空の青さを知って、風が産まれるときを感じた。
それから、1年。
珍しく全員揃っての朝食の後。
グリードーが沈痛な面持ちで切り出す。
「----ここで是非言って置かなきゃならない事がある」
「大丈夫グリたん。オレちゃんと待ってるから」
「違う!」
すぐ横に居たウォルフィが突っ込んでくれたので、グリードーは移動する事も声を張り上げる事もしないですんだ。
「----で〜?言いたい事ってなんだよ」
自分に後頭部を向け、ソファに寝転がってるシロンが面倒くさそうに呟いた。それに動じないグリードーは大物だと、朋友の中でまた一段と株が上がったのを本人は知ってるだろうか。
それはともかく。
グリードーは、言った。
「今月の金は今ので使い切った」
と。
「「「……………」」」
3人分の沈黙となると、静かだが重みはある。いや、グリードーのも含めれば、4人分か。
「……金が無い……って事は……金が無いって事か………」
うっかり間抜けな質問をする所だったのを、辛うじて気づいたシロン。
「えっ、じゃぁ今のが最後の晩餐かよ!?」
「やだなぁ、ウーたん今のは朝食だよー」
「だから違うっつーの!!あぁもう、無駄なカロリー消費させんなよ……」
げんなりするウォルフィに、リーオンはきょとんとする。
「そんなに深刻な問題?」
「当ったり前だろ。金が無いって事はメシ食う金も無いって事だ!」
「でもさー、どうせ誰かの給料日が来るんじゃないの?」
そう言う自分も3つ程掛持ちしている。まぁ、それのどれも1週間先なのだけども。
ウーたんはもうすぐでしょ?という意味合いを込めて上の質問をしてみたのだが。
ウォルフィは以前渋い顔のまま。
「俺ので一番近いのは5日後だ」
「………じゃ、グリたん」
「10日後」
返ったものはとてもシビアだった。
「……ぢゃ、ぢゃぁ一番近いウーたんの給料日まで、マジ断食?」
「マジ断食」
グリードーがセリフを借りて頷く。どちらかと比べるまでも無く食いしん坊なリーオンは、その現実にガビーンと衝撃を受け、茫然自失となる。
「……だから深刻になってんだろが」
溜息混じりに、ウォルフィ。
「気づくの遅ぇなー」
シロンは人事みたいに言う。
「……遅ぇな、じゃねぇだろ!!!」
ぎぬろ!とグリードーはソファで寝転がったままのシロンに目を剥いた。そうとも、此処からがある意味彼にとっての本題なのだ。
「気づかないでここまで放置していた俺も悪い。俺も悪いがな、何が事態をこうしたかと言うと、何も働かずにただ食っちゃ寝食っちゃ寝している居候を抱えてるからだろうが!つまりシロン、お前だ!!耳穿って他人事してるな-----!!!」
「あー?でも俺が此処に来たのって昨日今日じゃねぇだろ。それくらい計算入れてなかったのかよ」
あぁそうだった、とウォルフィとリーオンは過去を思い返す。
あれはとある冬の日、というかまぁ、3ヶ月前なんだけど。
その日は3人とも部屋でまったり過ごして何故だか覚えてないけど歴代のディズニー作品を順番に言い合ってたんだっけ。本当に何故だか覚えてないけど。
そんな時、ふらりと現れたのがシロンだった。
喧嘩して家を出た。ホテル泊まる金も無くなったから置いてくれ。じゃぁおやすみ。と承諾の声の前に早々にリーオンの寝床に入り込んだあの衝撃的な日(特にリーオン)の事を、忘れる方が難しい。
当然ウォルフィとリーオンは猛反対したのだが、この中でのシロンの知り合いでもあるグリードーが、あいつを野放しにしたら、この部屋だけじゃなくてこの街がとんでもない事になる、と冗談で済めば幸せなのにね……というような顔で言われたので、従うしかなかった。むしろそれ以外どうしろと?(←2人の声)
まぁそう言った経緯で。シロンは此処に居るわけだが。
居るだけで。
何もしない。食事くらいはしてくれるが、単に自分が食べたいからしているけだ。
「………何だとその言い草は」
過去を思い出していたら、先ほどのシロンのセリフがグリードーの逆鱗に触れたどころかモロ直撃したらしい。
「シロン!!お前はこの3ヶ月で何をしていた!ただぼーっとしてはぼーっとしてそれからぼーっとしてぼーっとしてぼーっとしているだけだったじゃねーか!!」
「うるせーな!家族問題で心病んではるばる異国まで単身尋ねてきた友人に気遣いってものは沸かないのかこの熱血野郎!!」
「だいたい毎日きっちり3時におやつ食うし!」
「俺は高貴なイギリス人だからアフターヌーンに紅茶がかかせねぇんだよ!!」
「だったらとっとと自国に帰れ-----!!二度とここの大地を踏むな----------!!!」
ごぶし!
グリードーの拳がシロンの横面にクリンヒットした。
「……あ、ウーたん、コーヒー少し残ってるよ」
「じゃ、それ飲むか。お前はどうするよ」
「オレあんまりコーヒー好きじゃないから」
「そうか。1人で悪いな」
「ううん」
「いやぁ、こうしてベランダで飲むコーヒーってのもいいよなー」
「そうだねー、部屋の中から破壊音が聴こえなかったら、もっとよかったのにねー」
「そうだなー」
そして25分後。
「そういう事でお前にバイト先に連れて行く。でもって働いてもらう。それが嫌なら今すぐ追い出す。この街がもうどうなってもいいから追い出す!!!」
と、グリードーの思考回路がヤバイ事になってきたので、シロンは大人しくついて行く事にした。その顔はいかにも行きたくなくて仕様がない、という心境を如実に表に出していた。いっそ見事なくらいだ、とウォルフィは思い、歯医者に連れて行かれる子どもみたい、と言ったリーオンはどつかれていた。
「なぁ、シロンって何歳だ?」
無視されるのをちょっと前提にウォルフィは訊いてみた。そして、こういう覚悟をしている時に限って、ちゃんと返事をしてくれるものだ。
「24」
「その歳で無職ってのは、そろそろ焦った方がいいんじゃねーの」
「……うるせーってんだよ」
不機嫌な声を受け取り、ウォルフィはそれ以上は訊かず肩を竦めた。
シロンは前三人と少し距離を空けているので、ちょっと見たら4人でひとつの団体だとはあまり解らないだろう。
当然の事ながら。シロンはいつまでも愉快なスリーアミーゴーズの部屋に、住み着いていたい訳でもない。あくまでホームレスにならない程度の、急ごしらえの応急処置だ。
でも、とりあえず何かしようと思って外に出れば、まず空の青さが気になる。そして、吹く風に意識が向く。
あの、子供の顔が脳裏に浮かぶ
「……………」
今、こうしている間にも、あの澄んで大きな双眸とか、眩しいばかりの笑顔とか思い出してしまって。
前方不注意になって電柱に激突して前を歩く3人に大爆笑されてまた乱闘しかけた。
<END>
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