:Tornado-Remember me,2
メインストリートは何処も人で埋まっていて、その隙間を縫うように逆流し、どうにかこうにか2人は秘密基地前までやって来た。普段かかる時間と体力の2倍は使っただろう。
さすがにここまで来ると、人の姿は無い。シロンは肩を回して、凝ったような身体を解した。
何せ身長差が40センチくらいあるので、手を繋いだらどうしても若干腰を屈めるような姿勢になってしまう。おまけにシュウがどんどん先を進むので、相手に痛みを感じない程度の力でしっかりと掴む、その力加減にも神経を使った。
最も、今のシュウなら少し力を込めた程度の力ではなんともならないような気もするが。それだけテンションが高い。さっきからフライパンの上で炒めている蚕豆みたいにぴょんぴょん撥ねている。アドレナリンが景気よく大放出だ。
「ヤッタ!オレらが一番〜!!」
「大分混んでたからなぁ。来るのにちょっと時間が掛かるかもな」
とは言え、花火は90分続くから、その間にはみんなも集合できるだろう。
「おい、どうする?もう屋上まで登っちまうか?」
「ん〜、まだもーちょっと待ってみる」
シロンの言葉に、シュウはそう応えた。近くにあったベンチに、2人並んで座る。
「な、花火まであと何分?」
「あー、あと20分」
シロンは腕時計をちらりと見た。
「そーかー、20分かー」
もうすぐ!もうすぐ!と連呼して、座ったままじたばたする。そんなシュウを見て、シロンは、
「お前って、そんなに花火好きか?」
毎回思っていた質問をしてみた。シュウは立ち上がって言う。
「好きか、って、そりゃそーだろー!!
花火だぜ、花火!!ヒューっと上がってバーンてなってドババババーって!!」
「いやいや、それはもう何度も聞いたから」
座れ、とばかりに首根っこを掴んで隣に落ち着かせる。
「でも、いいぜ!花火は!」
「……あぁ、」
知ってるよ、という言葉が喉まで出掛かる。
真っ黒な夜空に、色鮮やかに輝く華を咲かせる。花火は綺麗な物だ。でもきっと、それ以上に綺麗に見えた。
----シュウって呼んでみ?
お互いを向き合えたのは、あの時からだろう。
これから晴れやかな光のショーが繰り広げられるだろう空は、それを感じさせないくらいしんとしていた。横のシュウは騒がしいが。何かを矢継ぎ早に話しかけては、自分はそれに、あぁ、とかふぅん、とか気のない返事をする。それなのに、シュウの勢いは一向に衰えない。この無尽蔵のパワーはこの小さい身体の何処に隠されているんだろうか。
この、小さい身体に。
「……あのよ、」
とシロンが話し掛ける。シュウはおう!何だ!と元気良く返す。
「お前は……此処に居る理由とかって、考えた事があるか?」
「……はいぃ?」
シロンの言葉に、シュウは目ん玉ひん剥いた。まぁ確かに、成人男性が小学生に投げかけるようなものではないだろう。
いや、だからな、とシロンは続ける。思わず言ってしまった事だが、何だか引っ込みがつかなくなった。少し頬が紅潮しているのが、自分で嫌でも解る。
「何で居るのか、どうして居るのか、っていうか……
例えばな、この世界にシロンっていう存在がが必要でも、そのシロンが俺だったのは全くの偶然で、なら俺でなくもいいんじゃなかったんだろうか、って思うと、」
「んな事言ったって、しゃーないじゃん」
シロンのセリフ途中でシュウが実にあっさりと言ってくれた。シリアスな空気が一瞬でぽんっとか破裂したみたいだ。
「そんな事考えたって、今此処に居るのはお前なんだし、悩んだってどーしよーもないだろ?だったら頭使うだけ損じゃんか。止めとけよ」
「や、止めとけよ、って……」
「ん?止めちゃダメなの?」
「……ダメって事は無いけどよー」
「なら、いーじゃん」
「いーじゃん、て……」
それで片付けられると、それくらいの事で悩んでいた自分が凄い馬鹿みたいに思えるのだが。いや、実際馬鹿なのかも。
