:Storm-Remember me
人ごみの中、大人が多い雑踏に揉まれながら、メグとズオウはどうにかそこから脱出出来た。人は多いが、メインストリートから外れれば、そんなでもない。
「ふぅ、凄い人だったわねー。ズオウ、大丈夫だった?」
「うん、平気!」
にっこりと笑ってみせて、無事を伝える。なら良かった、とメグは呟きながらも、少し肌蹴たようなズオウの着物を直してやり、それから巾着から手鏡を出して、自分の髪型をチェックした。ふわふわしたツインテールは、特に乱れた様子は無く、メグは今日のコーディネイトが崩れなかった事に満足げに笑みを浮かべた。それを見ていたズオウも、嬉しくなる。
----もし、まだレジェンズの姿だったら、こんな人ごみに入る事無く、目的地へ連れてってあげるのに。
そう思ってしまい、ズオウははっとして頭をぶんぶんと払うように振った。その行動に、どうしたの?と声を掛けたメグに、なんでもない!と必死に誤魔化した。
「変なズオウね」
クスっと笑ってメグは言い、手鏡を巾着に戻した。
その巾着は、雪の結晶の模様をしている。
店を回っていて、これが眼に入るなり、メグはこれがいい、と即断して購入したのだ。その時、横に居たズオウはドキリとした。睡蓮や朝顔、金魚等、可愛い模様はいくらでもあるのに、メグはそれを手に取ったのだ。多分今の季節に持つには、似つかわしくないその柄を。
雪を。
(……メグ、本当に覚えていないのかな)
だめだ、とさっき思った傍から、またしてもそう思ってしまう。
記憶が無いメグが嫌いな訳じゃない。前と変わらず大好きだ。それでも思い出してもらいたいのも本当で。
なんて自分は身勝手なんだろう。だからメグも、中々カムバックしなかったんだ。急にそんな風に思えてしまい、ズオウの視界がぼやける。慌てて、メグに気づかれないようにそっと拭いた。幸い花火が始まっていて、メグの意識はそっちに向いていた。
「やだ、花火始まっっちゃったわ!ズオウ、行こう」
「うん!」
差し出された手をしっかり握り締める。
他の皆は大人なのに、どうしてか自分は子供で。これでは本当に守れっこない、と落ち込んだが、こうしてメグの手を力いっぱい握れるのはいいと思う。前では本気で潰しかねなかった。
もし、メグに記憶があったなら、今の自分の姿をどう思うだろう。頼りないと思うだろうか。可愛いと言ってくれるだろうか。
----そうか。それが知りたいから、メグが思い出す事を、自分は望んでいるんだ。
ずっとごちゃごちゃしたままの自分の心に、少し整理がついた事で、何だか身体が軽くなったような気がする。ズオウはメグを見上げた。
「メグ」
「なぁに?」
ズオウが名前を呼ぶと、メグが顔を下げ、ズオウを見詰め返す。海のような青い瞳を見ながら、ズオウは言う。
「ボクね、ボク……ボク、メグの事が好き!!」
割りといきなりなセリフに、メグはきょとん、としたが、ズオウがあまりに嬉しそうに言うので、メグも素直に受け取れた。
「あたしもズオウが好きよ。大好き」
「うん!メグ、だぁーい好き!」
伸ばされた言葉に、セリフでは収まりきれない気持ちが見れた。メグの顔が綻ぶ。
笑いあう2人の間を、まるで竜巻みたいな風が襲う。
「きゃっ!」
「メグ!」
短い悲鳴が上がり、ズオウはメグを守るように身体に腕を回すが、そのズオウの身体をメグが抱き締め、結果的にズオウがメグに守られているような体制になっている。
「ズオウ!しっかりあたしにしがみ付いていて!」
「う、うん!」
本当は自分が守りたいんだけど。そうちょっと戸惑いながらも、ズオウはメグの言う通りにした。例えメグが飛んでいってしまっても、それは防げなくても離れてしまわないように。
メグは自分が守る。姿や関係は違っても、それだけは変わらないように。
風は、やがて止んだ。何もかもを吹き飛ばしてしまいそうな風だったが、自分達に特に被害は無い。被った帽子もずれる事無くそのままで、ズオウは少しそれに首を傾げながら、まずメグの無事を確認する。先ほど、メグが自分の身よりズオウを気遣ったみたいに。
「メグ、大丈夫?」
強風に見舞われた緊張が取れないのか、メグはきつく自分を抱き締めたままだ。狭い隙間の中で、ズオウはどうにかそれを口にした。
が、返事は無く。
メグにしては珍しい事だ。もう一度同じセリフを言おうと、口を開いた時、メグの手から巾着が落ちた。
ズオウは当然それを拾おうとしたが、それすら出来ないくらい、きつくメグが抱き締めた。
「……メグ?」
顔を伺うように見上げると、頬に何かがぽたりと落ちた。冷たかった。
涙だった。
「どうしたの!メグ!!」
自分が気づかなかっただけで、何処か怪我でもしたんだろうか。おろおろとしていると、メグがようやく物を言った。
「……ごめんね……」
「………?」
「すぐに気づいてあげれなくて……思い出せないでごめんね……っ」
声を震わせて、やっとの事でそれだけを言えた。
「……メグ、」
メグの涙につられるように、ズオウの視界もぼやけてきた。でも、その前に是非とも訊かなければならない事がある。
「メグ。今のボクと前のボク、どっちが好き?」
涙を拭き、なんとか笑みを浮かべてメグは言った。
「どっちも好きよ。だって、どっちもズオウじゃない」
そうして、ズオウが想像していた以上の言葉をくれた。
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