少々の馬鹿力や特殊能力を残してはいるが、細胞レベルでは全くの人間になった訳だから、同じように腹も減るし眠くもなる。
だから病気にもなる。
:SHIROM/SHU
ぶぇっくしょん、と大きなくしゃみ一発。
その後ずびずびと鼻をぐずつかせながら、テュッシュを引き抜き、鼻を噛む。
そうしてから3分くらい過ぎて、ぶぇっくしょぃ、とまた大きなくしゃみが一発。
「……おい、シロン」
と、グリードーがくしゃみの発信源を読んだ。
「あんだよ」
と答えるシロンは鼻声で答えた。脆弱な小鳥くらいなら、ひと睨みで失神させそうな鋭い目も、今はぼやっとしている。
「お前、具合が悪いんだろ。ならもう帰って寝とけ」
「いーのか?まだ仕事残ってるのに」
ずひ、と鼻を鳴らしながらシロンは聞いた。
12月に入り、おもちゃ屋の一番の稼ぎ時あるクリスマスの為に多忙を極み、シロンはダック・ダック・トイズに手伝いに来ていたのだ。そして、今日のノルマはまだ残っている。
しかし、グリードーは。
「何言ってんだ、シロン。仕事より、風邪を治す事の方が先決だろ」
「……グリードー……」
言ったグリードーのセリフは本気のものだと解ったので、シロンは思わずほろりと来た。この事からシロンがかなり弱っているか解るだろう。
「本当になぁ、さっさと治して貰わねーと、いつ自分に移るか気が気じゃねーよ」
「うぉぉい」
言ったグリードーのセリフは本気のものだと解ったので、シロンは思わず鼻声でツッコミを入れた。
「自分の体調管理くらい、しっかりとけよなー」
「性質の悪いシロンの中でさらに性質の悪くなったウィルスになんか移ったら堪ったもんじゃねぇよ」
「おい!お前ら3人も居て1人くらい俺の心配するヤツぁいぬぇのかよぉ!」
ウォルフィとリーオンからの横槍も入る。シロンは鼻が詰まっているので、最後の方で変な発音になった。
「はぁ?なんで殺しても死なないお前の心配なんかしなくちゃなんねーんだよ」
「ンな事するくらいなら、こいつの事リーたんて呼んだ方がマシだよ」
「えっ!呼んでくれるの?!」
「いや呼ばないけど」
「何なんだよー!」
「チクショウ、どいつもこいつも言いたい放題いいやがって……!」
拳を戦慄かせ、鼻をぐずつかせ呻くようにシロンは言った。まぁ、確かに言いたい放題言っているが。
「今日の所は見逃してやる!しかし忘れるな!今に見ていやがれ!」
「うわー、なんか世界征服の為に幼稚園のバスジャックした怪人の後台詞みたいな事言ってる」
そんなリーオンのセリフを後にしながら、上着を着込んだシロンは、あばよ!とばかりに翻してドアを閉めた。
さて。
「なぁ、リーオン」
「何、ウーたん」
「お前、さっきのバケツ、片付けたか?」
「ううん」
ガッ!ガッシャンガラガラァァアアア------ン!!!カラカラカラ………
「躓いたな」
「だな」
痛ぇなクソ!と言う声がドアの向うから聴こえた。
シロンはDWCの所有するマンションに、ランシーンと一緒に住んでいる。一緒に住んでいるというか、流れ的にシュウの家に住みそうになったのを、全力で阻止されただけなのだが。
ともあれ、其処へ向けてシロンはふらふらと歩いていた。本当に、ふらふらしていた。かなりの風邪っぴきなのだが、何せ初めてなので、程度がいまいち解らないのだった。
(あ-----なんかふわふわするなぁ……まるで空飛んでる時みてぇだ……ん?あれ?俺、飛んでるのか?)
