その日街に風が吹いた



:And they all lived happily ever after.





 視界を覆うような激しい風が過ぎ去った、と思えば何故だかシュウは自分の肩に乗っていた。
「え?な?……って、おいおい暴れるな!暴れるんじゃねぇ!」
 決して安定がいいとは言えない状態で、そんなに動かれたら落としてしまいそうで本気で怖い。が、一番恐怖を感じていなくてはならないシュウは、そんな事なんか気にもかけないで。
「うるせー!うるせーうるせーうるせーうるせ-------!!!!」
 煩いを連発しながら、シロンの頭を叩くシュウ。浴衣に合わないので、今日は帽子なしなので、直に拳が響く。地味に痛い。
「でかっちょの大馬鹿ヤロー!戻ったんなら、どーして早く言わねーんだよ!!!」
「……いや、だってお前ら忘れてたし………」
 ごにょごにょと呟くように言い、我ながら言い訳みたいだな、と思う。しかし実際そうだろう。
 シュウはシロンのセリフに、もう一度大きな声で馬鹿!と言ってから、
「言われたら思い出すに決まってんだろ!記憶が無かっただけで忘れた訳じゃないんだから!!何で、何で言ってくれなかったんだよぉ………!!」
 その後は嗚咽になり、声にも言葉にもなっていなかった。ぽたぽたと何滴かが頭に落ちたのを感じた。泣いている。それに、グ、と唇を噛み締める。
「……とりあえず、降ろすぞ」
 いいか、とも訊かずに肩に乗ったまま泣いているシュウをゆっくりと降ろした。降ろしてもシュウの涙は止まらず、次々と溢れて拭っている手からも滴り落ちた。
 また泣かせた、と過去の自分が責め立てる。今まではその声に負けていたけど。
「……なぁ、シュウ」
 泣いて俯いているシュウの旋毛を見ながら、言った。
「俺は……このまま此処に居てもいいのか……?」
 散々泣かせて苦しめて、傷つけたりもしたのに。
 今まで通りの、ウィンドラゴンのシロンとして、シュウの側に居たい。
 自分の産まれた理由が解らない。そう嘆いていたのは全くの嘘ではないが、半分はそうでない。
 道が解らなくて立ち止まっていたのではなく、選んだ道に自信が持てなくて歩き出せなかっただけだ。
 自分が生まれたのも、こうしてまた此処に立っているのも。

(こいつと出会う為だったんだ)

 シロンの言葉に、シュウな何とか目を開けて、睨むように言った。
「……いいに決まってんだろ!アホっ!!!」
「………………」
 怒鳴って言ったそのセリフは、シロンにとって全ての肯定だった。
 シロンは胸の上に手を当てた。夏の最中だが、とても温かいものを感じたのだ。
(そうか、これが心か……)
 今は何処に居るか知れないランシーンが言って居た、心という存在を確かに感じる。先ほど解放されたそれに、じんわりと温かみが広がっているのがとてもよく解った。
 自分が確かに此処に在る。
 シロンはしゃがみ込み、シュウと視線を合わせた。シュウは未だに目を擦っているので、その目は見れないが。
「泣くなよ。おい、泣くなって」
 涙で濡れた頬を、何度も優しく撫でてやると、ようやくシュウは目をシロンに向けた。一度止めようと努めたようだが、またぶわり、と湧き出た。
「でかっちょのせいじゃんかー……!!!」
 うぇぇぇん、とまた声を上げて泣き出した。
「あぁ、本当にな。俺が悪かったよ。全部俺が悪い。すまん」
 ついこの前、やはり自分のせいで泣き出したシュウに、その時謝れなかった分もする。それで自分のした事が帳消しされるとは思ってはいないが。
「もう、何処にも行ったり消えたりしねぇよ。つーかお前がどっかに行っても果てまで追いかけてやる。絶対離れてやらねー」
「っ……なんだよ、それ……」
 シロンのセリフが気に入ったのか、溢れる涙はそのままだけども、シュウが笑みを浮かべた。シロンの口元も綻ぶ。
「……本当に?」
 シュウが呟く。
「もう、何処にも行ったりしない?ずっと居る?」
 ぐず、と大きく鼻を啜り、不安を乗せた目で問いかける。
「あぁ、ずっと此処に居る」

