シネンシスの戯言





 それにしても、と紗々深は思う。
 ただ忍び込んで物を盗るにしては、やけに時間が掛かっていないだろうか。小さい店である。何をそんなに大量に盗むのか。しかし、そんな気になる作業も終わったようだ。
 間に合わなかったか……紗々深は舌打ちする。
「撤回するぞ」
「よし、じゃぁ----」
 強盗の1人が紗々深の方に近寄る。
「お前、来い」
「…………」

(-----寄んじゃねぇ)

「ッ!?」
 殺意を含めた視線に、さすがに相手も感じ取ったのか、伸ばした手が一瞬止まる。いや、凍る。
「どうした?」
「い、いや……疲れでも出たのかな……」
 凍りつくような殺気を感じたが、しかしあくまで向うは紗々深を一般人としか思っていない。その思い込みのせいか、懲りずに手を伸ばしてくる。
 もう一度、今度は強烈なのを浴びせてやろう。そうなると乱闘騒ぎは避けれないが、仕方無い。
 目に力をこめる紗々深。が、その時。
「おい、さっき頼んだのが来たみたいだぞ」
「………!」
 寸でで、やったー!と叫ぶのを堪えた紗々深。
「おい、お前出ろ」
 さらにラッキーな事に、顔を見られては不味い強盗は受け取りに紗々深を指名した。良かった、運は自分に向いている。ここで自分が出れば、鎖織も気づいてくれるだろう。
 裏勝手口に向かう。小さい店舗なので迷う必要も無かった。
 そして小さいドアを開けると、目深に帽子を被った青年が居た。そこで、あれ、と思う。鎖織は自分より10センチ高いのだが、目の前の人物は自分と同じかやや低い。と、言っても相手が小さい訳でもない。紗々深は178センチもある。
 まさか、と紗々深は思う。丁度これくらいの背の人物は、確かに知り合いに居る。居るのだけど----
「サザ」
「……っ、」
 この呼び方。なんで居るかは知らないけど、間違いない。
「屈め」
 自分がその名前を呼ぶより、そう言われその言葉に従った。
 紗々深が屈むや否や、その人物は手にしていたトレイを、紗々深を見張っていた強盗の顔に向けて放り投げる。乗っていたカップ全部には熱湯が、しかもすぐ前に淹れたものだったので堪らず声を上げて悶絶する。覆面を被っていても、目の部分まで隠す訳にはいかない。
 相手が回復する前に顎の下に蹴りを一発。そのまま倒れ、動かなくなった。
「何だ!」
「どうした!」
 どやどやと残りの連中がやってくる。それに怯む事無く、青年は店内に飛び込んでいった。人体の急所を正確に突いた攻撃は、5分もしない内に動いているのを青年1人だけにした。
「…………」
 よし、残りは居ないな、と張り詰めていた空気を緩め、帽子を取った。其処から現れたのは青いメッシュの入ったクセッ毛。鋭過ぎる目つき。
 紗々深の大切な、そして紗々深を大切に想う人。
「クーちゃん!!!」
 朔良だった。
「サザ、大変だったな……ぅわっ!」
「クーちゃんなんで来たの!?どうしているの!?あーでも来てくれて嬉しー!!」
「おいッ!苦しい苦しい!マジで息出来んて!!」
 紗々深は朔良を胸に押し付けるようにむぎゅー!と抱き締めている。身長的に丁度顔が埋もれる。
 人質達は呆気に取られていた。乱入してきた青年があっという間に窃盗団を片付けたのにも驚きだが、その窃盗団より恐ろしい睨みをきかせていた女性が、ハートマーク一杯飛ばしてその青年に甘えまくっているのにも驚いた。むしろそっちの方に驚いた。。言ってみればサーベルタイガーが仔猫に豹変したみたいなもんだ。
