カライス





 一瞬、何が起こったか解らなくて。
 偶然が重なったんだと、思う。
 自分がたまたま此処に来た日に、どっかの馬鹿がクスリ出して頭パーにして、よりによって殺人願望目覚めさせてピストル持ってやって来て。
 自分を標的にして。
 聴こえたのは螺子の切れた笑い声、誰かの悲鳴と。
 それから、銃声。




 がっしがっしと歯磨きしながら移動してると、アホな調子の鼻歌が聴こえた。考えるまでも無く、リーオンだ。
 玄関で座り込み、ブーツの紐を編み上げている。無駄な動きの多い様子に、不器用だなぁ、とそれを眺める。
「あ、ウーたん。ちょっと出かけてくるね」
 自分の気配を感じたのか、振り向いて言う。ブーツを履き終えて、立ち上がって。
「あー、そう」
 半分寝ているので、気だるい返事。
「で、何処行くんだ?」
「うん、メキシコ」
「ふーん、メキ………
 メキシコ?」
 と、玄関を見れば。
 もう、リーオンは居なかった。




「ウーたんただいまー!!」
 スパーン!
「いたぁーい!!」
「当然!」
 この日の為に作っていたハリセンをぺぃっと無げ、リーオンに言う。
「なんで〜?1人でメキシコ行ったのがそんなに悪いの?」
「あぁ、そうだな。行ってくれたな。
 まるで近所のコンビニ行く時みたいな感じで、一ヶ月も」
 頭を抱えてしゃがみ込んだリーオンに、口を引き攣らせながら言う。
「いくらなんでも、当日いきなり言うヤツがあるか!」
「じゃ、次から気をつける」
「最初からそうしとけー!!」
「うぇぇん。ウーたん怖いー」
「お前の顔程じゃねぇよ!!」
 話聞いてるのかこいつは。もう一発叩こうかと、ウォルフィが再びハリセンを構える前に。
「はい、ウーたんの分」
 ぽん、と投げ寄越されたので、受け取る。
 手にあるのは、トルコ石。とりあえず研磨されてるが、それだけの素っ気無いものだ。
「なんだこれ」
「トルコ石」
「いや、そうじゃねぇよ」
「オレが研磨したんだよ」
「あー、どうりで雑」
 酷!とすかさず言われたが、無視しよう。
「で、これどーすればいいんだよ」
「好きなようにしていいよ。ネックレスでもブレスレットでも」
「じゃ、換金しようかな〜………」
 本物ならいい値が付く、とぼそりと。
「うわ、ますます酷!!」
 そう喚くリーオンに、冗談冗談、と軽く流した。
「それでね、」
 と紅茶飲んで一息ついたリーオンが言う。ディーノに振舞われて以来、リーオンは紅茶党になっていた。それまで紅茶のこの字すら知らないような生活だったのに。
 リーオンが話を続ける。
「向うで面白い話聞いてさ」
「ふぅん?」
 と、返しながらベルトにつけようかな、とか手の中でトルコ石を転がし、考えて居る。
「えーと、なんだっけ。あぁ、あれだあれだ」
 思い出しながら喋るなよとひっそりツッコんでみたり。
「トルコ石にはなんか不思議な力があってね、持ち主の身代わりになってくれるんだって。で、その時には石が欠けたりするんだって。でもそれは貰った物じゃないとだめなんだって」
「……へぇー」
 それは初耳だ。
「うん。で、それ訊いてウーたんのお土産それにしようって決めたんだ。
 ウーたんもよく喧嘩吹っかけられるしさ、まぁお守りにでもって感じで」
「……リーオン」
「何?」
「俺が一番命の危険を感じたのは、お前のアイス食っちまって、目玉が飛び出るんじゃねぇかってくらいにお前に額殴られた時だ」
「……やだな、ウーたんそんな昔の話、」
「1ヶ月前だよ」
「ま、まぁ気にしないで」
「する」
「……あ、あー、他にもお土産あるんだ!」
 えっとね、えっとね、と声に出しながら鞄をを探る。なんて話題転換の下手なヤツだろうと、呆れながら眺めていた。




 ……って、なんでこの前のやり取りなんか思い出してるかな。
 もしかしてこれが走馬灯ってヤツ?うわー、何でリーオンが出て来るんだよ。この世の最後の記憶があいつだなんて最悪もいい所だ……
 あー……痛ぇ……
 って。
(全然痛くない)
 身体に手を当ててみても、覚悟していたおびただしい流血も無い。
 まさかキチガイ野郎が襲ってきたのは夢か?と一瞬思ったが、目の前で不特定多数の人に取り押さえられているのは、まさしくそいつだった。側には拳銃も転がっている。硝煙臭い。
 警官が側にやって来て、怪我は無いかと訊く。頷いて、この後事情聴取があるから留まって欲しいとの事だ。
 ふと周囲を見れば、自分の後ろの建物の壁に銃痕を見つけた。
 しかしこの男も間抜けな。こんな近い距離でよくも外せれたものだ。
 貴重な休日がつぶれたなぁ、と危機が去ってしまえば呑気なものだった。
 と、その壁をぼーっと眺めていて。気づく。
 可笑しい。
 床はレンガを組み敷いたものになっていて、自分が立っていたのは色の違うレンガでラインが引いてある場所で。それの延長線上に男が居て。
 銃弾のめり込んだ壁もまた、その線の上にあった。つまり男の放った銃は、間違いなく自分へと向かっていたのだ。
 それが外れるなんて、可笑しい。それどころか、ありえない。しかし、自分は無傷で………
 混乱した頭の中で、またさっき思い返していたセリフが過ぎった。

『トルコ石にはなんか不思議な力があってね、持ち主の身代わりになってくれるんだって』

(そう言えば、今日のベルト………)
 あの時のトルコ石をくっ付けたヤツだ。服を少したくし上げて、石のある所を覗いて見る。

『で、その時には』

「!」

『石が欠けたりするんだって』

 欠けていた。




 自分だって今日思い出したくらいなのだ。あげた本人とは言え、けろっと忘れているに違いない。
 だから、家に帰ったらまた菓子でも食いながらテレビ(かなりの確率でアニメ)を見ているリーオンの頭引っ叩いて。
 明日メシ奢ってやるぞ、と言ってやろう。




<END>





辛い酢。ではなくて。トルコ石っつーラテン語。

この2人が喧嘩したらどっちかの何処かの骨は折れてると思う(なんだそりゃ)