赤い恋人





「ざけんな!オレはオレの生きたいように生きる!!」
 てな捨て台詞を吐いて、オレは1週間くらい世話になった孤児院から飛び出した。
 オレには親が居なかった。居たのはばーちゃんで、それでも生きる事で必要な事は全部教わったつもりだ。だって、ここに無理やり連れて来られるまで、ばーちゃんが居た時みたいに生活出来てたんだから。
 その時は美味しいご馳走とかいう言葉に連れられて、つい行っちゃったけど、その日から帰りたくなった。だってつまんねぇんだもん。ムカつくヤツ殴ったら怒られるし。好きな時にメシ食えないし。
 挙句の果てには自分のその呼び方止めろだって?冗談じゃねぇよ。何でそこまで指図されなきゃならないんだっての!
 そんな事で此処から出る事にした。うん、別にいいよな。
 あっとその前に、あの石取りにいかなきゃ。赤くて透き通った綺麗な石。ルビーかもしれないし、そうでないかもしれない。でもどっちだっていいんだ。あの色を見てると、天国に居るばーちゃんの豪快な笑い顔が見えるような気がするから。そんだけ大事だから、勿論此処に来る時も持ってきた。でも、預かるとか言われて渡しちゃったんだ。うん、その時メシ食ってたから。
 えーと、預けたヤツの部屋は此処だよな。預けたヤツっていうか、さっき殴ったヤツだけど。
 さて。
 部屋をぐるっと見渡してみる。怪しいのはまず机だよな。引き出しを順番に開けて放り出してみたけど、なかった。んー?何処にあるんだ?この部屋にはないのか?
 立ち尽くしていると、さっき殴り飛ばしたヤツがやって来た。前歯が折れて、血の混じった涎を流している。今はそれほどでもないけど、頬は時間が経てば赤黒く腫れるだろう。
「……何を、している」
 腹にも一撃くれてやったせいか、腹を抱えて喘ぐように言う。大人しく伸びてればいいのに、子供のオレにやられたってのを認めたくなかったのかね。
「あー、丁度いいや。オレが持ってた石、何処やった?」
 するとそいつは小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「あぁ、あれか。あれならもう売った」
 一瞬。
 頭が白くなった。
 売った……?
「あんなデカい宝石、お前なんかには過ぎたものなんだ!俺には此処を守る義務がある!俺がお前なんかと会ったのは、お前が持っていたあの宝石で此処を守れという神の導きだったんだ!
 本当なら宝石を手に入れた時点でお前なんか放り出しても良かったんだがな、それじゃあんまりだと折角世話してやろうと思ったのに、お前、その俺によくもこんな、こんなっ………ッッ!!」
 それ以上そいつが話せなかったのは、オレがその顎を砕いたからだ。




 顎を砕いたのはちょっと失敗だった。その後震える手で書いた文字はとても読みにくかった。えっと、店の名前は、っと。
 お、此処だ。閉店の看板がドアノブにあったけど、気にしない気にしない。鍵が掛かっていたけど、それも気にしないで蹴りでぶち開けた。ぐわっしゃぁん!とガラスと板が割れる音が同時にした。
「なっ、なっ、なっ、なっ………!!」
 椅子しかない店内に、歯の欠けたジジイが腰を抜かしていた。よし、探す手間が省けた。その胸倉引っ掴み、持ち上げる。ジジイは小さかったから、それが持ち上げたら足が宙ぶらりんになっていた。
「1週間前に買ったデカいルビー、何処にある?」
「あ、あ、あ、あれなら3日前に売ったわい!」
 悲鳴のようにジジイが言う。
「……ンだとぉ?今からオレが此処探して、出てきた時にはその短い首、上から押さえつけて胴体にめり込ませるぞ!!」
「ほ、本当だ!そもそもワシはだたの仲介人だ!ここに皆は盗ってきたりした物を売りに来る!そうしたらそれを買い付けに、余所からやってくるヤツにまた売っているだけなんだ!!」
「だったら、それを買ったヤツは何処の誰だ」
「そ、それも知らん。毎回別のヤツだし、皆顔を隠しておる。だいたいここに来るヤツで素性の知れた者なぞ……」
「この店から出て、右と左どっちに行った。それくらいは解るだろ」
「み、右。右だ」
 ジジイは皺くちゃの手で指した。
 右か……
 ジジイを落とし、オレはすぐさま右に走った。それ以上は解らない。でも、諦める訳にもいかないんだ。




