スカイブルー <C39、M11、Y8、B7>
それは、夏の晴天の午前10時から午後3時までの間、水蒸気や埃の影響の少ない大気の状態におけるニューヨークから50マイル以内の上空を、厚紙に1インチ角の穴あけてそれを目から30センチ離してかざし、その穴から通して見える色の事である
(……ッて、フツーの空色じゃねーか)
誰に言うでもなく自分にツッコミ、穴を開けた厚紙をぺぃっと放る。
折角、というかその時一番早い飛行機がたまたまNYだったので、以前になんとなく聞いたこの実験(?)をしてみた訳だが。どういう事か、シロンは聞いた事をするっと覚えてしまう----それはもう癖だった。役に立つのもあればそうでないものある。例えば、どこぞの電気ネズミが「ピカピー」とか言ってる時はそれのトレーナーの名前を呼んでいるんだよ、とか言ってもへぇのひとつも押してはくれないだろうて。
それはともかく。
階段に腰掛けて、ひたすらぼーっとする。考えた事と言えば、座る時にズボンが汚れるな、と思った事くらいだった。
そんなシロンを、誰も気に留めるでもなく、通り縋る人々は皆自分の日常を忠実にこなしていた。今はその無関心さがありがたい。親切だったとしても、今声をかけられたら不機嫌のまま、怒鳴り散らしてしまいそうだから。
「-----ねぇ、そんな所に座ってどーしたんだよ。気分悪い?」
とか思っていたらこれだ。
あーぁ、とげんなりしながら無視を決め込んだら、やっぱり気分が悪いんだ、とか思いっきり履き違えてくれて呼びかけては肩を揺さぶる。
よし。
シロンは決めた。
キレよう。
掛かるシルエットや声のトーンから、相手が子供なのは容易く想像できる。何か言葉を発するでもなく、ひと睨みすればすたこらと退散するだろう。
ちょっと怖い思いをされるかもしれないが、自分の逆鱗に触れた報いだ。実に勝手な結論を出し、シロンは振り向いた。
が。
折角力を混めた眉間は瞬間、萎える。
思った以上に間近にあった子供の、あまりに澄んだ双眸をまともに見てしまって。
「………………」
「なぁ、マジで大丈夫か?柄の悪いにーちゃん!」
その声に、はっと我に返った。
「っ、誰が柄が悪いってんだ!!!」
怒鳴れば、やっぱり怯えた。
「ひぃぃぃっ!?だって、飛行帽被ってるからぁ〜」
「清々しく無関係だろそれとこれは!」
怯えているが、逃げない。
変なやつ。
とりあえず、それが第一印象。
「……じゃ、気分悪いとかじゃねーんだな?」
「あぁ、そうだよ」
むす、としながら律儀に答えてやる自分を、少し不自然に思いながら。
それで。
「んだったら、こんな所に座り込んで何してたんだよ」
そんな子供の問いかけに。
「………空を、」
空の青さを見ていたんだよ
うっかり本音を言ってしまった。
バカヤロウ!と自分に怒ってみる。そんな事を言われれば、よくて爆笑、最悪変人扱いだ。
動揺にあまり、視界に居る筈の子供が見えなくなる。
ようやく、見えるようになった時。
子供は微笑んでいた。
「…………」
目を見た時と同じように、シロンは何も言えなくなった。ただ、この笑顔をずっと見ていたい。自分で壊してしまいたくない。そんな気持ちで。
「そうだろ!?ここの空、いい色してるだろ〜??」
自分の手柄みたいに喜ぶ。
「クラスの連中に言っても、どこも同じ空色じゃん、て言われるんだけど。あ、マックは別な」
マックって誰。
そんな基本的なツッコミも出来ない。
「もしかしてさ、どっかから来た人?」
「……あぁ、ロンドンから」
「そっかー、発音ちょっと違うと思ったんだ!」
自分の考えが当たっていた事に、満足そうに頷いて。
目の前の時計塔を見て、あ、時間だ、と立てかけてあったキックボードに乗る。
「じゃ、ゆっくりしてけよ〜!オレのお勧めはブルックリン橋!!いい風吹くんだ〜!!」
上半身を後ろに捻ってぶんぶんと手を振り、駆けて行くのを転ぶんじゃないか、とか思いながらつられて手を振って応えてしまった。
「…………」
何……だったのだろう。今のは。目の前に広がる退屈な日常から、放り出されてしまった気分だ。
けれど決して悪いものではない。
もう一度空を見上げる。
さっきと寸分違わない空なのだろうけど。でも。
青い
空が、青い
スカイブルー、だ
これが、空の色
ふと、風を浴びているのを気づく。
この風は、子供が去って行ったのと同じ方角に向かっている。用は、あの子供の走って行った軌跡だ。
あの子供が風にした空気なのだ。
「…………」
これを追いかけて行けば、また会えるのだろうか。
何考えてんだ、とすぐに否定したその考えに、暫くシロンは縛られる事になる。
<END>
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