意識がふぅーっと浮かんだような感覚に包まれ、いよいよ考えが覚束なくなってきた。
そして。
「っきゃ------!!シロン-------!!」
「シロン!目を覚まして-------!!」
「うわぁぁぁっ!でかっちょ---------------!!!!!」
ぼけーっとした思考がますますぼけーっとした時に、なんか腰に色んな物が張り付いて自分の動きを止めた。
なんだ、と思って腰を見れば、シュウとメグにマックだった。なんか、凄い形相をしている。
「よーぉ。お前ら、今帰りか」
「今帰りか、じゃなくて!!」
「シロン、ちゃんと足元見て欲しいんだな!」
「足ぃ?」
言われるままに視線を下に下げると、空中に踏み出している右足があった。皆が止めに入らなかったら、そのまま落下しただろう。
シロンを見かけた時、シュウ達はそれは驚いた。何せ、シロンが堂々と身投げをしようとしているのだから。
「でかっちょ〜!どうした?そんな辛い事があったのか〜〜〜〜!!!?何でオレに相談しないんだよ!!」
一番強くしがみ付いているシュウが、そんな事を言った。自殺未遂とみなしたようだ。
「辛い〜?うん、まぁ今辛いかな……」
意味を履き違えたまま、シロンは答えた。さっきまで鼻が出てぼーっとするだけだったが、頭が痛いような気がする。足も痛い(それはバケツに躓いたからだ)。
「!! でかっちょ!死んじゃだめだー!死んだら何もなんないぞ!死ぬ気になったらなんでも出来るんだから、死んじゃだめだ--------!!!!」
「あーもう!何言ってるかわかんないわよ!」
ビス!
「ごふ!」
とりあえずシュウは黙った。というか黙らされた。
「あれ? もしかして風邪引いてるんだな?」
何気なく触れた手が、いつもより熱いような気がしてマックはそう尋ねた。
「あぁ、ちょっとな…… あ、そうだ、お前ら離れろよ。移るぜ」
ほら離れろ、とやんわりとみんなを引き離す。
「なんだでかっちょ、風邪引いてたのか。なら初めからそう言やいいのに〜」
「アンタが勝手に勘違いしてただけでしょ!」
「わー!チョップは禁止!一日一回!!!」
メグが身構えたので、シュウは慌てた。
「大丈夫なんだな?シロン」
「お医者さんとか、行く?あたしが行ってる所、教えてあげようか?」
「あ、風邪の時はアレが訊くんだって母さんが言ってたけど……えぇっと、なんだったっけー?」
腕を組んで考え込んだシュウに、シロンはふ、と笑みを浮かべる。頭痛がちょっと和らいだような気がした。これが優しさというものだ。これに比べたらあの3人なんて、ケシゴムのカスを集めて作ったケシゴムみたいなもんだ(よく解らない例え)。
「とりあえず寝てみて、様子見るよ。ありがとな」
「でかっちょ、送ってってやろうか?」
「いいって。ほら、お前らも早く帰れよ」
本当に心配そうに見ている3人に手を振り、さっきより多少はしっかりした足取りで歩き出した。
「……うーん……」
「どうしたんだな?」
シロンの背中を見送って、再び帰路に戻っても、シュウはまだ唸っていた。
「何だったっけかなー。何がよかったっけかなー」
「まだ思い出してないの?」
呆れた、といった具合にメグは溜息と一緒に言う。
「いや、なんかさー。ここまで出てるんだよ、此処まで!」
「……シュウ、それを言ってる時、手が喉を超えてちゃ意味が無いわよ」
鼻の下に水平に手を添えているシュウに、メグは脱力しつつも突っ込んだ。
部屋に戻ったシロンは、まずとにかくベットに横になった。とにかく身体や頭がだるくて重い。
このまま寝て、すっきりしたい所だが、身体のだるさが気になってなかなか寝付けなかった。
いっそ寝酒でも飲んでみるかとは思うものの、もっと悪くなりそうな気がするので止めておく。
しかし時間が経つと、自分の熱で温くなったシーツの感覚が鬱陶しくて余計眠れなくなった。
ベットの上で頻繁に寝返りを打っていたら、インターホンが鳴る。シロンは当たり前のように無視をした。しかし、訪問者はしつこくしつこく鳴らしてくる。
寝不足……というか睡眠欲が満たされないのと体調不良でイラついていたシロンは、ブチッと切れた。
「………っ、だ--------!!!!」
勢いづけてシロンは起き上がった。その間にもチャイムは続いている。
(誰だコノヤロ人が風邪引いて寝込んでるってのに!)
