:Volcano-first contact
学校から帰ると、何やら門の所で体格のいい青年の3人組が押し合うように立っている。そして、何かを押し付けあうように互いを手で押していた。
「ほら、早く開けろって!言い出したのはお前だろ?!」
「見つけたのはお前じゃねーか!」
「だーッ!どっちでもいいから早くしろよー!」
「ならお前がやれよ!」
「ヤだ!!!」
聴こえた会話に、どうも自分の家に入る必要があるらしい。ちなみに盗み聞きした訳じゃなく、大きな声で言い合ってたので勝手に聴こえたのだ。
さてその3人だが。……どう贔屓目に見ても堅気の人とは思えなかった。
だってファーの着いたジャケット着ているし、銀髪だし、バンダナしてるし、皆目つき悪いし。
でも。
「待って。警察にはまだ連絡しないで」
青い顔をしながら携帯電話を取り出した運転手にそう言う。すると、ビックリしたような顔を向けられた。最もな反応だとディーノも思う。
けれど、あんなに柄が悪い連中なのに、どうしてか自分に危害を加えるとは思えないのだ。
「父さんが求人広告出したって言ってから、それの人達かもしれない」
だから話して来る、と止めるのも聞かずにディーノは飛び出した。
こんなに急いでいる自分が少し解らない。
何でだろう。
早く会いたいのだろうか。初めて会った筈の彼らに。
近づいてみると、上背もかなりあり、ちょっと今更だが腰が引けた。けれど、意を決して声を掛ける。
「あの!………何か、用ですか?」
すると、3人は同時に振り返った。
完璧な手順で紅茶を淹れ、これまたマナーに適った動作で置いていく。
「どうぞ」
「あ、いえ、お構いなく……」
グリードーは実にぎこちなく礼をした。それに横2人が噴出しそうになったが顔の筋肉を総動員させてどうにか堪えた。だって、あのグリードーがぎこちなく礼なんかしちゃってる!おまけに「お構いなく」なんて言ってる!!あぁー笑いてぇー!思いっきり笑いてぇー!!
ウォルフィの横でリーオンが変に咽た。多分笑いをかみ殺すのに失敗したのだ。
そんな横2名の様子を見て、こいつら後で絶対締めるとか据わった眼で決めているのに、まだ彼らは気づいていない。
そして、そのやり取りを最後に会話が無くなってしまった。
グリードーは面倒見はいいがあまり社交的とは言い難いし、ウォルフィも然り。リーオンは場の空気を読まないで物を言うので、お前は何もしゃべるなよ、と事前に言われたので無口だ。
それはディーノの方も同じで、ようやく最近友達という存在に馴染めた頃なのだ。こんな年上の人達との交流の仕方なんか知らない。
知らない、筈なんだけど……
ディーノはさっきから黙っているが、言う事が無いからでもない。むしろ、色々と沢山話を聞きたい。でもそれが、初対面でするようなものではないから、口にしないでいた。
(なんだろう、この感じ……)
振り返った3対の目を見た時、確かに何かを感じた。そこにあるのははっきりしているのに、名前が解らないから存在が確立しない。酷くもどかしい。
そして、色々尋ねた以上に、自分は言わなければならないセリフがあるように思えて。
「おい……?」
その声を聞いて、ディーノははっとした。深く考え込んでいたみたいだ。
「あ……、父さんを呼んできますね!」
ぼうっとしている所を見られ、気恥ずかしくなったディーノは半ば逃げるように去って行った。
だから、その時のグリードーの表情を見れたのは、横に座る2名だけだった。
3名が通されたのは、ダックダックトイズの一角だった。今は休憩なのか休日なのか、せっせとオモチャを作っている筈の音も人の気配もしない。
正直、この静けさは耳に痛かった。
「建物、変わっちゃったな」
ぼそ、と言ったのはリーオンだった。けれど、口には出さないものの2名もそう思っていた。
自分達の事が無かった事になってはいるが、あの時損傷を受けた建物が自動回復した訳ではない。それは来る途中に見た秘密基地や、公園等で窺えた。プレハブも同然だったこの会社も、ほぼ壊滅状態と言ってよかったのだから、建て直しは必須だろう。
しかしそれは、本当に自分達の居た痕跡が消えた事になる。
最初から居ない事になっている自分達がディーノの前に現れたのは、間違いだったのだろうか。
そんな思いは、会いたいが為に目を逸らして来たが、ここに来て無視できなくなった。
面接には来たものの、やっぱり都合が悪くて勤めれない事にでもしようか。元気な姿が見たい、という当初の願いは果たされたのだから。
全部が全部リセットされ、シュウ達とも赤の他人となってしまったかと心配したが、そうでもないらしいみたいだし。
