:Tornado-first contact
この、虫取り網を携え、木登りをしている少年の目的を正しく言えたのなら、その人は神に等しい。
虫を捕るでもなく、鳥を捕まえるでもなく、ましてや風で飛んだ点数の悪い答案用紙を回収する為でもない。
彼はネズミを探している。
ネズミである。
実際、「それ」チューとなく小さい生き物のだが、どうしてか飛行帽と手袋を着用していて、あまつさえ背中には翼があり、しかもぱたぱたと飛ぶことが出来た。100人が居たらとりあえず90人以上はそれを指して言うだろう「それはネズミじゃない」と。
でもネズミだと思ってしまったから仕方無い、と周りにはよく解らない理由でシュウは片付けた。。なので名前もねずっちょだった。
そんなねずっちょは、幼い頃秘密基地にしていた、今は半壊している時計塔の隙間でメグが発見した。以来、そこを住処としているネズミにエサをやったりと何気に世話を焼いてみた。
飼っている訳ではない。と、思う。
そんな風には思いたくは無かった。何故か。
そして、今から遡る事1週間前。
そのねずっちょが消息不明になった。姿を消したのだ。
まず最初にメグとマックが心配した。次いでディーノも不安になった。最後の最後で、ようやっとシュウも探し始めた。当初はその内出てくるって〜とマックに気楽に言ってはメグにチョップを貰っていたが。
だって、本当にその内出てくるよーな気がしたんだって。
ちょっと正確に言えば、自分がちょっと探せばあっという間に見つかりそうな気がしたのだ。
で、その「ちょっと探せば」をやっても出てこなかったので、こうして必死こいて探しているのだ。メグやディーノに言わせれば、今更に。
みんなで一緒に探すよりは、分散した方が効率的だ。ディーノのその言い分に、シュウも加わり早3日が過ぎていた。
「お〜い、ねずっちょ、何処だ〜?出て来〜い。意地張っても詰まらないぞ〜」
ほら、かあさんの作ったドーナッツ、お前好きだろ?出てこないと、全部食っちまうぞ〜。
木を移り返る度、そんな風に呼びかけながらねずっちょを探してみる。が、期待するあの小さな姿は一向に現れてはくれなかった。
「…………」
探し始めて1週間。いや、シュウはまだ3日だが、これだけ探しても見つからないと、さすがのシュウも木の上で途方に暮れる。
何処だよ、何処行ったんだよ、ばかねずっちょ。さっさと出てこないと、もう帰って来てもドーナッツもケーキもスナック菓子もなんもやらねーぞ!
寂しさと悲しさを超え、シュウはだんだんと腹が立ってきたようだった。都合のいい事に(?)手にはドーナッツがあるので、苛立ち紛れにがぶっと食べようとした。
食べようとしたが-----出来なかった。
何故なら、丁度その時、強風が吹いてシュウの身体を傾けたからだ。
「ぁっ」
どうにかしないと、と思った時はもう手遅れだった。ちゃんと木の枝の上にあった身体は其処から外れ、頭から落ちていく。
落ちる
どうしよう
怪我する
絶対痛い
メグに怒られる
入院するのかな
かあさんが悲しむ
来週試合なのに
一瞬の内にいろんなことを考えた、と思う。
そうしていたら、背中にどん、と鈍い衝撃を感じた。
あぁ、落ちたんだ、とそれは不気味なくらい冷静に思った。
きっと痛い。凄く痛いぞ、と覚悟していたが、それはいつまで経ってもやって来なかった。
「………?」
いつの間にか閉じていた目を開ける。が、あまりに固く閉じていたせいか、開けても暫く視界がぼやけていた。誰かが目の前に居るのに、その顔すら見えない。
「あぶねーなぁ、お前」
不躾な、やや乱暴な声がした。
それを聞いた時、同時に視界もクリアになった。
落ちてきた自分を受け止めてくれた相手は、20代半ばくらいの青年だった。身長はかなり高いみたいだ。
そして。
月色の髪と空色の眼。
今探しているネズミと似たようなゴーグル付きの飛行帽。
一瞬、その背中に何かを探していた。
しかし、「おい!助けたのに礼も無しか!」と間近の相手に怒鳴られ、そんな些細な疑問はあっという間に霧散した。
「ごめんなさいありがとうございます!!」
顔があまりに怖かったから、泣きながらシュウは詫びながらお礼を言った。
その時、ヒュウ、と風が鳴る音を聞いた。
その日、街に風が吹いた。
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