 お前の側に側に居るよ。

「……そっかぁ!」
 ようやく信じれたのか、シュウが正真正銘の、太陽みたいな笑顔になった。目を細めてそれを眺める。
「……風のサーガ……」
 ふと唇に乗せた囁きがあまりに優しくて、シロンは自分で吃驚してしまった。
「ちっがーう!シュウ!シ・ュ・ウ!!ほら言ってみ!!」
 シロンの動揺を余所に、シュウは律儀にマイメースにシロンの呼び方の訂正を促す。
 いつもなら、どうでもいいだろそんなの、と軽く流すだけだが。
「……………」
 今日は、言えそう。
 いや。
 今言わずして、いつ言う?
「……………」
「……でかっちょ?」
 立ち上がったシロンを、シュウが見上げる。
 以前よりその位置が近くなったのは、背丈が変わったからだけじゃ、ないと思う。
 思うから。
「…………
 ………シ、」
 スカパ--------ン!!!
 と、まるで狙ったみたいないいタイミングで、シロンの側頭部に何かが当たる。シロンの首がクキッと45度に曲がった。
「うわ-----!?何だ何だ今の!?」
 と、騒いでいるのはシュウである。当のシロンは痛みに悶絶している。
「----その子からとっとと離れろチンピラもどきが!!!」
 2,3メートル後方から、そんなセリフが近づいた。その速度を考えると、シロンに向かって投げた時には5M以上は離れた所と推測される。恐るべきコントロールと威力である。
「------ッ!テメーか投げたのは!何しやが………る?」
 痛みさの度合いがレッドゾーンからイエローゾーンになったくらいの頃、シロンは相手に向かってガンを飛ばしたが、一瞬痛みと怒りを忘れる。
 その相手は初対面。初めて見る顔なのだが。
 どうも見覚えというかなんというか。
 シロンはまだずきずきする頭で考えた。
(……えーと、この感覚なんだか覚えがあるぞ。そうだ、ワニの穴で人間になったあいつらを見た時に……って事はこいつ!?)
「ワルっちょ………?ワルっちょ--------!!!!」
 さすが風のサーガと言うべきか、シュウにはすぐに解ったみたいで、ちょっと前までいい雰囲気だったのに(シロン視点)ランシーンに向かって小さなロケットみたいにすっ飛んでいく。
「風のサーガ」
 ランシーンは当然のようにそれを受け止めた。最後、胸元にジャンプするように飛び込んだのを、そのままキャッチするように抱き締める。その反動で、少し緩い動きで反転したのがフランス映画の恋人同士でムカついた(シロン視点)。
「ワルっちょー!お前も帰って来れたんだな------!!?」
 またしてもだばーっと感激の涙を流すシュウ。ランシーンは優しく微笑みを浮かべながら、片腕だけでシュウを抱き上げ、空いた手で涙を拭いた。いやになるくらい様になっている。
「えぇ、私の場合、NYではなくて降り立った所でこの姿になったので、此処まで来るのに少し時間がかかりましたが」
「どーやって此処まで来たんだ?」
「飛行機でこの国に入ってからは、ヒッチハイク等で。今日は花火大会で道が混雑しているので、親切な人に頼んで自転車をお借りしてここまで来ました」
 いーや、絶対、罪の無い一般人を脅して自転車を強奪したんだ、とシロンは思った。
「そーかぁ、大冒険だったんだな!ごめんな迎えに行けなくて。
 実はオレ、さっきまでお前らの事忘れてたんだ」
 本当に申し訳なくシュウが言う。
「いいんですよ。今はもう思い出しているんでしょう?それでいいじゃないですか」
「うん……」
 自分に縋るように抱き着いているシュウを見て、優雅に微笑むランシーン。
 頭を撫でようとして、そしてその時。
 スカパーン!と先ほどシロンに投げつけた物がランシーンの側頭部に当たる。その首はクキッっと45度に曲がって、さすがおれがあいつであいつがおれで、な関係だけあってその光景は全く同じだった。
「そろそろ風のサーガ下ろしやがれこのムッツリが!!!」
「----誰がムッツリかこのヘタレが!!人の頭に何をぶつける!!」
「それはこっちが言うべきだろーが!てか、本当にそれ何なんだよ!!」
 シロンがランシーンに、そしてランシーンがシロンに投げつけたそれは、何だか帽子を被っているような髭を蓄えた男性の木の人形だった。大きさは20センチくらいだ。
「見て解りませんか。道産名物ニポポ人形6号サイズです。ちなみにニポポにはアイヌ語で「木の小さな子」「人形」という意味があり、」
「やかましーわ!!
 お前何処に行ってたんだよ、っていうかどうしてこんなの買ってるんだよ、っていうかチクショウ突っ込みが整理し切れね---------!!!」
「これを見た時、お前の頭にぶつけるのに丁度手頃だ、と思ったので」
「お前、網走の人に謝りやがれ」
「あ!ワルっちょ!ちゃんとネッカチーフしてんじゃん!!」
 2人の話の腰をバギ!っと折ってくれたのはシュウである。シュウの言う通り、ランシーンの左腕には豹柄のネッカチーフが巻かれていた。クールで美麗なランシーンのイメージに、とてもミスマッチしている。
 ランシーンはにっこりと、とてもシロンとメンチ切り合っていたのと同一人物とは思えない笑顔でシュウに向き直る。
「えぇ、勿論ですよ。クラブの一員として」
「さすが緑化委員!」
「…いや、私は扇風機委員の筈では」
 シュウが委員の名前を間違えるなんてしょっちゅうだが、それに免疫の無いランシーンは間違われた事に少ししょんぼりしている。ざまぁみやがれ、とそれを見てほくそ笑んでいるシロンであった。
「よし!こーしちゃいられねぇ!!!」
 ぴょん、とランシーンの腕から降り立ち、シュウは意気揚々と叫ぶ。
「何だ、急に?」
 シロンが言う。その横でランシーンが、シュウが降りてしまった腕を寂しそうに眺めている。
「何呑気に構えてんだよ、でかっちょ!お前副部長だろ!?皆勢ぞろいしてんだから、クラブ活動しなきゃだろ!!」
「活動って、何する気だ?」
「それはみんなで考えよーじゃないか!!」
 つまり考えナシかよ。シロンは少し呆れた。こんなだから、ディーノに突っ込みを入れられ、メグからチョップを貰うのだ。相変わらず。そう、自分の知っている日常。
(……帰って来たんだよなぁ……)
 物理的な意味では無く。シロンはしみじみと思った。
「さー!皆を迎えに行くぞー!!!」
「どうやってだ?」
 腕を大きく振り上げ、その一歩を踏み出す前に、シロンのその言葉でシュウの足が止まる。そのまま止まった所を見ると、また考えも無く行動するつもりだったのだ。
 おそらく、他の皆は人がごった返しになったメインストリートで埋もれているのだ。探せない事は無いが、かなり苦労するだろう。
 シュウはシロンに言われ、んんん〜〜〜と腕を組んで唸る。そしてシロンたちに振り返り、
「なぁ、お前らまたでっかくなって空飛べたりできねーの?」
「そんなのが出来たらとっくにしてるっての」
「不本意ながら私もシロンと同じ意見です」
「そっかー、無理なのか……」
 と諦めかけたシュウだが、閃いたのか目がピッカーン!と光る。
「そーだタリスダム!まだオレ持ってるし、リボーンしたら出来るかもしれんじゃん!!!」
 姿形は大分変わったが、材料は同じなのだ。その可能性は捨てきれない。
「よーし!じゃぁ、今から家に……って、家遠い〜〜〜」
 その距離を思い起こし、がっくりするシュウ。キックボードで行けたら、まだ良かったのだが。
 がっくりしたシュウの前。3人の中心に小さなつむじ風が起こった。
「……………」
 シュウはそれが何なのかが解ったように、勢い良く手を突っ込む。
 手に触れたそれを高く掲げ、大きく叫んだ。