ぶっ殺す!と本当に殺しかねない殺気を背負い、シロンは玄関へドスドスと足音荒く向かっていく。風邪っぴきではあるが、それでも元レジェンズなので例え屈強な男が2,3人かかっても全員病院送りに出来るだろう。
開ける前に指をボキボキ鳴らして、拳を作り上げてからドアを壊れる勢いで開ける。
「誰だコラァ---------!!」
「でかっちょ!!」
その声に、臨界点まで達していた怒りが、一気にぷしゅ〜と空気の抜けたビーチボールみたいに萎んだ。
「か……風のサーガ?」
目の前にちょこんと立っている子供は、紛れも泣くシュウであった。走って来たのか、顔が少し赤い。
「さっきさー、何かが風邪に良く訊くってオレ言ってたじゃん!それ思い出してさ、持って来た!」
そう言うシュウは手に鍋を持っていて、どうやらそれみたいだ。
「それって何-----ッえっくしょぅい!」
冷たい外気に触れたせいか、盛大なくしゃみが出た。
「うひゃー、でっかいくしゃみしたなー」
「だから風邪引いてんだって」
「ならこんな所で話こんでないで、中入ろうぜ」
「あぁ、そうだな----って此処俺の家、」
「お邪魔しまーっす!」
「聞けよ!てかそれ言う相手押しのけて入るなー!」
シュウは今まで何度か来た事があるので、勝手知ったるといった具合に堂々と部屋へ入っていく。最もシュウなら、初めてだろうとこんな感じなんだろうが。事実そうだった。
「何処行くんだよ」
シュウが行こうとしている所は、およそシュウとあまり縁がないような場所だ。シュウはキッチンへと向かっている。しかし、どうやら本人の目的は其処らしい。
「でかっちょは其処に座ってな。オレが温めてやるから」
そう言って、鍋をセットした。シロンは言われた通り、椅子に座っている。
「温める……?食い物か何かか?」
「んー、飲み物。たまご酒ってんの」
「たまご酒……?」
初めて聞く物に、シロンは首を傾げた。とりあえず、名前に含まれているから酒だというのは解るが。
「えぇっとな、なんかアレに似てるって……そう、ホットドック!」
「ホットドック………? ひょっとして、エッグノックって言いてーの?」
「……………。 あぁ!そう!それだ!でかっちょ賢い!」
「なんで知ってるお前より知らない俺が当ててんだよ」
たまごの酒と聞いたから、もしかしてそうかなーと思ったらどんぴしゃりだったようだ。
「まぁとにかく!それが風邪にいいんだってば!オレも飲んだら一発で治っちゃった!」
「へぇー……って、ちょっと待て。酒だろ?お前が飲んでいいのか?」
「なんか、子供用と大人用のがあるんだって。でかっちょのは大人用な」
「ふーん……」
温めている間、これは日本特有の飲み物で、昔サスケがヨウコに作ってあげたのだとか、そんな話を聞いた。そして少しの時間が過ぎた。
「んー。そろそろいいかなー?」
シュウが鍋の蓋を開けようとするのに、反射的に立ち上がった。しかし、でかっちょは座ってて!と言われたので腰を戻した。
「火傷すんなよ」
「しねーよぉー。………って、ゥアチャチャチャチャッ!」
ほれ見ろ、とシロンは思った。そんなシロンの前でシュウは鍋の蓋と戦っている。
「えっと……コップとお玉-----あ、あったあった」
鍋の中を軽く掻き混ぜ、マグカップへと注いだ。
「ほいよ!」
と手渡され、受け取ったコップの中には優しい黄色をした液体があった。確かに、この色はたまごの黄身だ。ふわん、と立ち上がる湯気は暖かく、熱があるせいで悪寒のある身体を優しく包み込むようだった。
「さささ、遠慮はしないで、ぐぃっと一気に!」
「一体そーゆーセリフ何処で教わってくるんだよ……」
お前は日本の旅館の仲居か、とつっこみを入れてから、淡い黄色のそれを口に含んだ。
