:Volcano-Don't cry 
       
       
       
       
       外は相変わらず暑いが、水遣りをしているせいか、温室の入り口付近は少し気温が下がっているように感じた。 
      「ぼっちゃーん!土持って来ましたよー!」 
      「あぁ、リーオンありがとう!この辺に持って来てくれるかな」 
      「はいはーい」 
       大きな袋3つを肩に担いで、軽やかに歩く。人間の姿とは言え、やっぱり元レジェンズのせいなのか、どうも自分、いや自分達は一般標準よりかなり力が強いみたいだ。それはもしかしたら異質なくらいかもしれないが、モンスターの姿だった自分らを受け入れてくれたくらいの人達なのだ。凄い力持ちだねぇ、て終わってしまった。 
      「本当ありがとう、リーオン。仕事が終わった後なのに……」 
       ちょっと申し訳無さそうに言うディーノを、リーオンは笑い飛ばして。 
      「いえいえ、どうせ帰っても何もする事がないんだから、全然構いませんって! 
       それに、ちょくちょく食事とかご馳走になっちゃって、こっちの方が申し訳ないくらいですよ〜」 
       あっはっは、と笑ったままのリーオンを他2名が見たら、もっと申し訳無さそうにしろ!と怒鳴ったかもしれない。何せ彼はよく食べた。それはもうよく食べた。 
      「もうすぐ咲くんですか」 
      「そうだね。あと1週間くらいかな」 
       バラの蕾を見て、ディーノが言う。 
      「バラって夏に咲くんですね。花ってのは皆春に咲くんだと思ってましたよ」 
       そのセリフにディーノは少し噴出して、 
      「それ、シュウと同じような事言ってるよ」 
      「えぇ、マジっすか!」 
       そうしてまたあはは、と笑った。ディーノもつられるように笑う。 
       一頻り笑い終わった後、リーオンが自分を見て居る事に気づいた。 
      「どうかした?リーオン」 
      「…………」 
       しかもやけに真剣で。 
       本当にどうしたんだろう、とディーノは首を傾げる。そしてようやっとリーオンは話し出した。彼らしくないとても慎重な声色で。 
      「あの、ぼっちゃん……オレら見て、何か思う事ってありませんでした?」 
      「思う……事……?」 
      「はい、最初に出会った時とか」 
      「出会った時……」 
       軽く顎を掴むようにして耽るディーノを、リーオンは固唾を呑んで見守った。 
       やがて、ディーノは、は、とした表情になり、 
      「あー……うん、確かに最初はちょっと怖いな、って思ったけど、今はそんな事全然無いからね?」 
      「違います違います、そうじゃなくてそうじゃなくて」 
       気づかされるように言われてしまい、ぶんぶんぶんぶん、と首を振りまくるリーオンだ。 
      「だから、その……もっと他に、何か思いませんでした?」 
      「他………?」 
       てっきり怖がられる事を心配しているものだと思っていたディーノは、先ほどよりさらに眉を顰める。 
       リーオンは思いつめた表情で自分に言う。 
      「そう、例えばですね------」 
      「おおっとリーオン危ない蜂が--------------!!!!!」 
       一体リーオンは何と例えようとしたのか。突如現れたウォルフィにバチコーン☆と頭を思いっきりどつかれ、その続きは聞けなかった。どつかれた時にバヒューン!とリーオンの身体が吹っ飛んだ。 
      「いやぼっちゃんすいませんでしたねぇ!なんかリーオンがアホな事ほざいてて!!こいつちょっと暑さで頭可笑しくなったのかも!元々可笑しいですからね!ではこれで!!!!!」 
       頭の衝撃が抜け切らないリーオンは、目を回していて何だか頭上でヒヨコが円を描いて歩いているみたいだ。そんなリーオンの襟首掴んで、ウォルフィは去って行った。ディーノの止める暇も与えず。 
       本当に一体なんだったのかな……… 
       バラの様子を眺めながら、ディーノは思う。 
       あの3人を見て何か思ったか、と言えば、答えはイエスだ。それも、怖いとかそんなんじゃない。 
       上手く説明出来ない。たった11年の人生で、それでも11年生きてきた中で初めて感じた感情だった。 
       嬉しさや温かさ、懐かしさがあり、それを哀しさや寂しさが覆いかぶさっているような、とても複雑な感情。 
       無意識に胸の辺りをぎゅうと掴む。その時。 
      「----ディーノ?」 
      「あ、グリードー……」 
       リーオンでも探していたのか、ちょっと覗きに来ただけ、というようなグリードーだったが、心配そうな顔でこちらへとやって来た。 
       どうしたの、とディーノが訊く前に、グリードーの方がどうかしたか、と尋ねた。 
      「胸の辺り押さえて……何処か、苦しいのか?」 
      「……苦しい?」 
       苦しんだろうか。自分は。 
       でもだとしたら、何に? 
       出て行った母親も戻り、両親も仲睦まじく、孤独のまま生きると思っていたけど友達も出来た。 
       そして、グリードー達にも知り合えた。 
       少し前なら想像も出来ない、幸せな環境で、何が苦しんだろう。 
       しかし、ずっと自分には何かが足りないと思っていた。それはこうしてバラの世話をしているととても顕著に現れる。 
       バラを育てるきっかけは知っている。マックと出会ったからだ。 
       でも、どうしてこんなに育て方が詳しいのかが解らなかった。最初自分でもあまりに自然にこなしていて、不思議にすら思わなかった。 
       一緒にマックと育て方を勉強したのかもしれない。そうだとしたら、何故忘れているのだろうか。忘れているどころか、記憶そのものが無いように思えた。 
       でも、バラの育て方を調べた記憶はある。調べたという結果だけがあり、途中経過は思い出せない。 
       そう、思い出せないのだ。確かに記憶があるのに、まるで濃い霧の向こう側のように、まるで其処には最初から無いみたいに、見えない。 
       それでも懸命に、必死になって探ってみて、どうにかイメージを拾えると、それは家の暖炉。 
       そして、それに灯る火だった。 
       どうにかそれだけを見れると、あっという間に記憶は再び埋もれていく。 
       手を伸ばしても、すり抜ける。自分の手で、止めておく事が出来ない。 
      「----………」 
       そう思った途端、ディーノの目から涙が溢れた。静かに、とても静かに溢れ、頬を伝って下に落ちる。 
      「っ、ディーノ!本当に具合が……」 
      「……違うよ、具合が悪いんじゃない」 
       しっかりした口調で、ディーノが言う。 
      「でも、なんだか泣きたいんだ……」 
       バラを見据えたまま、ディーノははらはらと涙を零し続ける。表情も凛としていて、涙を合成したみたいな泣き方だ。 
       泣き方がどうであれ、ディーノは泣いている。 
       また、泣かせてしまった。 
      「…………」 
       散々迷って、グリードーはディーノの帽子の上にぽん、と手を置いた。 
      「……泣くのを我慢しなくてもいい……辛いなら、考え込むな」 
      「…………」 
       グリードーのその言葉に、ディーノはどうしても、うん、と頷けなかった。 
       
       強い風が欲しい。見えなくしている霧を晴らすくらいの。 
       そんなディーノに応えるように、開きっ放しの入り口から風が入った。 
       
       
       
       
       
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