 そして。

「ぎゃ-------!!怖い怖い怖い怖いよでかっちょ-------!!もっとスピード落として!安全運転で!点数切られちゃったらどーする!!」
「心配すんな!空に標識や信号機は無ぇんだよ!
 だからお前は、地面で待ってろって言っただろーが!!」
 びーびー泣いてんじゃねぇよ!とシュウに言う。
「だってだってだって〜〜〜〜」
 あぅー、と眼を潤ませる。頭の上に居るので、シロンには見えないが。
「っあー。やっぱ風を切るのはいいなぁー。よし、もっと速度上げるか」
「えぇぇぇぇええええッッ!!」
「嘘だ」
「何だとー!?」
「あー、やっぱ速度上げ、」
「うわぁぁあ、すんませんすんません」
 解り易いシュウの反応に、小さく噴出すシロン。とりあえず、心持ちゆっくりに空を舞い、海の上にまで来た。目的は仲間の回収だが、少しくらいの散歩はいいだろう。
 自由の女神を拝み、橋の上を渡り街を旋回しながら見下ろす。この光景も、頭の上の小さな重さも、もう2度とないものかと思ったのに。
 恨めしく思った事もあったが、今は自分を産みだした地球に感謝が出来る。創り出してくれてありがとう、こいつに会わせてくれてありがとう、と。
 さて、本腰入れて皆を探さないと、地道に探しているランシーンに嫌味を言われてしまう。
 翼を大きくはためかせ、シロンは高度を下げた。
「あ、そーだ、でかっちょー!!」
「何だよ!」
 シュウは、シロンが聞き逃さないように、思いっきり空気を吸って叫んだ。

「おかえり-------!!!」

「…………」
 ただいま、というシロンの言葉は、風にかき消された。
 シロンの耳に、「良かった良かった」と能天気な声が聴こえたような気がした。




<End>





完結です!!今までありがとうございました!!

って多分またこの設定で色々書くとは思いますが(笑)書きたい人とか一杯居るしー。スケとかガーとかキルとか(皆ネムロム?)皆のその後も書きたいです。なのでまたヨロシク(笑)