:Storm-first contact
どんな形にしろ、終わってしまえば自分達が消える事も、記憶を無くしてしまう事も解っていた。
だから、居る間はどんな事があっても護ってみせようと奮闘していたのだが、どうしてか空回りがちだった。
それでも、自分を受け入れてくれた。
隣に、側に居て、と。
それは終わりから見れば、ほんの僅かな時間だったけど。
悔いは無い。けれど、やっぱりもっと一緒に居たかった。
「メグ!!!」
いきなり朽ちた温室の中に立っていて、自分の状況を疑問に思う前にズオウが真っ先に口にしたのはそれだった。
メグに会いたい。メグの願いをかなえてあげたい。
写真を撮りたいと言って居た。微かな意識の中、その声は確かに聞いていた。
全ての痛みや悲しみから護りたいと思った。でも、最後の最後、願いを果たしてやれなくて、彼女は泣いてしまっていた。
それだけが心残りだった。
だから。
どうしてなんで、いきなりまたこの世界にこうして存在しているのかは解らないけど、とにかく居るのだ。居るのなら、メグにも会える。だから、会う!
今の姿は以前のように大きくもなければ特殊能力も無かった。今はメグよりも小さくなってしまった手足を懸命に動かし、ズオウは必死に走った。
とりあえず向かう先は、秘密基地だ。
「----ぅわッ!」
前だけを見て走ってた為、思いっきり木の根に躓いてしまった。顔から派手に倒れる。
痛い。
でもそんな事に構ってる暇は無い。
メグに会うのだ。
今は、それだけだ。
「メグ!!」
ばん!とドアを開けてみたが、其処には誰も居なかった。
時間帯がまずかったのだろうか。
はぁはぁ、と荒い息をしながら、それでもメグが何処に隠れてはいないか、とズオウはきょろきょろと辺りを見渡した。あれからまた数回転んだせいで、肘は擦り剥いてしまっている。
「あ!」
壁につけられ、はためいている写真を見つけ、ズオウは喜んで駆け寄った。
メグの撮った写真だ、と。
しかしそれを見た時、ズオウの顔から笑顔が消えた。
確かに自分が写っている筈の場所が、ぽっかり欠けている。自分だけではない。他の仲間達も、だ。
「……………」
解っていた。解っていた筈なのに。
でもその事実はさっきまでのズオウの高揚感を、一気に沈めてしまうもので。
床にはぱたぱたと涙が落ち、ぐいと拭った時、擦り剥いた箇所に少し、沁みた。
記憶が無くなる事は解っていた。でも、こんなに悲しくなっているという事は、やっぱり解ってなったかもしれない。
自分は、ここに居ちゃいけないんだ。
だから、メグにも会ってはいけないんだ。
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら歩いていると、視界の端に何か懐かしいものを見つけたような気がした。
ん?と目を凝らしてみると。
「メ………ッ!!」
危うく大声で呼びそうになるのを、慌てて手で押さえ、近くの木に隠れた。
川を挟んで、自分の前から歩いてくるのは紛れも無くメグだった。
会うまい、と決めた側からなんて皮肉だろうか。
どきどきながらズオウはメグが通り過ぎるのを待った。
別に隠れる必要は無いのだが、本人を目の前にして他人のふりなんて出来そうになかった。何より、自分を知らない人と見るメグの顔が見たくなかったのかもしれない。
前は、嫌われても拒まれても、それでも懸命に側に行って居たのに。なまじ前の記憶が邪魔をした。
ここでやり過ごす事は簡単だ。
しかし、ここで会わないと、もう一生会わなさそうな気がした。
ドクドクと鼓動は大きくなっていく。
どうしよう。どうすればいいんだろう。
解らない。
でも。
メグに、会いたい。
その時、枝を揺らすくらいの大きな強い風がズオウを襲った。溜まらず、目を瞑る。
「きゃぁ!?」
風が止み終わらない中、メグの小さいな悲鳴が聴こえた。
「もー最悪………」
思わず口にしてしまっていた。
呆然と見詰める先には、川の真ん中に落ちた帽子。辛うじて引っ掛かってくれて、その場に留まっていてはくれているが、あの場所では何か長い棒のようなものがなければ、自分で入って取るしかない。それは出来れば避けたい所だが、あの場所まで届きそうな長いものは見当たらない。
「う〜ん……」
仕方無い。スカートをたくし上げて、入っていくしかないか。
しかし、さっきの風は腹が立つ。前から吹いてきた癖に、どうして帽子が川に落ちているのか。まるでわざとそうするみたいに吹いたようなものじゃないか。
ぷんぷん怒りながら、川に入ろうとすると。
ぼちゃん、と何か大きな物が川に落ちたような音がした。
何?と思って見てみると。
なんと、自分より1つか2つ小さいくらいの男の子が川に入っている。何の為に、と思ってみると、そうするのが当然のようにその男の子は自分の帽子を拾い、こっちへと歩いてくる。
「あ!あ、ぁ……」
川の深さは、男の子の腰のやや上くらいで、少し危険だ。それを注意すべきか、それとも礼を先に言うべきかで迷い、メグからよく解らない声だけが発せられる。
そうしている間に、その男の子は自分の岸までやって来た。
「はい、どうぞ!」
「…………」
とても元気よく、言ってくれた。自分はそれにすぐお礼を言い、受け取らなければならないのだろうけど。
その笑顔を見た時、メグは何処か遠くに置いて来た忘れ物を思い出したような感覚に捉えられ、対応が遅れてしまっていた。
「………?」
どうしたの、というように首を傾げられ、ようやく我に戻った。
「あ、ごめんね、ありがとう……」
受け取って、はた、と気づいた。というか、思い出した。
「だめじゃない!いきなり川に飛び込んだりして!流されたら危険でしょ!?」
「ごっ、ごめんなさい……」
至近距離で怒鳴られた為か、ビクッ!と身体を戦かせる。
「あぁ、違うのよ。怒ってる訳じゃないし、拾ってくれた事はとても感謝してるの」
言いながら、あれ、と気づく。
「腕、怪我しているの?」
「少し転んだ……」
さっき怒鳴ったのがきいているのか、おずおずと口を開く。
「手当てしてあげるね。服も乾かさないといけないし」
「い、いい!」
ぶんぶん、と首を振って拒む。それにメグは苦笑し。
「だから、もう怒ってないって。ほら、行くよ」
「あ……」
ぐいっと手を引いて、強引にメグは連れて行く。
「名前なんて言うの?あたし、メグっていうの」
「………ズオウ……」
名前を言うのに、時間がかかった。もしかして、人見知りをするのかしらとメグは思った。
「そう、ズオウって言うの」
メグはにっこり笑ってそう言った。
けれど、ズオウはなんだか、嬉しさを哀しさが半々詰ったような、複雑な表情をしていた。
自分より幼い子が、どうしてそんな難しい表情をするんだろう。メグは少し不思議に思えて。
少し、自分も哀しくなった。
横にある並木が、風に煽られさわさわと鳴っていた。
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