「お、……美味い。なんか、すげぇ美味いな、コレ」
シロンは思った事を素直に口にした。初めて飲む筈のそれは、なんだか懐かしいような味すら感じた。全身に温かさが染み渡る感覚が、なんとも心地よい。
「だろ!?だろ!?美味いだろ、それ!」
自分が良いと思っている物を、同じように思ってくれたのが嬉しいらしく、シュウのテンションが高くなっている。
「もう一杯、飲む?」
「あぁ」
二杯目は、じっくり味わいながら飲んだ。一杯目は温かさに酔いしれていたが、よく味わうとほんのり甘い。聞いてみれば、それは蜂蜜を入れているからだと答えた。普通は砂糖なのだが、身体にいい物を、とそうしたらしい。
「美味かったよ。ありがとな」
「どーいたしまして」
へへ、とシュウは嬉しそうに笑う。吊られるように口元を緩める。その時気も一緒に緩んだのか、軽い怠惰感が身体を襲った。けれどそれはさっきまでのような悪寒を伴うようなものではなく、むしろ睡眠を誘うようなものだった。身体が温かくなったのと、アルコールを飲んだ為だろうか。
「……あ〜、なんかすげぇ眠い……」
トロンとした目になっているのが、自分でも解る程だった。頬杖をついて、なんとか身体を起しているような感じだ。
「でかっちょ、寝る?」
「あぁ」
「なんかする事ある?額にタオルとか欲しい?」
「そこまで世話やかなくてもいいって」
やんわりと断り、シュウに帰宅を促す。
「それじゃ、俺寝るから。お前も適当に帰れよ」
「解ったって。ほらほら、でかっちょもさっさと寝る」
そう言って、シュウは立ち上がったシロンをぐいぐいと押した。小さな手の平が2つ、腰を力いっぱい押していて、痛いというよりはくすぐったい。
結局、そのまま押し込まれるようにベットへ潜った。横になると同時に、毛布が被せられる。シュウがしたのだ。
「おい………」
ただの風邪に大袈裟だ、と言おうとしたが、シーツをきちんとシロンの上へと被せているシュウの真剣な顔を見て、大人しく横になった。
肩を冷やさないように、と顎のすぐ下までシーツが引き上げられる。そこまでやり終わり、帰るかと思ったシュウは、まだ其処に居る。
「なんだ?」
「でかっちょが寝たのを見てから帰ろうかな、と思って」
「……見られてると眠れねぇんだけど」
自分のすぐ横、ベットの上に顎を乗せて、生首よろしくちょこんと顔を覗かせている。
「お。そーか」
シロンのセリフを聞いて、シュウはさっと下に潜った。
(だから、そーゆー意味じゃなくて)
視界に入らなければいいという問題じゃない。自分は送り出せないのだから、日の高いうちに帰って貰わないと危なくて仕方無い。
いつもみたいに力技で強制的にいう事をきかせようか、と思ったが、それ以上にベットの中が居心地良くて、起き上がるのを躊躇われた。どんどん落ちていく目を、こじ開ける事が出来ないで居る。温かい飲み物を飲んで、心身ともにリラックスしているからだろう。
このまま、気持ちよく寝てしまいたい。寝れば帰ると言っているのだし、丁度いいではないか。
それに異を唱える自分が出てくる前に、シロンは眠りの世界にゆっくりゆっくり沈んでいった。
なんだか、すぐ側にふわふわしたのがある。
そんな事を思い、シロンは目を覚ました。起き上がる時、軽い眩暈のようなものはあったが、実に快適な目覚めだ。頭も重くなく、むしろすっきりと冴え渡っている。いい眠り方をしたようだ。
たまご酒様様だな、と大きく伸びをすると、腰元に何かがあるのに気づく。そもそも目を覚ましたのも、何かがあると思ったからではなかったか。
何だろう、とシーツを捲って、シロンはぶふぉっ!と噴出した。
(な、な、な、何で風のサーガが横で寝てんだよ!!!!)
