:Earthquake-Don't cry
図らずも初対面を果たしてしまった時、此処に何をしに来たのかと問われ、とっさにスケッチしに来たのだと言ってしまった。その時画材道具は愚か、スケッチブックすら所持してない格好で苦しいにも程がある、と思ったのだが、マックは意外にあっさりとそれを信じた。
マックが、本人がそうだと言えばそうだと思う素朴な子供でよかった、とガリオンは心底安堵した。
言ってしまった事なのだから果たさなければなるまい、と変に義理堅さを発揮し、ガリオンはスケッチブックと色鉛筆を購入。せっせとスケッチしていた。
何せやっているのがガリオンなので、誰もそれに突っ込めなかったという。
「ひとつください」が、「ふたつください」になった。些細だけどとても嬉しい。ベンチで並んで食べると、ひとりで食べる時より倍、美味しいのだ。
「美味しいんだな」
「あぁ、美味い」
マックがにっこり笑えば、ガリオンもにっこり微笑む。その浮かべた笑みの穏やかさと言ったら、普段の厳格な彼女からはとても想像出来ない、遠のいた表情だ。例えばリーオン辺りがうっかり口に何か含んでいる時に目撃したら、それを全部噴出して横に居るウォルフィに浴びせて頭に拳骨を食らってしまうくらいだ。まぁ実際起こった事なのだが。
「マックの勧める物は全部美味いな」
「そ、そうでもないんだな。ボクが知らなくても美味しい物は沢山あるんだな」
「そうか。ならばマックはいい物を見つける事が出来るという事だな」
「…………」
なんだか。
このガリオンという人はやたらと自分を褒め称えてくれる。確かにそう悪い事はしてないが、そこまで良い事をしているとも思えないので、何だかちょっと困ってしまう。
けれど、自分を褒めるガリオンは、褒めている立場だというのにとても嬉しそうにしているから、その表情が決して嫌いでないので、マックは結局そのままにしてしまう。
それに、本当の所は、マックも褒められて嬉しいのだ。
「ガリオンさん、絵をみてもいいかななんだな」
「あぁ、良いとも」
ガリオンが返事をすると、マックは嬉々としてスケッチブックを手にする。そうして、大事そうに捲っていく。
「……………」
マックは、自分の事を「さん」付けする。しなくてもいい、と最初に言ったのだが、友達でも大人の人を呼び捨てには出来ない、と頑なに言うので、ガリオンの方が折れた。
記憶は無くてもマックはマックだ。だから、思い出さなくても構いはしない。そう決めているのだが、やっぱり敬称で呼ばれると、以前とは違うのだ、と現実を突きつけられるようで胸が痛い。痛いというより、隙間風が吹いているような感じだ。
埋まっていたものが、無くなった。
「…………」
こんな時、前にマックと過ごした記憶が蘇る。本当は思い出して欲しいという自分の願いが露になりそうで、ガリオンは必死に蓋をした。しかしそうすると、以前のマックを否定しているような、そんな罪悪感に見舞われるのだ。
使命があれば、それを真っ当する事を考えればよかった。
こんな風に放り出されると、何処へ向かえばいいのか解らない。何処へ行けば間違いでないのか……最も、行けと言われた道が必ず正しい物では無いという事は、身をもって体感したが。
「……?マック?」
ふと横を見ると、マックがスケッチブックを捲っている。気をつけているものの、その動きは忙しない。一度見た所を、また捲って。まるで----
ガリオンの視線に気づいたのか、マックははっとしてスケッチブックを差し出す。
「ご、ごめんなさいなんだな!」
「いや、構わないが……それより、何か探していたのか?」
そう、さっきのマックの仕種は、何かを探しているように見えた。
マックは少し顔を伏せた。そして少しの間を開けて、喋った。言うかどうかを迷い、言う事にしたらしい。
「……ガリオンさん、クレヨンで描いた絵は無かったなんだな?」
「クレヨン……?」
手にあるスケッチブックに描かれているのは、全部色鉛筆だ。だってこれしかないから。
クレヨンで描いた事は……
あった。
風のサーガが理を説いているというのに転寝をし、あまつさえ「説明長いからアニメでやって」とか言ってくれたものだから、絵で描いて説明してやったのだ。
火のサーガから借りて。
クレヨンで描いたのは後にも先にもこれっきりだ。
「……マック、」
記憶を取り戻したのか。そんな言葉を含んだ視線は、果たして警戒と期待のどっちの色を含んでいたんだろうか。自分では見れない。
「……きっと気のせいだったんだな」
まるで独り言のようにそう言い、マックはぴょんとベンチから降りて、数歩進む。そして、そこで自分を振り返った。
「ガリオンさん!今日は何処でスケッチするんだな」
「……そうだな、今日は-----」
ガリオンは気づいていた。自分から少し離れた時、マックが目を拭ったのを。
けれどそれをマックが隠すので、ガリオンもそれに準じた。
それが正しいと思った訳ではなく、そうするしか出来なかったからだ。
手を繋いだ2人の間を、風が吹きぬける。
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