:Shirom&Greed
何となく、気が落ち着かない。何もしないでいるのが居た堪れない気分になったシロンは、完全に暇つぶし目的でワニの穴へ行った。
商売の邪魔にならないよう、カウンターの一番隅を陣取り、入れ替わる人々を背景のようにぼんやりと眺めていた。そんなシロンの様子がちょっとダンディは気がかりだったが、シロンが抱えている問題に自分は立ち入れない。それが出来るのは、同じ境遇に居るものだけだ。そう思っていたら、まさにそれに属するものがやってきた。
すでに居たシロンに、グリードーは少し驚いたような顔をした。
「来てたのか」
「……まぁな」
自分のセリフに素直に応じるシロンを見て、かなり弱っているな、と苦笑する。いつもだったら、「来ちゃいけねーのかよ!」とか言うくせに。グリードーはそんなシロンの横に腰を降ろす。
いいタイミングで差し出されたグラスを、まずは一杯空にした後、言う。
「……なぁ、サーガ達の事、どう思う」
シロンが目に見えて反応した。
「どう、って?」
「だから、記憶が戻るかどうか、だ」
シロンの顔が強張る。この話題、仲間内ではタブーとまではいかないが、避けてきた事だ。
いつかアンナに言われた通り、自分達が一番恐れているのはそれによりサーガ達が苦しむ事ではなく、思い出してくれない事だ。やったら出来たけど、やらないから出来ない。そんな言い訳が欲しいだけだ。本当は思い出して欲しくて堪らない癖に。
実質打つ手が無いのと、そんな身勝手な自分を思い知りたくなくて、だから自然と取り上げる事はなかった。
しかし。
「……今日、ディーノが思い出しかけたような気がした。思い出すまではいかないが、けれど記憶はあいつらの中にちゃんとあるんだ」
「…………」
平静を装う為か、シロンはグラスに口をつけた。
「……それで、だ」
グリードーの口調が慎重になる。言うセリフを間違わないように、ひとつひとつ確認しているように。
「いいかシロン、お前を責める訳じゃねぇよ。
ただ……ただな、風のサーガが思い出せば、皆も思い出すんじゃねぇかって……」
自分に対して気を遣っているようなグリードーに、シロンはなんだか笑えてくる。しかし、浮かんだ笑みは自嘲したものだ。
「はっきり言っていいんだぜ。ブレイズの。俺が思い出さなければいいって思ってるから、思い出さないんだって」
「-----」
心内を見透かされたグリードーは、口を噤んだ。
「そんな申し訳なさそうな顔すんなよ。だって、その通りなんだからな」
空になったグラスを手で弄び、シロンはぽつりぽつりと話す。懺悔みたいに。
「俺は一度この世界を滅ぼしかけたよ。滅んでしまえばいいと思った。あいつを泣かせた俺も、そんな俺を産みだした世界もな。ついでに、あいつが止めるのも聞かずに、そのまま戦うのを押し切ろうとした。
だから、まったく違う身体で蘇って、あいつの記憶が無いのに、正直好都合だと思ったよ。今度はちゃんとやろうって、そう決めたんだが------」
ふぅ、と細く長い溜息を吐いた。
「結局、また泣かした」
「…………」
「あいつの記憶も綻んでる。思い出さなきゃいいと思いながら、それと同じくらい思い出して欲しいって思ってんだ。今日は、そっちの方が強かったんだろうな。
でも、悪い。そういう事だから、思い出してくれって言い切れないんだ。俺は」
「……お前が謝るなんてな」
「酔ってるかもな。さっきから飲みっぱだし」
「酔ってるヤツは自分で酔ってるなんて言わねーよ」
グリードーは苦笑した。
「確かにお前はダメなヤツだよ。戦争なんか起こさせねぇとか偉そうにガリオンに言っておきながら結局巻き起こしちまったし、名前呼べって言われても言わないし、その癖初志貫徹しないで最後には言うし、なんか全体的にヘタレだし、妙にアニメとか詳しいし」
「………おい」
そこまで言われる筋合いは無い、とじと目で睨む。
でもなぁ、とグリードーは続けた。
「それでもお前らは、……一緒に居たじゃねぇか」
うっかり立ち聞きしてしまった同胞の言葉を、そっくりそのまま使った。
その言葉に尽きると思ったからだ。
沢山怖がらせて、子供の柔らかい心に酷な事ばかり強いた。
それでも、一緒に居た。それは何故かというと、そうしたいと、向こうが願ったからに他ならない。
「なぁ、風のサーガは、お前を許すとか許さないとか……そんな事だって、そもそも思ってねぇんじゃねぇのか?」
「……そうかもな」
シロンが言う。
「だから、これは、俺の、俺だけの問題なんだ」
せめて、何故此処に在るかが解れば。
この足で駆け寄り、この腕を広げてあの小さな存在を抱き締めて、「ただいま」と言う事が出来ただろうか。
つまりは今も前も、自分は同じ理由で大切な相手を泣かせている。
(俺が何も変わってねぇんだから、やり直しのしようがないか……)
苛立ち紛れに、おずおずとダンディが差し出したグラスを一気に煽る。
それは水だった。
すぐ側の窓が、風でカタカタと鳴った。
|