 はぁ、と息を吐いて階段に座り込んだ。別に疲れた訳じゃない。いや、疲れてるけど、それは精神的にだ。あれから半年か。あのままどんどん進んで行って、手がかりは無し。でも、今オレの手に無いって事だから、何処かにはある筈だ(我ながらよく解らないけど)。
 それにしても。なんだかこの街、今まで通って来た所と随分違うなぁ。汚いし、落書きだらけだし。住んでるヤツも、体格のいい男ばっかりだ。
 と、その時。
「お。お前見かけない顔だな?」
「さては新入りかー?」
 スキンヘッドで鼻ピアスしたのと、モヒカンで刺青入れているヤツが現れた。なんだコイツら。いきなり声なんかかけて来て。
「金持ってるか?なけりゃ他のヤツかつあげして持って来いよ」
「何でオレがしなくちゃなんねーんだよ」
 そうすると、そいつはへっ、と鼻で笑う。その顔に、オレのルビーをうっ払ったヤツの顔がダブる。
「此処はそういう所なんだよ。弱いヤツは強いヤツのいう事を聞かなくちゃなんねーんだ」
「それが嫌なら出てけ、って話なんだよ。ま、此処に入ったヤツがまた外で暮らせるとは思えねーけどな」
 ふーん、物騒な所だな。でも、解り易くていいや。
「って事で。痛い目に遭いたくなかったら、」
 オレの拳は的確に相手の頬を捉えた。吹っ飛ぶ時、歯が散った。




 丁度肌寒いなと思っていた所なんだよな。うーん、少し汚いけど、まぁいいか。
「……か、金を全部持っていきながら、その上服までなんて………っ!」
 その声が震えているのは、悔しさからか寒さからか。
「あぁ?何言ってんだよ。最初に吹っかけたのはそっちだし、此処では弱いヤツは強いヤツのいうこと聞くんだろ?」
「は、はぃ………」
 素直に頷くくらいなら、最初から言うなっての。ったく。あ、そうだ。
「お前ら、こいつに心当たりねぇか」
 具体的な手がかりはさっぱりだけど、まるで何もなかった訳じゃない。街に行ってはオレは、盗品の扱う店へを探り出していた。そこで一番最初のジジイから聞いた買ったヤツの人相を聞いていた。その中で、写真を持っているヤツが居た。万一に備え、こっそり撮っていたらしい。3回殴ったら、快く渡してくれた。
 見せても、2人はハテナマークを浮かべるだけだった。使えねーな。仕方ないので、また地道に盗品買取店を探す事にする。

「----知ってる!?」
 思わず、声があがってしまった。
「あぁ、2年くらいの周期でやってくるよ。……そういや、前来てからはまだ来てねぇな」
「!!!」
 感激の高揚感が身体中を駆け巡る。今までも数件は、知っているという所はあった。でも、皆もう来た後だと言ったんだ。でも、ここはまだ!って事は、その内やってくるって事だ!!
 今日はなんていい日だろう!一番の収穫のあった日だ!
 このままアイス食べて気分のいいまま眠りにつきたい所だけど、そうもいかないみたいだ。店を出て曲がると、打倒オレ、を掲げた連中がたむろしていた。ふーん、誰かが教えて皆を集めたな?
 でも、こいつらは運がいい。オレは凄く機嫌がいいんだ。
 痛みを感じる前にダウンさせてやるよ。まずはナイフを振り回しているヤツの喉を抉った。




