:Tornado-Ranshtiin
ようやく人が居る場所に出れて、ランシーンがまずしたのは己の顔の確認だった。
とりあえず見た所、特にブサイクではなくてほっとした。そして、自分の顔は白人種に分別されるものと知れた。実際は違うけど。とりあえずどの人種かを決めなくては、他者への対応に困る。やはり肌の色で、まだ人は人を分けてしまうから。
そんな訳で無害な旅人を装い、当面の路銀をなんとか工面した。ならばここらで一休み、とランシーンはカフェへと赴いた。一刻も早く会いたいが、強行軍を突破してくたくたになったところも晒したくない。あの突き進むだけのバカとは違うのだ、自分は。きちんと体力の配慮をし、常にベストの状態であり続ける。そうして颯爽と風のサーガの前に現れ、半身はどっかその辺にでも転がしておこう。
ちょっとした旅をする事になって、ランシーンが考えるのは貨幣の調達だけだ。元々グローバルな企業展開をしていた自分だ。各国の言葉は片言くらい嗜んでいる。
片言と言うがその発音は実に流暢で、そして仕種が優雅で、おまけにその上顔立ちが秀麗なのでオーダーを受けるウェイトレスにちょっとした紛争を巻き起こしたのを、本人は知らない。
ミルクも砂糖も入れないブラックコーヒーを啜りつつ、新聞に目を通す。現地の情報を見るのは大切だ。
と、その時視界に入った物にランシーンは少し動揺した。
(風のサーガ!?)
一瞬そう思ったのだ。が、違った。歳の頃と背は同じくらい。持っている色彩も同じだが、見える相手はポニーテールにしている髪は長く、着ている物を見ると女の子のようだった。
見間違えた自分に苦笑して、やや乱暴にソーサーに戻したカップを口に近づける。
と。
まず、小さい悲鳴。その後、どう見ても大人の物を思われるダミ声が届いた。気になって声の方を向けば、其処には件の女の子が居た。さっきの悲鳴はこの子だったのだろうか。
いや、それよりも。
女の子の足元には、買った物だろう果物が散らばっていて、大人数人が彼女を囲っている。頭を何度も下げて、拾おうとしてる女の子。しかし、大人の人が足で果物を蹴飛ばし、邪魔をしては必死に拾うとしている彼女をバカにしたように笑っていた。
「……………」
まだ中身の残っているカップと、新聞。そして代金を机の上に置き、ランシーンは真っ直ぐにそっちへ向かって歩いた。
助けたいが、体躯のいい大人数人相手に何も出来ないで居る輩を押しのけ、人の輪の中心に立った。そこまで来ると、女の子の顔もよく解る。泣きそうで、怯えている。
「止めなさい」
と、ランシーンが言う。その声に男の一人が振り返ったが、優男一人と見たのか、鼻で笑って後ろを向いた。
「止めなさい」
と、もう一度ランシーンは言った。今度は誰も振り向かなかった。
「止めろと言っている」
口調を変え言ってみたが、結果は同じ。
ランシーンは、ゆっくり息を吐いた。
女の子と男達の位置を正確に把握し、ちょっと立ち位置をずらし、誰にも聴こえない小声で言う。
「ウィング・トルネード」
と。
刹那、あたかも小型のハリケーンが発生し、それは男数名を吹っ飛ばす。
「んなっ!?」
これにはさすがに男達も無視できない。観衆も、一瞬何が起こったのか、とざわめく声を止めていた。
「何しやがるテメェ!?」
ありきたりな言葉だなぁ、とランシーンは流すように聞いた。
棘の着いたリングのような物をつけた男の拳が迫る。周囲と足元から悲鳴がした。
が、当のランシーンは慌てず騒がず、ゆっくり倒れてきた木の棒を受け止めるみたいに、その腕をぱしっと掴んだ。
(単体相手にわざわざ使ってやる事もないしな……)
術を使えば、手っ取り早いがやっぱり目立つ。あまり目立つことはしたくない、と人目を引く顔をすでにしているランシーンは思う。
「のやろう!……って、アレ………?」
激昂した男の口から、間の抜けた声が出た。なぜかと言うと、力いっぱい引っ張っているというのに、一向に手が外れないからだ。それ所か、相手の腕も掴んだ格好のまま、ぴくりとも動かない。
「幼い子相手に何をしているんですか。恥を知りなさい」
「うるせぇ!テメーには関係ないだろ!!」
「そうですね、関係ありません。
なので貴方の今後も気にしない事にします」
「どういう……?」
意味だ、と問う前に、男の身体が宙を舞った。ランシーンが見事な足払いを決めたのだ。腕を掴んだままだったので、地面に倒れたとき腕が不自然な方向を向いている。苦しさに呻くと、今度はボギ!という鈍い音と共に激痛が走る。ついで、ぶちん、という太いゴムの切れたような音がした。腕の腱が切れた音だった。
「片手使えなくてもまぁ、生きて行けるでしょう」
とランシーンは言ったが、果たして大きな声で喚いている相手にちゃんと聴こえたかどうか。目的を果たしたランシーンは、興味をなくしたみたいに腕をぽいっと捨てるように放った。
そして、悲鳴を上げる仲間を呆然と見ている男達に視線を移す。男達は金縛りにあったみたいに動かない。
ふー、とまたランシーンは溜息をついた。足元で無様に悶えている男の襟首を掴む。そして、男達の方へ投げた。
「それを持って失せろ」
最後に睨むと、ようやく男達がその場から消え失せた。
「…………」
視線を下に移すと、ぽかーんとした女の子が居た。
それを見て、あぁ、サーガも私を見てこんな表情してました……と密かに悦るランシーン。
「貴方、何者?」
目を丸くした女の子が言う。
ランシーンはちょっと考えて。
「私は……通りすがりの、扇風機委員です」
「…………?」
女の子はますます目を大きくして、首を傾けた。
腕に括りつけた豹柄のネッカチーフが、風にはたはたとはためいた。
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