その日街に風が吹いた



:Tornado-Shirom




 一体、これはどういう事なのか。
 秘密基地の屋上、風を受けているシロンは自分の今の状況がにわかには信じられなかった。
 夢かと。
 記憶は無くてもいいと言い切った癖に、その未練を捨てきれない自分が都合よく見ている夢なのかと思った。
 全部覚えているのだ。出会いから別れまで。可能性で終わったあの事でさえ、全部、全部。
 しかし、頬を抓るという古典的な確かめ方をした所、ちゃんと痛みを感じた。
 そしてその時、自分が人間の姿をしているのを知った。
 いよいよシロンは混乱した。何がどうなって、どうしてこうなっているのか。
 しかし、誰も説明してはくれない。
 風も当たり前に吹いているだけだった。




 よく解らないままでも、シロンはとにかく此処を離れなければ、と思った。ここはシュウ達が集まる所である。鉢合わせしてしまうのは、まずいと思う。
 自分達は出会うべきではないと思った。
 それは、秘密基地内に入り、自分達の姿がぽっかり抜けた写真を思って痛感した。
 もう、自分達の存在は無かった事になっている。新しい道を歩き始めた世界に、過去の遺物、もっと言うなら厄介者である自分が介入するべきではないのだ。
 でも、それなら。
 どうして、自分は此処に居る?
「…………」
 いつかも、そう思った。
 思って思って考えて考え込んで。
 シュウが泣いていて。
 そして戦争を起こした。




 ぶらぶらとシロンは町を歩いていた。現在人の無関心さが今はありがたい。
 適当に歩いていたのだが、いや適当だからこそか、景色は見慣れたものになっていた。
 この辺はシュウのテリトリーだ。ヤバい、と踵を返そうとした時、その声が聴こえた。
「おーい!ねずっちょ何処だー!」
「!!!!」
 ドキー!と心臓が撥ねた。
 そうだ、自分が此処に居るのだから、ねずっちょは居ない事になる。そんな当たり前の事なのに、シュウが自分を探しているという可能性に思い当たらなかった自分が間抜けだ。
 まぁ、この姿で会ったとしても、シュウは自分だと解らないだろう。姿が違い過ぎるし、何より記憶が無い筈なのだから。
「っ………」
 気のせいではないような胸の痛みを覚え、思わず上のシャツを握る。しかし、それで終わったのでやっぱり気のせいだったのかも、と手を離した。
 そうして、こっそり戻ろうとしたのを、またしてもねずっちょどこだー!のシュウの声がする。まさかわざとじゃないだろうな、とシロンは疑い始めた。
 それはそうと。声が後ろからするのはいい。何故、上からするのか。近くにあった木に隠れ、そっと窺うと。
(……あいつ………)
 シュウの姿を見て、なんだかシロンは脱力してしまった。
 確かに、自分はネズミのあの姿でも飛ぶ。だから虫取り網は100歩譲って許すとして、その手のドーナッツはなんだ。エサか。エサなのか。てかその今の自分の姿、かなり滑稽だぞ気づいてんのかよ。などと色んなセリフが浮かんでは消えていく。
 記憶が無くてもあいつはあいつだな……
 全く相変わらずなシュウに、シロンは肩を落とす。
 と、その時何かを感じた。刹那、強風が襲う。
 すぐに考えたのはシュウの事だ。あんな木の枝に登っていて、急にこんな強い風が吹いて、ちゃんと身体を支えきれているのか。そう思いながらシュウを振り返る。
 小さな身体が木の枝から外れている。
 落ちる。
 そう思った途端、何も聴こえなくなって何も見えなくなって。
 五感が戻った時、腕の中にシュウが居た。
「…………」
 シュウはまだ落ちていると思っているのか、身を固く縮こませている。それを呆然としながら見ていた。
 出会ってはいけないのに。
 此処に居てはいけないのに。
 あぁ、でも。
「あぶねーなぁ、おい」
 こうして抱き締めて声を掛けれて。

どうしようもなく、嬉しい。





ぶっちゃけダメな人シロン。