「クーちゃーんvv」
「っ……だからっ……!息が……ッ!出来ねーっての!!」
 ばばっと振りほどき、ゴン!と頭をぶった。
「いったいなぁ!もぉ!!」
「いつも言ってるだろ加減考えろって!命の危機感じながら抱き締められる俺の身にもなってみろ!!
「ふんだ!夜はクーちゃんの方から触ってくるくせに!!」
「そーゆー事をここで言うなぁぁぁっ!」
「に゛ゃー!痛いー!!」
 衆人の前で言われ、赤面しながら頬を抓った。
「全く朔良君はつれないねぇ。こういう時は優しく抱き締め返してあげる所だろう?」
「きぃちゃん」
 と、紗々深が呼ぶ。
 呑気というより、自分の時間は誰にも邪魔させねぇぜ、なマイペースさで茶紀が登場した。その声に、朔良の顔が苦虫100匹くらい噛み潰した顔になる。
「きぃちゃんも来たの?」
「勝手についてきたんだよ」
 と、朔良が訂正した。それはそうと、自分はその場に一台しかなかったバイクを飛ばした来た訳なのだが、車で来た筈でもない茶紀がどうやってあまり時間を違わなくここまで来れたのか。まぁいい、こいつについての事柄は考えるだけ無駄だ。
「じゃぁ、後は警察に任せようか。私が居ればいいだろうから、紗々深君は朔良君とお帰り。
 全く2人きりじゃないと素直になれないなんて、君はツンデレってやつかい。もう古いよ、それ。今は素直シュールってのがね、」
「あーはいはい、帰るぞサザ」
 茶紀の言うことは綺麗に無視する事にした朔良である。
「うん。あ、ちょっと待って」
 紗々深はてててと小走りで商品棚に向かい、例のパウンドケーキを見つけた。満足そうにそれを手に取り、金をレジ近くのテーブルに置いた。
「金、此処に置いとくぜ」
 否定の返事が無いって事はいい、って事にしてケーキを大事そうに袋に仕舞う紗々深。
「何買ったんだ?」
「んー、内緒!」
 折角なので、食べる時まで内緒にしておく事にした。ちょっとのサプライズは日常を楽しくしてくれる。
「でもいいタイミングだったねぇ、クーちゃん。あとちょっと遅かったら、オレ人質で連れて行かれる所だったんだよ」
「………。へぇ」
 と、朔良は据わった目で返事した。そして、やおら強盗の一人に向かう。そいつは比較的ダメージが軽かった。それにそれまでは感謝していたのだが、それが大きな悲劇の基になったとはこの時は誰もそう思わった。
「おい、おいこら目ぇ覚ませ」
 意識あるんだろ?知ってんだよ、と朔良はそいつを起こした。
「な、何だ……」
「お前ら、あいつを連れて行こうとしてたんだって?」
 あいつ、という所で後ろに居る紗々深を親指で刺した。
「ただの人質として……じゃ、ねーだろ?」
 と、朔良はわざと含みのあるような笑みを浮かべた。強盗たちは紗々深が抱きついた所を見ていないので、2人がそういう関係とは知らない。朔良の笑みを受け、強盗も話がわかるな、みたいにへらへらと笑い。
「まぁな、あの身体だぜ?触りたくなるってのが人情………」
 この時。
 人質だった皆は、これからとこれまでの平凡な一般市民の生活の上で一生聴かないで終わりそうだった、鼻が踏み潰される音をこの日聴くこと音なった。