 てな事をしてたら、オレは何時の間にか西地区のナンバーワンになったみたいだ。これまでみたいに闇雲に襲われる事は無くなった。いい事だ。でも、気に食わないのは「ジェノサイド・ウェーブ」とかいう仇名がついた事だ。なんか言葉の響き格好悪いじゃんか。
 オレが西なら、東とか南とかも居るらしい。東地区のは「ブラッディ・ブロッサム」というそうだ。多分、オレみたいに本名じゃないんだろう。
 んで、このブロッサムが最近オレにちょっかいかけてくる。正確には、その手下どもだけど。どうやら、西でのナンバーワンの地位も欲しいらしい。迷惑だなぁ、こっちはンな事拘ってないってのに。
 地位云々はさておき、このまま刺客を送られても迷惑なので、こっちから決着つけに行ってやる事にした。今日もまたやって来た手下をとっ捕まえて、居場所を聞き出す。携帯電話を取り出し連絡をやり取りしたらしく、案内すると言った。
 聞きかじった話だと、この街は開発途中で頓挫した街らしい。なので、いろんな所で工事中……いや、やりかけで終わったままの場所がある。オレが案内されたのも、そんな所だ。何か施設でも立つつもりだったのか、一定区間内の真四角のスペースが地面に窪んでいる。その付近には、廃棄処分された重機が転がっていた。
 其処に、一人の男が立っていた。前髪が長く、その上サングラスまでしていた。これから夜が更けるってのに。おそらくこいつが「ブラッディ・ブロッサム」だろう。
「よぉ、」
 とオレから声を掛ける。
「テメーか。最近オレにちょっかい掛けてるの」
「なるほど」
 と、相手が言った。
「話し合いは無駄みたいだな」
「そーだな」
 オレも相手も、同時に駆け出した。
 まず、オレから仕掛けた。思いっきり蹴りをしてやる。と、相手はすかざず身を屈め、オレの軸足を狙った。しかし、それは誘いでオレは足を引っ掛けられる前、その足で跳んで空中エルボーを背中に向けて繰り出した。
 が、相手もさるもので、オレがジャンプして出来た下の隙間を潜ってそれを回避する。やむなくオレは地面に手を着き、バック転した。着地したばかりの瞬間を狙い、今度は相手が拳を繰り出す。でもオレは着地の時点で臨戦態勢を取っている。そしてほぼ同時でパンチを相手の顔めがけ、
 同時に寸止めされる。
「……………」
 相手のサングラスに、オレの顔が映る。その顔は、相手と同じ顔をしていた。
 笑っている。
「じゃ、俺は右行くぜ」
「よーし、左側任せろ!」
 そうして、姑息にもオレらの相打ちを狙って画策し、あまつさえ高みの見物をしていた連中を片っ端からぶっ飛ばした。




 太陽が辛うじて地平線に引っ掛かっている。黄昏時ってヤツだ。
 夕方初めて……正味1時間弱って所かな?ま、この数で妥当な所かな。
 相打ちにならなかった場合、片方を潰したあとの、もう片方を始末する為とご丁寧に全総員で来たらしい。本当にご苦労な事だ。
「嵌められた事に気づかないで、本気で俺を殺そうとしてたら、そのままこいつらと一緒に片付けようと思ってたんだけどな」
 むしろそうならなくてよかった、みたいなニュアンスを漂わせてブラッディ・ブロッサムが言った。
「会っても居ないヤツを信用しようなんて、案外お人よしじゃねーの?」
 からかうように言ってみれば、そうかもな、と余裕で返された。
「お人よしっつーかな、本当は喧嘩なんかしたくねぇんだよ。面倒くさいし、つまらねーし」
「そーだよね。アイス食って寝る方が何倍もいいよ」
「それがお前の幸せか。簡単で羨ましいなー」
「ンだよ!人間食って寝なきゃ死ぬんだぞー!」
 ……なんか、久しぶりだなぁ。こんな、他愛の無い会話って。脅し文句と捨て台詞しか最近聞いてないし。
 凄く楽しい。そして。嬉しい。
「お前は何時解ったんだ?騙されてるって」
「んー、さっきかな」
 と、オレは言う。
「お前を見てさ、あぁこいつはあんな姑息な真似をするようなヤツじゃないって思ったんだ。勘だな、勘」
「……初めて会ったヤツを勘で信用するなんて、案外お人よしじゃないか?」
 このセリフの返事は決まってる。オレはそうかもな、と口調を真似して返してやった。似てねぇよ、って言われたけど。
「しかし……「ジェノサイド・ウェーブ」か。大げさかと思ったけど、妥当だな。この名前」
 その他大勢を倒した時のついでに壊してしまった重機を見て、ブラッディ・ブロッサムが言う。
「紗々深」
「?」
「紗々深がオレの名前なの」
 ただえさえ好きでない名前だ。それで、どうしてもこいつにその名前で呼んで欲しくなかった。なんでだろう。ここまで過剰に反応した事は無いのに。
「そうか」
 と、なんでもないように返事した。
「俺は、朔良っていうんだ」
「………」
 ちょっとビックリした。まさか、向うも教えてくれるなんて、これっぽっちも思っていなかった。
 ビックリした状態のままのオレに、朔良が、言う。
「お前これから何かあるか?出来れば俺の知り合いに紹介したんだけど」
 これも思ってもみなかった事だ。このままじゃぁバイバイ、で終わりたくないと、心底思っていたから。
 オレはそれはもう元気良く、行く!と言った。




