カンカンカン、と階段を下る音が大きいのは、一段飛ばしているのと、その音を立てている主の心の荒れ模様と反映しているからだろう。もっと静かに降りろよな、と心の中で悪態つくウォルフィも、当然荒れていた。そして部屋も荒れていた。
リーオンと喧嘩をした。そう言ってしまえばそれまでなんだけど。
ここまで思い切った盛大な喧嘩は久しぶりだった。激しいボケツッコミはいつもの事だったけど。
最初、本当に些細な事から始まって、それから修復不可能なくらい拗れていった。グリードーが居たら事態は丸く収まっていかのかもしれないが、居なかったのだからどうしようもない。
もうどっちかが出て行かなければ止められない状態で、出て行ったのはリーオンだった。あと少し出て行くのが遅かったら、多分自分が出ていったのだろう。
苛立った精神を落ち着かせる為、煙草を出して火をつけた。こうして室内で吸うのも久しぶりだった。リーオンが嫌うから。
酒とか煙草とか、そういう匂いを嫌うなんてあいつは本当に子供っぽいと言うか。時々同年代なのか疑いたい時がある。
「…………」
リーオンの事ばかり考えてしまい、ウォルフィは、火をつけたばかりの煙草を携帯灰皿にねじ込んだ。
どーせあいつの事だから、30分もしない内にお詫びの品とか言って自分が食いたいだけの物ぶら下げて、あの強面、情けなくして戻って来るんだろう。
そうしたら、すぐに声は掛けてやらないで、暫く無視を決め込んでやる。それで、また拗れそうになる前にメシ食いに行くかとでも言えばいい。それでもう終わりだ。
ガタガタとあらぬ姿勢になった家具類を戻しながら、ウォルフィはそんな算段立てていた。散らかった室内、リーオンに片付けさせたい所だが、荒れたままの部屋で居るのはあまりいいものではない。でもやっぱり自分だけが片付けるのは癪だから、メシはあいつのおごりにしよう。うん、それがいい、と一人で納得しながら、テーブルを起こす。
しかし、ウォルフィの予想の30分経ってもリーオンは戻って来なかった。1時間経っても、2時間経っても。
そうして、気づけば日付を超えてしまっていた。
どーしたんだアイツ。まさか事故か事件にでも巻き込まれたりでもしたのか。売られた喧嘩で大怪我したのは、そんなに昔の事でもない。
しかし、いくら子供っぽいとは言っても本当の子供じゃないんだから、そんな心配するのは過保護だろう。どうせ明日はブルーノの所でのバイトだ。嫌でもそこで顔を合わすだろう。リーオンは自分の心情で仕事をすっぽかすようなヤツではない……筈だ。
それでも来なかったとしたら、それは、
「……………」
そうなったら……オヤジさんか坊ちゃんが連絡取ればいいさ。
テーブルの上にある、自分の携帯電話を素通りするようにベットに横になった。
部屋を出て行く時のリーオンの捨て台詞の中で、あの時の自分の呼び名はいつも通りの間抜けなものだったか、普通に呼んだかが、どうしても思い出せなかった。
そして、次の日----
「あ、ウーたんいらっしゃ、」
ボギュルルルゴッ!!!!
「ごふぅっ!」
ウォルフィの回転捻り付きの左ストレートを受け、竹箒を持ったまま吹っ飛ぶリーオン。吹っ飛んだ先で殴られた頬を押さえ、涙眼になってウォルフィを見上げた。どうでもいいが、あの威力のパンチで涙眼になるだけで済んでいいものだろうか。
「うぅぅ〜、ウーたん何するの」
「俺はお前を殴った!それで!お前はここで何してんだ!!?」
「庭掃除」
「その姿見て誰もお前がモビルスーツの手入れしてるとは思わんわ-------!!」
「なんでオレがMS-06ザクやMS-07グフのメンテナンスしてなきゃならないんだよ」
「そこまで詳しく言ってねぇよ!!」
「あぁ、ウォルフィ来たか」
と、言いながらグリードーが顔を出した。何処かの組の若頭を張っていそうな面構えが麦藁帽子を被り肩にタオルをかけて枝切りバサミを携えて登場するのは、不釣合いを通り越してまた違う意味での恐怖が沸き起こってきそうだ。
「グリードー!こいつ何時の間に此処に来たんだ!?」
「あー、昨日の……夕方過ぎ、だったかな?」
て事はリーオンは、家を飛び出してすぐに此処へ転がり込んだ訳だ。此処へ、というかグリードーの所へだろうが。
そうしてひと段落ついたグリードーをとっ捕まえ、これこれこういう事があってこんな事になっちゃってこれはどう考えてもウーたんの方が悪いよね絶対悪いよね!あ、おかーさんタンシチューもう一杯いただけますか?(←4杯目)とかいう調子だったらしい。
「……リーオン………お前はどこまで恥ずかしいヤツなんだ……?」
据わった目とドスの効いた声で、ひたすらリーオンの眉間を拳でぐりぐりと押さえつける。
「いたたたたた頭が!頭が割れるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「割れちまえそんな頭!!」
「そんなー!食べすぎたかなーって思ったから、こうして庭掃除とかしてんじゃんー!!」
「そもそも食いすぎるな!!!」
ばがん!と最後に一発殴る。
「おーい、そろそろ仕事入ってもらいたいんだけどよ」
「あぁ、悪ぃ悪ぃ」
ばさり、と投げ寄越されたエプロンを受け取り、痛そうに頭を摩っているリーオンに被せる。急に視界が暗くなって、じたばたするリーオン。
「わー!暗いー!」
「さっさと立てよ、馬鹿」
「あぁ!馬鹿って言ったな!馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞー!!」
ずび!と指差し言い切る。が、
「そっちに居るのはグリードーだぞ」
ウォルフィの声に、エプロン被ったままのリーオンはぐりっと半回転し、
「馬鹿って言った方が、」
「いーから行くぞ、っての」
ずび!と指を突きつけた腕を取って、リーオンを引きずるように連れて行った。
オモチャというのは一種の諸刃の剣のようなもので、時と場合によっては凶器になりかねない。それを少しでも回避すべく、2人は積み木の角をヤスリでごりごり擦っていた。
「お前さぁ、」
と手を休めずに口を開いたのは、ウォルフィだ。
「ぼっちゃん家に来たんなら、そう言っとけよな」
「あれ、ウーたん心配した?」
嬉しそうにへらっと言うリーオン。
「そりゃするさ。同年代の迷子を引き取りに行くのなんて、恥ずかし過ぎるからな」
「どーしてそんな方向なんだよ!」
「手ぇ止めるなー」
そのセリフに、言い足りなさそうな顔をして、再び作業に向かうリーオン。
「……でも、まぁ、お前は出て行った時は少し吃驚したかな」
ぼそり、と呟くように言う。
「そこまで怒らす事、何か言ったか?俺」
別に話蒸し返す訳じゃねぇんだけど、と付け加える。
「あぁ、うん……何て言うかさ」
リーオンも少し言いにくそうに、声を小さくして言った。しかし、次のセリフを言う時には、いつものテヘっとした間抜けな笑顔で、
「散らかった部屋見て、これ片付けるの嫌だな〜って思って思わず出ちゃったんだv」
「………………………………………」
こいつをちょっとでも傷つけてしまったのかもしれないと、思った俺が馬鹿だった、と、リーオンの脳天に拳を決めながら思った。
<END>
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