:Earthquake-Remember me
よくもまぁ、これだけ人は群れれるものだ、とガリオンはいっそ感心してしまっている。そんな中でも、マックの手はしっかりと握っていたが。自分より小さく、そして自分より温かい手の平だ。
「大丈夫か、マック?」
辺りを少し見ると、周りの状況も考えないで火の付いた煙草を持ち歩いていたり、鋭角的なデザインの金具がついたブレスレットやベルトをしている者が見える。マックがそれに傷ついてないだろうか、と不安になった。
「うん、ちゃんと回りを見ているから、大丈夫なんだな」
向うの意図を察したのか、マックは笑みを浮かべて答える。かなりの身長差があるので、首を真上にあげないとならないが。ちなみに一番背の高さの差が激しいのはグリードーとディーノだ。
「それなら良かった。が、もしそうなったら、私に言うんだぞ」
そうなった時は、相手の首が折れる勢いでその横っ面殴り飛ばしてやろうと決めている。マックはそんなガリオンの決意は悟れなかったのか、素直に頷いた。
「花火、楽しみなんだな」
マックが言った。心が浮きだっているのが、隣から見てよく解った。
「今年はガリオンさんと一緒だから、もっと楽しみなんだな」
「そうだな……」
そう返事して、ガリオンは繋いでいる手にほんの少し、力を込めた。
(ガリオンさん、か……)
年上を敬うマックは、決して呼び捨てにはしないだろう。
浮かべる笑顔も、紡ぐセリフも、自分の知っているマックと相違ないものばかりなのだが、余分についたその敬称で以前の記憶はもう無いのだというのを思い知る。
またこんな事を考えてしまった、とガリオンは自分を戒めるように眉間に深い皺を刻んだ。
違う道を歩き出すのだから、前の事は忘れないとならない。けれど、そんな風に思うのは忘れられないから他ならない。
クラブだのバレーだの応援歌だの、その時には馬鹿馬鹿しい、とかサーガの自覚が足りんとか苦言ばかり漏らしていたのだが、こうして簡単に忘れ去る事が出来ないという事は、やっぱりあの記憶は忘れがたい、とても大切な思い出なのだ。
(……これでは、シロンや風のサーガにとやかく言えんな……)
ガリオンは唇に自嘲を乗せた。
本当にあの2人は、自分のやりたい事だけしかしなかった。結果的にはこうして不毛な運命から逃れられたのだが、その当時だとそれが何か最悪の方へと進みはしないかと冷や冷やしたものだ。いや、運命の中で創り出された自分達がそれから放り出されたなんていうのは、ある意味最悪の結果とも見れなくもないが。
(自分のやりたい事、か)
いつだって、自分はしなければならない事ばかりをこなして来た。自分の思うままに動いたのは、マックとの最後の挨拶の時だけで。あの時は4大レジェンズのグリフィンではなく、マックの友達のガリオンとして言葉を紡いだ。
今だってそうだ。
新たな時代を刻む世界に、前の記憶は無用だと判断し、必死に忘れようとしている。それは確かに自分で決めたものの、望んでいる事ではないのだ。
ガリオンの思考を中断させるように、ドン、と大きな音が上がった。
「花火!始まったんだな!」
マックのはしゃいだ声がした。
「あぁ」
と、短く返事して、ガリオンも上を向いた。
大きな音を立て、強烈な光彩を目に映すそれは、けれどあまりにもあっさりと姿を消す。人の一生みたいだな、とガリオンは思った。
そしてその時、ガリオン達の位置に横から強烈な風が襲ってきた。人々の驚きと悲鳴の声が、風の唸る音の向うで微かに聞こえる。
「ッ、マック……離すんじゃないぞ……!」
「う、うん!」
たったそれだけのセリフを言うのもやっとだ。しかし、不思議と息苦しさは無い。この激しさといい、なんだか普通の風とは思えない。
普通の風、とは。
「………………」
まさか、とガリオンの目が見開かれる。それと同時に、風も止んだ。
「ふぅ〜」
とマックはしがみ付いていたガリオンの腰から顔を上げた。
「何か、凄い風だったんだな。ガリオンさん、大丈夫………」
セリフ半ばとし、マックの言葉が消えた。中々強い力で、ガリオンに肩を掴まれたからだ。どうしてされるのかが解らなくて、ガリオンを見上げると、今までにない真剣な表情をしていた。怖いくらいだ。
「マック、私が誰だか解るか?」
そして、意図の解らない質問をする。戸惑いながら、マックは言う。
「ガリオンさん……?」
「違う!」
と強い語調で否定された。
「違うんだ、マック!私達はもっと以前に出会っていたし、沢山の思い出もあるんだ!土のサーガと、グリフィンとして!」
「土の……?な、何の事だか、解らないんだな、ガリオンさん……」
意味不明な事ばかり言うガリオンに、マックが少し怯えているのが解った。こうなる予想はしていた。だから、下手に記憶の解放を促すまい、と思っていた。
だけど、もう遅いのだ。自分は受け入れてしまった。認めてしまった。
マックに思い出してもらいたい。
「マック、頼むから思い出してくれ!頼むから!」
「ガリオンさん……」
何故、この大人は自分のような子供にこうして縋っているんだろう。
あぁ、でも何だかそんな記憶がある。
酷く取り乱しているこの人を、落ち着かせて安心させたいと、強く思った。
しかしその時は、この人はこの姿ではなかった。
「……………」
肩を掴んでいる手に、そっと自分のを乗せた。
「ガリオン、」
敬称は、もう付かなかった。
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