 行った先は朔良とそれの知り合い----鎖織の住んでいる部屋だった。
 オレは酒は飲まないんだけど、今日は飲みたかったから、飲んだ。あんまり美味しくなかったけど、楽しかった。で、そのまま雑魚寝しちゃったんだ。
「…………」
 軽く眼が覚めて、何か違うなぁ、と寝惚けたままに起き上がる。熱くて服を脱いだらしく、上が裸だった。でも、凍死しなかったのは毛布ががっちりと巻かれていたからだ。
 誰が巻いたんだろう。まだ寝惚けたまま、思いを巡らせていたら、同じ毛布に包まっていた朔良が眼を開けた。
 その時の事はずっと忘れない。
 案外濃い睫の下から、ゆっくりと現れたのは赤い色。
 それはオレの無くしたルビーより、うんと鮮やかで、綺麗だった。
 あぁ、そういやばーちゃんが言ってたなぁ。大切な何かを無くした時は、それ以上に大切な何かが現れる兆しだって。
 オレはその色を、「お前女だったのか-----!!?」と朔良が叫ぶまで眺めていた。




 赤い眼をしていたから好きになったのか、クーちゃんでなくても良かったのかとか、そんな事は考えても仕様がないと思う。だってクーちゃんは眼が赤いんだもん。
 でも、オレがルビーを大事にしてなかったら、こんなにすぐにクーちゃんを好きにはなれなかったと思う。だから、オレがルビーを大事にしてたのは、クーちゃんを好きになる為にしてた事だったんだなぁ、とか勝手に運命感じてみる。
 うん、クーちゃん、大好き。




「……ぅ?」
 何だか手の平を頬に感じ、眼を開けるとクーちゃんがオレを覗き込んでいた。
「寝言で大好きとか言ったけど、何か食ってる夢でも見てたのか?」
「何だよそれ!クーちゃんの事に決まってんじゃんか!」
 怒るオレを、クーちゃんは楽しそうに見る。全く意地悪だなぁ。もう。
 あれから6年経って、クーちゃんはオレの裸を見ても叫ばない。そりゃ当然だけどね。一杯見てるし。多分、オレ以上に見てるよ。
 クーちゃんの首筋に耳をぴたっと当てるのが好き。ドクドクいってて、あぁ生きてるんだなって、なんか嬉しいんだ。
「そう言えばよ、」
 と、クーちゃんが言う。
「お前、なんであの街に居たんだ?」
 いや、別に言いたくないならいいけど、と言う。
「……探し物してた。でも、もういいんだ」
「諦めたのか?」
「ううん」
 諦めてもないけど、でも。
「クーちゃんが、居るから」
 赤い色がオレを映している。
 最初に見た時より、それはうんと綺麗に思えた。




<おわり>





おおおお〜、長くなってしもうた!
本当は初体験の事とかもあるんですが、もっと長くなっちゃうんでちょっと割愛。書きたい事とずれるしね。

最後に朔良君が言い出したのは、あの街にあいつが来なかったら一生出会わずじまいだったんだなぁ、とかふと思ったからです。相思ベタ惚れ(笑)