:Tornado-Ranshtiin
此処はとある街のとある銀行。
店内がしんと静まり返っているのは、決して客のマナーがいいからではない。
ここは今、武装した銀行強盗団に占拠されているのだ。受付の向こう、女子職員が怯えて泣きそうになりながらも、必死に鞄に紙幣をつめていた。その頭から僅かに離れた所で、銃口が彼女を確実に狙っている。
リーダーと思わしき人物は、さっきからタイムウォッチを眺めている。今日この日の為に、綿密な計画を組んだのだ。そう、秒単位まで。それは今の所、滞りなく果たされている。
「動くな」
と、仲間の誰かがそう言った。見れば、店長と思しき初老の男性に銃口を向けている。大方、警察への連絡ボタンでも押そうとしたのだろう。馬鹿め、その位置もこっちはちゃんと把握しているのだ。
「いいか、他の奴らも、少しでも妙な真似をしたら、」
ウィーン、プシュー。
と、彼のセリフ途中に機械音が場違いなくらい空間に響いた。自動ドアの開いた音であった。
この時ばかりは犯人も被害者達も、同じ動きをした。つまり、このいきなりな侵入者の方を向いたのだ。
入って来たのは、モデルか俳優かと見紛うばかりの美形で、武器で固められた一段には目もくれず、受付へと向かった。言うまでも無く、ランシーンである。
「すいませんが、ドルに換えてくれませんか?」
異国民だと思われるのに、実に滑らかな発音だった。状況を忘れて、話しかけられた女性社員が頬を染める。
「え?え、ぇ、あの………」
普通だったら、ウキウキしながら業務を遂行するところだが、今は普通じゃないのだ。銀行強盗されてるのだ。なのに、ランシーンは眉を顰め。
「今は受付時間ではないのですか?可笑しいですね、ちゃんと確かめたんですが……」
「いや、あの、だから………ッッ!!」
どう説明すればいいものか、と困っていた彼女の表情は、恐怖へと変わった。ランシーンの真横に、強盗の一人がやって来て、銃を向ける。まぁ、当たり前だが。
「何ですか、貴方は」
と言ったのはランシーンだ。
「用があるなら、余所の窓口にまわるか、順番を待ってください」
「……あのなぁ、おい、顔のキレイなにーちゃんよ」
怒りを押し殺したような声だった。いや、実際押し殺しているんだろうけど。
「てめー、これが見えねぇのかよ!これが!」
がちゃ、とわざと音を立てて銃を構える。ランシーンはそれを静かに眺め、
「銃ですね」
と、言った。当然相手は、怒る。
「教えてくれって言ってんじゃねーよ!これで撃たれたら痛いから大人しくしろって言いたいんだよ!って、なんでこんな当たり前の事を俺は話てんだーッ!」
本当にね、と皆の心の声がシンクロした。
「……煩いですねぇ」
ランシーンの声色が剣呑さを含んだ。
「私は急いでいるんですよ」
「だからなんだよ!2回目になっちまうけど、これが見え……」
「黙れ」
べしぃ。
蝿でも叩き落すみたいに、ランシーンがその手を叩いた。そうしたら、
ぼぎ。
相手の手首が折れる。ぷらーん、と変な方向に曲がっている手首。
「……んな?は?え?………ぁぁぁぁあああああああ--------ッッ!?」
一瞬現実が解らなくて、気の抜けた声ばかり発していたが、ようやく手首が折れたという事が認識出来たのか、痛みに悶える。
「黙れと言っているのが聴こえんのか」
ごっ。
容赦なく、その頭の頂に肘鉄決めると、その男はそのまま倒れ、動かなくなった。
辺りが静寂に包まれる。さっきとは違う意味で。
ランシーンは倒れた男なんか目もくれず、改めて窓口の女性に言う。
「で。換えてくれますか?」
「は、はい!」
彼女は無意識の内に返事してしまった。
だって、目の前の強盗団よりこの人の方が数倍怖いから。
そうして、目的を果たしたランシーンは、すたすたと武装集団の群れの中を平然と歩いて帰って行った。外には見張り役が居たのだが、当然それもぶっ倒してきたのだ。
それだけの時間に、何もしないでいたかと言えばそうでもなく、すでに警察に連絡をされていて、ランシーンが出て暫くしてからパトカーがやって来た。
こうして、強盗団は実に呆気なく捕まった。
後に解った事だが、この計画が成功した暁には、その資金は全てテロ計画へと回され、各都市部に壊滅なダメージを負わし下手すれば第三次世界大戦すら勃発しそうなものだったのだが、いきなりの来客のせいでそれらは全て水泡と帰した訳である。
それはランシーンが知る事はなかったが、今はそれどころではないだろう。
(風のサーガ……もう直ぐ会えますからね!)
彼の頭の中は、それだけで一杯だった。
|