:Earthquake-first contact
常に冷静に。事実だけを見据え、自分の果たすべき事を第一に考える。
それが自分の立場だ。
けれど、少しだけ自分の本心を晒そう。
これが最後だから。
何故だ。
気づけば、見覚えのある公園に立っている。
何故だ。
ガリオンは、もう一度そう思った。
螺旋の運命の中で戦う事を前提に存在し得る自分達は、それから外れた事でもう2度と地球上に姿を表さないものだと、そう信じて疑わなかったのに。
自分は今此処に居て、しっかり立っている。おまけに、以前の記憶もばっちりあった。
どういう事だ。何故なんだ。
使命と義務を常に優先していたガリオンは、言ってしまうとアレだが非常事態で少し応用効かない。いつだったか、シュウにそんな事を言われたような気がするな、と思い出したガリオンは少し現実から逃げているかもしれなかった。
この世界には居ない筈の自分を呼び戻し、一体誰が何をさせたいのか。
ガリオンには見当もつかない。
(……む?)
ふわん、と何か匂いが漂った。肉が焼けるジュージーな香りに、ケチャップの匂い。それから、微かにパンの匂いもした。
この匂いは、マックがいつも食べているハンバーガーの匂いだ。
先ほどから眉間に皺ばかり寄せていたガリオンの表情が緩む。
ハンバーガーが出来上がっているという事は、マックが来ているのだろうか。
美味しそうに、食べているだろうか。
自分と居た時のように。
自分が居ない時も、変わらずに。
今日の空は青い。
昨日も青かった。
けれど、今日は何だか良い事がありそうな気がする。
マックはスキップになりそうな歩調で、いつものようにハンバーガー屋へとやって来た。
「ひとつ下さい、なんだな」
「はいよ」
差し出された包みを、マックは嬉しそうに受け取る。そうしてベンチに座り、もぐもぐと食べた。
食べ終わり、包み紙を捨てようとした時の事だ。
----ビュゥゥゥッ!!
「わわわっ!あー!」
強い風が吹き、それはマックから包み紙を攫って行ってしまった。その後も、最初程ではないが風が吹き続け、包み紙はどこまでも空を流されていく。
「わー!待って、待ってなんだなー!!!」
あわあわと慌てながらも、マックはそれを追いかけた。
追いかけて追いかけて。
このまま流されてしまえば、柵を越えてしまう、という寸前に、誰かがパシッ!と掴んだ。
「あ、ありがとうございます……」
なんだな、といつもの語尾まで言い切れなかった。言い切れなかった分は、相手を見た事に回される。
紙を取ってくれた人は、自分の担任よりも少し年上の女性だった。背も高い。オフ・ブラックのパンツ・スーツをビシッ!と着こなしていて、その目つきはとても鋭く厳しい。
けれどその双眸の奥には、とても深い慈悲の心があるのだと、マックはすぐにそう思った。
「……これを追っていたのか?」
手にした紙を一瞥し、その女性はそう言った。何処か気まずそうに。
「………あ、はい!そうなんですなんだな!」
一瞬返事が遅れたので、慌てて頷いた。
「ゴミだろう?これは」
そんなに必死になって追うものか?と尋ねる。
「はい。でも、ゴミはゴミ箱にちゃんと捨てるんだな」
あっさりと当たり前に言い切り、それが平常もされている事なのだと知らせていた。
「そうか……偉いな」
口元を緩め、ゆったりと微笑む。
その表情が、なんだかとても馴染みのあるものに思えて、マックは少しはっとなった。
そうしている間に、その人は包み紙を丸め、ゴミ箱へと落とした。その後は、出口に向かって歩き出している。
「…………」
ダメだ。
このまま行かせちゃ、ダメだ。
このまま別れたらダメだ!!
「お、お姉さん!」
一気に襲った焦燥感に押されるまま、マックは大きな声を出して呼び止めた。相手は立ち止まり、驚いたような顔で振り向いた。
「その……!僕のいつも行ってるハンバーガー屋さんは、とっても美味しいんだな!だから、お姉さんにも是非食べて貰いたいんだな!あ、今日じゃなくてもいいんだな!明日でも、明後日でも、いいから、食べて欲しいんだな!!」
ハンバーガーを勧めるのは、ただの口実だ。
本音は、此処に来て欲しいのだ。
また、会いたい。
いや、また、どころか。
ずっと、会いたい。別れたくない-----
どうしてこんな事をこんなにも強く思うんだろう。初めて会った人なのに。
「本当に美味しいんだな。中のハンバーグもその場で焼いてくれるし、ケチャップも……」
「……………」
ゆっくりとその人は目を伏せた。それと同時に、マックのセリフも止まる。
何かを思巡したような、短い時間。その後に、またゆっくりと目を開けた。
そうして、微かな微笑を浮かべる。
その顔は、「笑い」に属する顔だというのに、何処か寂しそうで、マックもそれに吊られてしまいそうだった。いや、自分も同じ顔をしているのかもしれない。
相手は屈みこみ、自分と視線を同じにした。黒曜石みたいな双眸が、中に自分を写していた。
「……今は手持ちが無い」
静かに言う。
「だから、明日また来る。この時間に」
「……本当、に?」
「あぁ、本当だ」
「………」
そう約束してくれた事が嬉しくて嬉しくて、マックは泣きそうになった。
ひゅうひゅうと渦巻いた風が2人を取り巻いて、そして去って行った。
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