友達に囲まれて過ごせばディーノも、面接に来てそれっきりの大人の事なんかすぐに忘れるだろう。
その時ドアの開く音がして、グリードーははっとなった。さっきのディーノみたいだ。
入って来たディーノは、凄い申し訳なさそうな顔をしていた。それと同時に、見えた時計で結構な時間を過ぎていた事に少し驚いた。全然時間の経過を感じなかったのだから。それくらい耽っていたのだろう。
で、ディーノは少し頬を赤くしていた。そして、柳眉を下げて、
「あの……本当にすみませんが、折角来て下さったのに父さん……父がその、新しいおもちゃのアイデアを思いついたとかで部屋に篭ってしまって、もうこうなったら、本当にいくら呼びかけても……さっき僕が行ってもその説明するだけで、僕の言う事なんてちっとも、聞いてくれなくて」
「……あ、いや、そんなに恐縮しなくても……」
それによく知ってるし。とはさすがに言えず。
「なので、本当に申し訳ないんですけど、都合が悪くなければ明日にもう一度来てください。それまでには母も交えてしっかり、言い聞かせておきますから」
そう深々と頭を下げて告げ、名刺を3名に渡す。
その様子に、あぁ、ディーノはなんてしっかりしているんだ……と人知れずちょっとじーんとしているグリードーだ。最も横2名には丸解りだが。
「じゃあ、俺達はこれで」
「紅茶ご馳走様です」
ウォルフィとリーオンはそう口にし、立ち上がった。けれど、何処か覇気が無い。
さっき自分が思っていたような事を、こいつらも感じていたんだろうな、と思う。
自分達はもう、此処に居てはいけないのではないだろうか。
何だか足が重い。リーオンは引きずるみたいに機械的に歩いていた。
が。
「………?」
前を歩いていたグリードーを追い抜かしてしまった。自分が速く歩いたのではない。グリードーが止まっているのだ。
「何……?」
見れば、グリードーは一心に何かを見ていた。視線の先には、白い布がかかった何かがあった。
他はブルーシートが掛けられていたのに、それだけは白い布で。
大切なんだ、と、言っているようだ。
「…………」
カツ、とブーツの踵が鳴った。ゆっくりとグリードーは歩いて行き、徐にその布を掴んだ。
取る気でいるのか。初めて訪れた場所でそれはどうなんだ、とウォルフィは止めようとしたが、思わず名前を言いそうになり、言いよどんだ。その隙にグリードーは布を取ってしまう。ディーノも少し面食らったような顔をした。とても、そんな不躾なする事をするような人には見えないのに。
「おい、何やって、」
んだよ、と続くはずのウォルフィのセリフが途切れた。
それを見て。
夢なのでは、と思ったウォルフィは横で馬鹿みたいに突っ立っているリーオンの頬を抓り、それと同じタイミングでリーオンもウォルフィの頬を抓ったので、2名は同時に「痛ってぇ!」と叫んだ。
そんなWニコルを軽やかに無視して、グリードーは、
「……この看板は……」
問いかける為に言ったのではなかったが、グリードーは呟くように口にしていた。それに、ディーノが答える。
「それ、この会社の看板なんです。前はちゃんと屋根について居たんですけど、ハリケーンのせいでこの建物殆ど壊れてしまって。なんとかその看板だけは補修したんです。
。付けなきゃと思ってるんですけど、忙しさに感けてついそのままで」
そして、何処か照れたように頭を掻きながら言う。
「それ、僕の友人達と一緒に作ったんですけど、その中のシュウって子の美的感覚がなんていうか、前衛的と言うか独特と言うか……で、こんなのになっちゃって」
でも、とディーノは続けた。
「僕はこの看板……好きなんです」
「…………」
「へ、変なのは解ってるんですよ!?だってダック・ダック・トイズなのにアヒルじゃなくてなんか大きな手形が一杯だし、あ、いや小さいのもあるけど。ってそうじゃなくて……」
何を言ってるんだ僕は、と顔を赤くする。
「いい看板だな」
「え?」
看板の方を向いて、ディーノには背を向けたままグリードーが唐突に言った。
「えぇ、最高ですよ」
「イカしてるよな」
「…………」
横を見ると、へへ、と何だか失敗したような笑顔を浮かべている2人。なんだか泣きそうにも見えた。
そして看板を見たままのグリードーを見て、ディーノは、この3人と自分は同じ思い出を共有しているように思えてならなかった。
グリードーの横に立ち、一緒に看板を見ているとその思いがますます強まった。
窓から入った風が、ディーノの髪を悪戯にふわりと浮かせた。
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