其処に居たのは、さっき帰ったとばかり思っていたシュウが、とても心地良さそうにすやすや寝ていた。安心しきって、実に無防備な寝顔だ。帰った筈なのになんで居る、というより、帰ってないから此処に居ると思うべきだろう。
全く予想してなかった事態に、少しばかり思考が完全停止していたが、は、と我に返る。
「おい、風のサーガ!……風のサーガ!!」
「ん〜……ムニャムニャ……でかっちょ〜、それはキャベツだってば〜」
がくがくと揺さぶって、起こしてみたが、全く目を覚ます気配すらない。それはそうと、こいつの夢の中で自分はどんな配役で何をしてるんだろう、と少し気になったシロンだ。
それにしても、なんでここまで目が覚まさないのか。シロンは不意に不安になった。風邪を引いていた自分と、どれくらい一緒に寝ていたかは知らないが、その間に移ってしまったのかもしれない。
とりあえず額に手を当ててみたが、シュウの方が熱いというような感じは無い。が、安心は出来なかった。
(そーいや、確か首の後ろでも確かめてなかったか?)
いつぞや見た番組に、そんなシーンがあったような気がする。シロンは早速実行に移し、けれど達成は出来なかった。
何故って、そうしようとシュウに手を掛けようとした瞬間に、
ズドン!と目の前を刃物が霞め、横の壁に深々と突き刺さったからだ。その果物ナイフを中心に、クモの巣みたいな皹が入った。
ぱらり、とシュウの頬にシロンの髪が数本散った。後数センチ、いや数ミリ顔が傾いていたら、鼻が無くなっていただろう。
こんな容赦無い真似が出来る相手と言えば、心当たりはひとつ。視線を移して見れば、案の定の相手が居た。
「……ワル夫……!」
「……シロン……貴様と言うヤツは……」
ランシーンは物凄く物騒な表情でシロンを見据えている。
「風邪を引いたと聞いて、その姿を見て指差して笑ってやろうと此処まで来てみれば………!!!!」
「お前って、つくづく自分のスタンス崩さねーよな」
「黙れ!風のサーガになんて事をしようとしている!ベットに引っ張り込むなどとなんてふしだらな真似を!」
「何もしようとしてねぇよ!つーか、こいつが勝手に潜り込んで来たんだよ!」
「問答無用だ!今日こそ貴様に引導引き渡してやる!
えぇい、思えば、倉庫で対決した時、甚振って遊んでないで、即!滅!死!と殺しておけばよかった……!!」
「あぁそうだな。あの後お前、羽白くなってみっともなく逃げ帰ったもんな」
「過去を蒸し返すな!!嫌なヤツだな!!!」
「お前が最初に持ち出した話題だろー!?」
「やかましい!死ね-------!!!」
「うっせぇ殺すぞ------!!!」
なんて2人がガチンコで決闘し始めたけど、シュウはすやすやと気にする事無く眠っていた。きっと将来今以上の大物になるだろう。
「……だからさー……モグラなんだよ、モグラ……」
シュウの意味不明な寝言はまだ続く。破壊音をBGMにして。
シロンが目を覚ましたのが、夕方と夜が曖昧な時間帯で、ランシーンとの殺し合い(と、呼んだ方がもういいだろう)に終止符を打たせた時にはとっぷりと日が暮れていた。なのでものすごい不本意ながらも、ランシーンにシュウを送ってもらう事にした。ランシーンは免許も車も持っているが、シロンは両方とも無かった。
「……そんな役立たずなお前が、どうして付いて来ている……?」
またいつでも戦闘再開が出来そうな顔で、隣のぎろりとシロンを射抜いた。何故助手席に座らせたかと言えば、そうしないとシュウの横になってしまうからだ。シュウは後ろの席で、毛布を掛けられ横になっている。
「俺の見舞いに来てこんな事になったんだから、俺が行くのが筋ってもんだろ」
「さっぱり理に適ってないな」