 帰る前に、バイクを鎖織に返さないとならない。2人は鎖織の店に向かう。
 広い公園の一角に、鎖織の店はある。側に噴水とベンチががあって立地的にはとてもいい。
「朔良、紗々深は無事……のようだな」
 2人の姿を見て、鎖織はとりあえず安心する。いくら喧嘩最強とは言え、心臓を打ち抜かれたなら死ぬしかない。
「災難だったな、巻き込まれて」
 と、鎖織は紗々深にショコラシェイクを差し出した。朔良にはアイスコーヒー。紗々深はそれを飲みながら、
「クーちゃんもきぃちゃんも、なんでオレが仕向けたって判ったの?」
 電話に出たのは強盗の1人だったのに、と不思議がる。朔良は、ばーか、と呟いて、
「お前じゃなかったら、ここに電話させる訳ないだろ」
「あ、そっか」
 納得する紗々深。
「それにあんな報せ方もしないだろうしな」
 と、朔良は言う。
「それはそうと、よく覚えていたな、あんな事」
「覚えてるよ。忘れる訳ないじゃん。クーちゃんが言った事なんだから」
 紗々深は屈託無く笑う。

「そもそもな、救難信号ってのは等間隔が3つの事をひたすら繰り返すのが基本なんだよ。モースル信号ってのは知ってるだろ?」
「あー、あの、ツーツーとかトントンとかいうの」
「そうだ。それで「S」が「・・・」で「O」が「−−−」になってるんだよ。だからSOSなんだ。
 確かハイジャックか何かされた飛行機は、正三角形に飛び続けて異常を他の機に報せるそうだぜ。
 ま、ともかく等間隔が続くってのは、普通じゃありえない事だからな。何かの目印とか信号だって事だ」
「クーちゃん物知りだなぁー」
「お前が物知らなさ過ぎるんだよ。もっと本とか読めよ」
「字の本キライー」
「お前さぁ、取った栄養全部頭じゃなくて胸に使ってんじゃねぇの」
「わ!セクハラだ!」
「やかーしぃ。照り焼きチキンくれてやらんぞ」
「ごめんなさい!」
「早いなオイ」

「それに喧嘩しないって約束したもんね」
「それは……お前……別に緊急事態なら、俺だって怒らねーよ」
 そもそも喧嘩厳禁令を出したのは紗々深の身を案じての事なのだが。喧嘩ヨシ、と言ってしまえば紗々深は平気で柄の悪い連中の堪る道を近道として利用してしまう。それを封じるためなのだが、いまいちその肝心な事は伝わってないみたいだ。茶紀の言う事を間に受ける訳じゃないけど、俺はもう少し言葉を出した方がいいのだろうか、と悩む朔良である。
「でもあいつら、あんな店で何してたんだろ」
 と、紗々深が言う。
「あぁ見えて金でも隠してたんかなぁ」
「いや、違うだろ」
 と、朔良。
「あいつらの狙いはあの店自体じゃねぇよ。表通りに面している店のどれかだ。多分、あれの真裏だと思うけどな」
「……地下からのトンネル、か」
 鎖織が言う。
「多分な。地下からのセキュリティは甘い所がまだ多いから」
「え、じゃぁ身内の犯行って事?」
「トンネル掘るだけなら、工事だとか言って装えば出来る事だって。それに身内の犯行なら、わざわざ人が居る時を狙う筈ないだろ。
 今日、あの店が開いていたのは全くの誤算だろうな。祝日ってのはその日は閉まる店もあれば、その日は開いている店もあるし」
「そういや、きぃちゃん遅いね。手間取ってるのかな」
「平気じゃねーの?あいつ警察知り合いが居るらしいし。どんな手使ったか知らなねぇけど。
 心配してやるだけ無駄ってもんだ」
「クーちゃん、きぃちゃんに冷たいよー」
「お前が気に掛け過ぎなんだよ」
「そう?」
「そう」
 正直、紗々深にちょっかいかけ、それにより自分をおちょくる茶紀はかなり気に食わない。
 それでも茶紀を出入り禁止にしないのは、紗々深がそう簡単に人に懐けないのを知っているからだった。喧嘩慣れした悲しい性か、見るもの全てを敵として過ごす紗々深を、可哀想とは思わないが、もっと世の中明るくて、楽しいものだと思って欲しいと思うのだ。しかしそんな感情は微塵にも出してやらない、いまいち素直にならない朔良ではあるが。
 そんな朔良の心境を知っている鎖織は、うーんいつもの痴話喧嘩始まったなぁーと、グラスを整理整頓しながら日常をこっそり噛み締めている次第だ。
「だってきぃちゃんの事、好きだし」
 と、紗々深はあっさり言ってくれた。
「……好きって、オマエな」
 仮にも、いや立派に恋人である人の前では禁句に等しい言葉である。しかし、紗々深は気にするでもなく、一層笑みを輝かせ、
「だったねぇ、きぃちゃんだけなんだよ」

 オレが言う前に、クーちゃんと恋人だって、気づいたのは。




<おわり>





そんな訳で店長の別の顔を出したくて作った話な訳ですが、相手が未成年なんで一応手加減しているみたいですね、あっちは。
朔良くんと紗々深さんの外見はいつぞや描き毟った狼ヲトコとトランプ娘そのままです。ちなにに絵板で下着姿なのは大抵紗々深さんだと思って下さい。あの姿がクーちゃんの趣味な訳です(どキッパリ)

あっちが仲悪い同性コンビなので、こっちはラブ甘い恋人カップルにしよう、とか色々考えてみました。どさくさに自画自賛しますが、朔良と紗々深という名前はかなり気に入っています。この関係もちょい気に入っているのでまた書けたらいいなぁ、と。
紗々深の方を背が高くしたのはちゃんと用途あっての事ですが、上手く纏まるかなぁ、その話。
ぶっちゃけエロい話の方がぽんぽん浮かぶんですがね。