赤い恋人





 俺の眼は赤い。
 なんでもアルビノ種というヤツで、つまりはウサギの目が赤いのと同じ理由だ。目の血管がそのまま色に出てしまっている。

 つまり、これは血の色という事だ。

 毒々しい色をしている目の俺を、それでも親は一生懸命俺を護って育ててくれているんだと思っていた。正確には、そう思うとしていた。
 が。

「嫌なのよ、あの子の眼を見てると!休まる気がしないのよ!」

「貴方はいいわよね!昼は仕事場に行ってるんだもの!でもあたしは1日中あの眼と一緒なのよ!?」

「近所の人がじろじろ見るのよ!あの眼を産んだ子だって!貴方のお義母さんにも会う度に言われるんだから!どうしてあんなのを産んだんだって!」

「どうしてあたしだけこんな目に遭わなくちゃならないの!」

 その日の夜、朝を待たずに俺は家を出た。その後、両親が俺を探したのかどうかは知らない。
 もう、興味も無かった。

 向かった先は無法者が集う事で知れ渡っているダウンタウンだった。当時14歳だった俺がそこへ飛び込んだのは、少なからず自殺願望があったのかもしれない。親がどうでも良くなると、それの産物である自分の事もどうでも良くなるのだろうか。
 そんな心境で入ったダウンタウンで、俺は生き延びる事が出来てしまっていた。
 皆、この目を見て一瞬怯む。その隙に、急所に叩き込めばよかった。
 喧嘩慣れした猛者でさえ、この眼に。
 そんなに、この眼が。

------どうしてあたしだけこんな目に遭わなくちゃならないの!

 あぁ、本当に
 その通りだな

鏡を割った時の、バリン、という音が遠くで聴こえた。



「あれぇ、クーちゃんその手どぉしたの」
 とは、不本意だが俺の呼び名だ。俺もこいつの事を本名できっちり紗々深って呼ばないで、サザと呼んでるからお相子だけどな。
 ほえぇーとした口調で喋ったこいつこそ、ダウンタウン西地区ナンバーワンのジェノサイド・ウェイブだった。信じられない事に。本当に。
 1人称はオレだが、れっきとした女だ。今は冬で、目深に被ったニット帽と分厚いダウンジャケットのせいで身体の線が解らないが。ちなみに胸はでかい。
 街に行く、と言ったらじゃぁオレも行くーと軽く乗ってきた。断る理由もないから、好きにさせた。
 サザの言うとおり、俺の手には包帯が巻かれている。
 ちなみに、俺は普通の街に出るときはサングラスをかけている。理由は解るだろう。色を隠す為だ。横のサザは髪が真っ赤でデカいし、俺はサングラスだして、行き交う人は俺達を微妙に避ける。
「ちょっとな。軽く捻った」
 俺は嘘を言った。
「えー、軽くって程でもないよ。包帯してんじゃん。ちゃんと医者に行ったら?」
「いーよ面倒くせぇ」
「でもー」
「おら、さっさと行くぞ」
 歩き出すと、待ってよ、といいながら小走りで俺の横にまで来た。
 今日街に来たのは他でもない。叩き割ってしまった鏡を買う為だ。
 ……半年に一回くらい、発作みたいに割るなぁ。記憶にはないが、やっぱりそんな夢を見ているのだろうか。手は痛いし、出費も嵩むし(鏡って高いんだよな)良い事なんて一個もないんだが、自分でも止められない。今まで止めた試しが無い。いっその事、もう無しでいいか、と思った時もあったが、やっぱり何かと不便で結局は買っていた。そして、割った。その繰り返しだ。
 今は鎖織と同居しているから、買わずに済ます訳にはいかない。鎖織はきっとよく替えられる鏡と、俺のこの行動を知っていると思う。が、あえて問いただしたりしない。鎖織は分をよく弁える。
 きっと、俺はこれから先ずっと鏡を叩き割る生活を続けるんだろうな。ぼんやりとそう思う。そんな時、世界が色彩をなくしてモノクロに見える。俺の眼もそれに染まってくれればいいのに。
 そんな風に耽っていたら、サザが俺の袖を引く。
「クーちゃん!」
「なんだよ」
「50%オフだって!見てみようよ!」
 サザが指したのは、遊歩道の片隅で広げられている露店だった。ワイヤーと天然石を使ったアクセサリや雑貨等を売っている。
「ねっ、ねっ、いい?だめ?」
 と、強請る。俺より3センチ高いサザだが、顎を引くとやっぱり上目遣いになる。なんか、おもちゃ屋に子供を連れてきた母親の気分だな。
「仕方ねーなー。5分な。5分」
「解った!」
 眼をキラキラさせて、地面の上に広げられている品を物色し始める。かわいいーというセリフを連発して、こういうのを見ると、こいつも女なんだな、と思う。ってこういうのって最近性差別って言われるんだろうか?
「う〜〜、どっちにしようかな〜〜」
 最終的に2つまで絞り込めたらしいサザ。両手にそれぞれ持って、悩んでいる。
「何唸ってんだよ」
「あのね、こっちは色が好きで、こっちは形が好きなの」
 おそらく手作りだろうそのブレスレットは、同じ形は2つと無かった。
「ん。こっちにしよう」
 と、サザが決めたのは色が好きと言った方だった。そのブレスレットには、ガーネットだろう赤い石がはめられていた。
 サザはさっそくそれを付けて、ご満悦と言った表情を浮かべる。
「へっへー、いい買い物だったなー」
「つーかお前赤色好きだなー」
 今に限った事じゃなく、サザは複数の物に迷ったら赤色を選んでいるような気がする。
「うん、オレ赤色好きだし」
 と、サザは俺の方を見て、

「クーちゃんも眼の色赤いよね。綺麗」

 と、言った。

「ンな事言っても。何も奢ってやらねーからな」
「違うよー、本当にそう思ってんだよ」
「本当にそれだけか?」
 サザは少し考える。そして。
「……ちょーっと期待したかな?」
「ばーか」
 ぺし、とその頭を軽く叩いた。

 その日買った鏡を、今はサザと共有している。




<おわり>





朔良くんは紗々深さんに母性も求めてるんだろうなという話。
友達以上兄弟以上恋人以上。そんな感じ。