馬鹿なサーガに馬鹿なレジェンズか。何かと破天荒とか言われた自分らだけど、こう見れば理にかなってる。
「……そーだな」
俺はレジェンズで、こいつがサーガで、
「仕方ない、って言やぁ仕方ないよな」
「そうそう」
戦わせて、傷つけて、苦しめて、
泣かせて、
「悩んだって、どーにもなんねーよな」
「うんうん」
一緒に、居た
「此処に居るのは、俺だからな」
ゆっくり、噛み締めるように言った。
何かが解き放たれたみたいだった。胸に閊えてた物が落ちたような。
「そーだよ、そう!」
シュウはシロンの腕をぽんぽんと叩き、
「いやー、でかっちょみたいなのでも、結構青春してるんだなー。今度一緒に夕日に向かって走るかー?」
「誰が走るか。ばーか。てか、俺みたいなのでも、って何だよ」
「ん。まぁでも、また悩む事があったらオレに言いなさい。どーんと解決してさしあげよう!」
どーんと、の所で自分の胸を叩くシュウ。見れば、いつの間にかベンチの上にちゃっかり立っている。いーから座れってば、ととりあえず座らせて。
「解決する、っていうか、脱力して悩むのが馬鹿らしく思えるって感じだけどなー」
「それって、褒めてる?」
「うん、褒めてる褒めてる。もう大絶賛」
「……嘘くせー!!!」
ギャース!と騒ぐシュウ。シロンがそれを見て、少し意地悪そうに笑った。
その時ひゅぅ、と風が通り過ぎる。
「おっ、いい風だー」
「あぁ、そうだな」
夏の暑さを奪ってくれるような風に、2人は心地良さそうに身を委ねる。
そろそろ花火の時間じゃないだろうか、とシロンが思ったまさにその時に、花火がドン、と上がった。
「始まった!」
「見てるって」
そしてまた立つし。しかし今度はそのまま、また座った。
花火は間を開けず、次々と打ちあがる。
「結局あいつら間に合わなかったなぁー」
「皆どこかで見てるかなぁー」
花火の音のせいか、微妙に会話がずれている。しかし聴こえないので、2人は気にしなかった。
「おっ!すげぇすげぇ、今2連発!」
「あぁ」
「今の、色が一杯で綺麗だったなー!」
「そうだな」
「あ!何か形が違う!すげー!!」
「綺麗だなー……」
-----シュウだよ、シ・ュ・ウ
-----呼んでみ?
花火の音に混じり、そんな声が聴こえたような気がした。
そんなに昔ではないが、つい最近でもない。それなのに、一挙一動全部が思い出される。
あれが自分の中で、どれだけの比重があるかを改めて知り、シロンは目を細めた。
そんな風に浸っていたので、喧しく騒いでいたシュウの声が止まったのに、暫く気づかなかった。
「…………」
「おい、どうした?」
横を見れば、ただ花火を見ているシュウ。普通の人なら何も可笑しい事はないが、シュウが黙って見上げているというのが不自然だった。
シロンがまた何かを言うとしたら、シュウがゆっくりこっちを向く。
そのシュウの顔は、今まで見た事が無いものだった。似ているものをあげれば----それは----今、まさに思い返していた時の-----
それが何を意味しているか。シロンが思い当たるより早く、シュウが言う。
「お前----シロンだ」
言われたセリフに、は?と変な声が出た。
「何言ってお前……さっきから俺、此処に居るだろ?」
頭大丈夫か?とからかうように言うと。
シュウが自分を見ている。緑色の双眸の中に、以前とはすっかり姿の違う自分が居た。
「違う。そうじゃない。だから、お前、シロンだ」
その自分の姿がぐにゃりと歪んだ。そして、ぽろりと零れる。
「シロンだ。シロンなんだ………ッ!!!」
「…………」
嗚咽を漏らしながら、自分の名前を連呼するシュウ。
考える前に、口が勝手に言っていた。
「風の、サーガ…………」
思い出したのか。
その問いかけは、花火の音以上に、自分達を中心に巻き起こった突風の音に消え失せた。
この日、街に風が吹く。
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