ランシーンは全く納得していないのだが、これ以上帰宅が遅くなるとシュウの両親が心配するので、不本意ながらシロンの説得(と言う名の殴り合い)の時間を省き、同行させているのだ。
「それに、お前だけにすると、風のサーガが何されるか解ったもんじゃねぇし?」
シロンがじろり、と横目でランシーンを見てそう言う。
「貴様と同類にするな」
「何言ってんだよ。お前は俺そのものなんだろ」
2人はしばし無言で居て、やがて同じタイミングでふん!とそっぽを向いた。
「あら、シロンさん」
と、ヨウコは少し驚いたように出迎えた。それはそうだろう。息子が見舞いに行った相手に、息子が背負われて帰宅したのだから。
「どうも、俺が寝ている間にたまご酒飲んだみたいで」
なのでこんなに眠っている、とシロンは説明した。ランシーンとの小競り合い(小?)の後、何気なく鍋を見たら、まだあった筈のたまご酒が殆ど無くなっていたのだ。
おそらく、大人用は子供のと何が違うんだろう、という好奇心だろう。その違いとはアルコールの有無な訳で、それを飲んでしまったシュウはきっちり酔っ払って寝てしまったのだ。
「もう、シュウったら……」
ある程度予想していた事なのか、苦笑いをしただけだった。腕に抱えたシュウを手渡そうかと思ったが、そこそこに育っているシュウにあの細腕が耐えられるのか、と思い部屋まで運ぶ事にした。車にランシーンを待たせているが、まぁいいだろう。
久しぶりに入ってみたシュウの部屋は、自分の記憶の中にあるのと寸分違わなくて、なんだか可笑しくて笑いたくなった。ベットに寝かしつけ、ヨウコに礼を言う。
「いやぁ、でもあのたまご酒って、効くもんだな。もう、完全に治った」
シロンがそう言うと、ヨウコはふふ、と笑う。
「風邪をひいた時には、とにかく身体を温かくしてよく寝ることなの。たまご酒は、それを誘発してくれるから風邪に効くって言われてるの。それに、風邪を治す時に必要な栄養もあるから」
「はー……なるほど」
シロンは深く納得した。
「これって、作るのに何か技術がいるとか?」
「いいえ、そんなには……」
「出来ればマスターしたいな、と思って。また風邪にならないとも限らないからな」
多分レシピがあれば出来ると思うと告げ、今度シュウに持たせるとヨウコは返事した。
そうなると、また近い内に来るんだな、と思い、菓子でも適当に置いておこうか、とシロンは考えた。手作りの方が添加物とか無くていいよな、と作れる菓子のレパートリーを浮かべながらマツタニ家を後にする。
玄関を開ければ、夜に浸った街の景色がただただ其処にあった。
そう、景色だけが。
ある筈のランシーンの車は、きれいさっぱり姿を消していた。
「………………」
あのヤロー!という叫び声が、夜の街に響き渡る。
あの風のサーガは季節関係なくはしゃぎ回るから(しかもおまけに服もそのままで)、明日にでも風邪になりかねない。
もしそうなったら、今度は自分がたまご酒を作ってやろう。サスケがヨウコにしたみたいに。多分、完璧に作れる筈だ。
3人分のたまご酒を作りながらシロンは、自分に礼を言っている風邪を引いたシュウを夢想して、ふふふ、とか笑みを浮かべていた。
「……なんか……あいつ笑ってやがるぜ……」
げほげほしながらウォルフィが憎々しげに呟く。
「……治ったらまず真っ先に、シロンをぶん殴ろう……」
額に冷却材を当てたグリードーは目を本気にして言った。
「うぉっ!なんかいい匂いしてきたなー!」
鼻にティッシュを詰めているリーオンはキッチンを気にしている。(←鼻に詰め物をしているのに何故解ったのか)
隔離するのには、遅かったようだ。それでも忙盛期を過ぎて倒れたのはさすがと言うべきか。
そんな冬のとある日。
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