあまり言えないけど、朔良にとって紗々深は何者にも掛け替えの無い、それこそ自分より大切な存在だ。そんなに相手の煩う事があれば、それを除いてやりたいと思うが、それにも出来る事と出来ない事があるから仕様が無い。
(彼氏より背が高いなんて、深刻な悩みだってのは凄く俺にだって解るよ。でも、こればっかりはどうしようもないしなぁ)
 茶紀辺りなら本当にどうかしそうな気もするが。魂2つ分くらいで。
「あ、クーちゃん」
「何だ?」
 考え事をしていた朔良は、少し意識が余所に言って居た。
 紗々深はずばっと指差し、
「整形病院だよ」
 言われた内容が内容なので、危うく道端で朔良はずっこけかける。
 何なんだって!それが!と叫びかけて、
「……まさかお前、それで背を低くしようなんて思ってんじゃねーだろーな」
 じろ、と半眼で睨むようにすると、紗々深はあたふたし始めた。本当に嘘が下手だ。
「そっ、そんな事考えてないよ!だいたい背の事じゃない……!!」
「だったら何だよ」
「……ぁー……」
 墓穴掘っちゃった、と紗々深は肩を落とす。
「……んとねー、クーちゃんと出会う前にね、この胸取っちゃおうかなって、お金も貯めてた時もあったの」
「この胸って……その胸か?」
 いきなりのカミングアウトに、朔良も少し動揺しているようで、よく解らない返し方をした。その胸もこの胸も、話題に上っているのは背丈と同じく規格外サイズの紗々深のバストの事に決まっているだろうに。
「だって重くて邪魔だし。無くてもいいような気がしたんだもん」
 いい訳があるか------!!と叫ぼうとして、過ぎた事だとそれを抑えた。
「でもクーちゃん達と会ってからは、そんなに考えなくなったからやらなかったよ。それより身長の方が気になっっちゃったし、それにクーちゃんがオレの胸触って嬉しそーにしてるしね。むしろおっきくて良かったなぁって思うよ」
「なあ、こんな昼間に、しかも無邪気におっぱい星人呼ばわりされた俺はどうリアクションすべき?」
「あ、そういえば!」
 何か閃いたみたいに、紗々深が表情を光られた。朔良のセリフそっちのけで。
「胸が大きくてよかったなぁ、って思ってからまた胸がなんかおっきくなったような気がしたんだよ!だから、低くなればいいなぁ、って思ってたら、その内背も縮むかな!」
「……………。
 あのな。サザ」
 折角の希望を無くすような真似は心苦しい。しかし、ほっとく訳にはいかない。
「ん?何?クーちゃん」
 朔良はそのセリフを言う。
「胸は揉むとでかくなるんだよ」
 と。




<END>





後半胸胸煩い話ですね!!!はっはっは!!!!

で、結局朔良君は紗々深さんの悩みを解消させてなかった訳ですねぇ。まぁ仕方ないと言えば仕方ないけど。
恋する故の悩みですので、完璧になくなるのは朔良君に愛想が尽きた時でしょうか。
なので一生悩むでしょうね。矛盾するようですが幸せな悩みってヤツですよ。