:Volcano-Mr.&Mrs.sparks
若干夜更けの頃に差し掛かった頃、スパークス邸では見送るのが3人、見送られるのも3人。
「すいません、3人揃ってご馳走になりまして……」
大きな体躯を縮こませて、グリードーが申し訳なさそうに礼を言う。後頭部に添えられた手が愛嬌を誘った。
「いやぁでもおかあさん料理上手ッスねー!いいなぁ、ぼっちゃんあんな美味しいの毎日食べれて」
「黙れ」
と、ウォルフィが能天気に喋るリーオンの首をきゅっと絞めた。
「そもそもお前が腹減った腹減った騒ぐから、それ聞かれて食事に誘われたんだろーが!恥ずかしいヤツだな!!」
「だっ……だって本当に腹へってたし……ッ!!!それに、ウーたんだって、おかわりしてた………」
「俺は2回だけど、お前は4回もだろ------!!!あとウーたん言うな------!!!」
ぎゅぎゅうぅぅぅぅぅッ!!(←さらに締めた音)
「う゛、う゛ーたん、墜ぢるっ………お、ち………ッ!!!」
「だぁぁぁッ!見苦しい所見せんじゃねーッ!」
と、グリードーが2人に拳骨を落とした事で一応事態は収集した。ウォルフィはともかく、首を絞められているリーオンも殴ったのはあまり意味が無いんじゃないかとディーノは思ったが、ディーノは苦笑するだけで何となく口を挟めなかった。
メリッサはそんな3人をあっはっは、と豪快に笑い飛ばし、
「食事ってのは多ければ多いほど美味しいものさ!また腹を空かせたら遠慮なく言いなよ!」
「えっ!本当ですか!?」
「さっそく食いつくなー!」
目を輝かせたリーオンの頭を、ウォルフィは思いっきり叩いた。
「それじゃ、これで」
「泊まっていってもいいんだよ?」
と、言ったのはブルーノだ。
「いや、さすがにこれ以上お世話になる訳には、」
「あ、でもさ、此処が職場なんだから、次の日ぎりぎりまで眠れ、」
「はーい、帰るぞー、帰るぞー、さくさく帰るぞー」
「ウーたん痛い痛いッ!耳引っ張らないでーッ!!!」
リーオンの悲痛な叫びを残しつつ、3人は去って行った。
それをディーノは最後まで見送る。
「さ、ディーノ。明日も早いんだろ。風呂入って早く寝な」
「うん。あ、今度の日曜、試合なんだけど、来てくれる?」
「勿論さ」
「……グリードー達も誘ってみようかなって、思ってるんだけど」
「あぁ、そりゃぁいいねぇ!それじゃ、気合入れてお弁当作らないとね」
にっこり笑ったメリッサに、ディーノも顔を輝かせる。それをちょっと後ろで眺めていたブルーノも、幸せそうに微笑んだ。
少し前まで想像しなかった、けれどかつては目指そうとしていた幸せな光景。それが現実となり、何も悩む事は無いというのに……
「……………」
ブルーノは振り返り、3人が歩いているだろう方向を眺めた。
ごぃん、と痛そうな音が響いたので、またリーオンがどっちかに殴られたんだろう。
無我夢中で設計図を書き込んでいたら、芳しい芳香が鼻を擽った。見れば、すぐ横にコーヒーとフレンチトーストが置いてある。
「おや、邪魔しちまったかい?」
メリッサも居た。ブルーノは早速コーヒーに手をつける。
「うん、とても美味しいよ」
部屋を出る前に気づけたのは良かった。こうして、すぐに言える。
「これくらいしか、助ける事がないからねぇ。おもちゃの事はさっぱりでさ」
「君がこうして居るから、私は心の底から専念出来るんだよ」
これを聞いたら、従業員一同が専念しすぎです、と総ツッコミしただろう。
メリッサはその言葉に、少し照れ臭そうに微笑む。大部違ってきたが、その表情は出会った当初の彼女を彷彿させた。
「今日は何処までやったんだい?根を詰めるのもいいけど、ほどほどにしなよ」
男ってのはみーんな、やる事見つけると他が疎かになるもんかね、とメリッサは溜息を一緒に言った。
嘗て綺麗に糊付けされたスーツを着ている彼は居ない。今居るのは、少し草臥れたジャージ上下に身を包み、髭すら整えていないブルーノである。とは言え、毎日リムジンで会社に赴き、利益の計算しているよりかはずっといい。いや、これが本当のブルーノの姿だ、と昔を少し思い出したメリッサだ。
ブルーノは釘を刺され、少し気まずそうに笑った。
「それ、今日の昼にグリードー君にも言われたよ」
これからまだどんどん熱くなります。室内に居たからって、熱中症から逃れられるとは言い切れません。水分と塩分の摂取には気を配ってください。
と、恐ろしい程の真顔で言われ、言われた内容が内容じゃなかったら、何かの病の告知ではないか、という気迫だった。
「グリードー君か。いい子さね、あの子は」
あの子呼ばわりされて、同刻、グリードーは、へっくし、とくしゃみしている。
「そうだね。ウォルフィ君も、リーオン君も」
ブルーノに言われて、ウォルフィもリーオンもくしゃみする。で、リーオンのくしゃみはウォルフィに掛かる訳だ。
「よく働いてくれるし、ディーノも懐いている………」
そこで言葉を区切り、ブルーノはメリッサに言う。
「メリッサ。君はあの3人に何か……何か感じる事はないかい?」
「何か……って?」
「私にもよく解らないんだ。ただ、何かあるとだけしか。最初会った時も、はっと思った。その時何か微か触れるような気持ちがあって----それだけで、それ以上は無かった。
強いて言うなら-----」
ブルーノはふと視線を彷徨わせ、
「何かを忘れている、と言うのが、一番合っているのかも、しれない」
一節一節、確認しながら言う。
「……その、何だろうね、実は私の記憶には曖昧な所があるんだ。ディーノと分かり合えたのも、きっかけは覚えているのに、途中経過が抜け落ちている。思い出せる範囲でも、何か欠けているような気がしてならないんだ。
それで、これと、グリードー君達に感じる何かは同じ物のような気がして……いや、すまんね、一体何を言い出してるのか………」
段々支離滅裂になっていくセリフに、ブルーノは苦笑して中断させた。
が、メリッサは。
「解るよ。あたしも、きっと同じ事を思ってるのさ」
あっさり同意してみせる。
「…………」
そのセリフに、意表を突かれたように、ブルーノは軽く目を開く。
「何て言うかねぇ、最後の隠し味忘れて、料理上げちまったような気になるのさ。
ディーノと一緒に遊んでたりする所を見ると、和やかに思うけど、何故だか凄く寂しく思うんだよ。思い出せないのが申し訳ないみたいにさ」
少し顔を伏せて、メリッサは言う。そんなメリッサに、何か言葉を掛けてやろうと、ブルーノが言い出す前に。
「----ま!でもこうして側に居るんだ!その内なんとかなるさ!ねぇ!!」
あーっはっはっは!とその身体に見合った大きな笑い声を上げ、ブルーノの背中をバンバン叩く。あまりに強い力なので、息が止まりそうになった。
「っ、そ、そうだね」
やや咽かけながらも、ブルーノが言う。
「そうともさ!」
にっか、とメリッサが笑う。太陽のような、ひまわりのような笑顔を見て、ブルーノは、その内本当になんとかなりそうな気がした。
きっと心置きなく笑える日が来る。
皆に。
そんな気持ちに応えるように、庭の木々が風に揺れていた。
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