いや、かなり早い段階から異変には気づいていたんだよ。だっていつもはけたたましい8ビートの足音が、引きずってるような(実際引きずっていた訳だけど)重いものだったし。
でもそれくらいで大慌てで駆けつけたりしたら、過保護とかなんとか言われそうなのが嫌でほっといて。
もし出来るとしたら、その時の自分に大バカヤロウ、とか怒鳴ってみたい。
ウーたん、と一向に直さない間抜けな呼称をした声は掠れていて、開けたドアは閉まらないで。
振り向けばドア口の側面に凭れ、ずるりと倒れかけてる姿。
声も出なかった。
「リーオン!!」
とりあえずは無意識に顔が見たくて、俯いた顔に潜らせた手にはぬるっとした不吉な感触。
よいせ、と半身だけ膝に乗せたリーオンは、とにかく血まみれだった。真っ赤だ。ただえさえ赤い頭部だってのに。いやそうじゃなくて!(自分ツッコミ)。
「……ウーたん……?あぁよかった。部屋間違えてたらどうしようかなとか思った………」
呟いた声があまりにも弱々しくて、何言ってんだバカヤロウ、とかどつきたくなる。
「ゲーセン出た所でさ……待ち伏せされて多勢に無勢ってやつで……
でも最後に下手こいた……」
一応、全員伸してきたけど、と言う。
「下手こいた、じゃねーだろ!おい、しっかりしろ……」
と。かなりヤバい事に気づいた。出血しているのは頭部からじゃない。いや其処からもだけども。
目、から。
「切られたのか!?」
「うん、ナイフでさー……油断しちゃった。まさかもう1本持ってるなんて……」
生乾きの血が瞼をふさいでいて、もう片方も血が入ったのか薄っすらと開けるのが精一杯みたいだ。
電話、と探して机の上に置きっぱだったのを思い出す。チ、と舌打ちし、机に戻る。
かける先は救急、じゃなくスパークス邸に居るグリードー。そっちの方が絶対早い。
電話に出たグリードーの声があまりにも日常的で、後ろでぐったりしているリーオンと比較して眩暈がした。
「すまん!リーオンがヤバいんだ!すぐこっち……」
と。どさ、と何かが倒れた音がして。振り向けば横たわっているリーオン。
携帯電話を放り投げて向かう。放り投げてどうすんだ、とまた自分にツッコミを入れる。まぁ、あれなら異変を察知して飛ばしてきてくれるだろう。
「今グリードーに連絡したから!もうちょっとこらえろ!!」
半身を慎重に起し、いっそ煩いくらいに呼びかける。うー、と小さく呻いてリーオンが目を開けた。
「ウーたん……オレ、凄く眠い……」
「寝るな!!寝るんじゃない!此処で寝たらもろ死ぬパターンじゃねぇか!!」
「……でも………」
「何だ!」
「ついさっきまで完徹でゲームしてたから超眠い………」
「何やってんだバカヤロ-------!!!」
べしぃ!とウォルフィのツッコミを食らったのが、リーオンの最後の記憶(ていうか間違いなくそれで気を失った)。
ふと意識を取り戻してみれば、辺りは真っ暗だった。
けれど、感じる風の匂いは、日向の薫りをさせている。
って言ったら、まだウーたんにお前はどーぶつか、とか言われちゃうんだろうな。
此処は何処、とか何で見えないの、とか思う前にウォルフィの事を考えるなんて、大概呑気だな〜、とか1人で笑ってると。
「なーに笑ってんだよ」
「ふぎゃ、」
んに、と鼻を摘まれて、おかしな声が出る。
「ウーたん居るなら居るって言ってよ!」
「ちょっと席外してたんだよ。今来た所だっての。
……しっかしお前よく寝たなー。丸二日ぐっすりだ」
「えぇッ!?そんな寝てたの?」
「寝てた」
おそらくは、徹夜と負傷のダメージのダブルパンチからだろう。自分のツッコミは無関係だ。……と、切実に思いたい。
「うわー……なんか二日損した!」
「なんだそりゃ」
「つーか、此処何処?」
ようやくその質問が出たか、とウォルフィはちょっと苦笑する。
「ぼっちゃん家。病院より此処の方がいいだろ?」
生憎自分達のアパートは重負傷者が居るのに相応しくない。
「うん。病院の匂い、オレ嫌いだもんなー」
「どーぶつか、お前は」
デコぴんくらい、あぁやっぱり言った、とリーオンはちょっと可笑しくなる。
「目の傷だけど」
と、言ったウォルフィは切り出す。
「普通の切り傷で、見えなくなるって事にはなんねぇってよ。まー、今は大事とって包帯巻いてるけどな」
「へー、そう」
「そう」
「……あー、良かった!本当、本気でもう見えなくなったかも!って思ったから」
「あぁ」
安堵したリーオンの、頭を何だかめちゃくちゃ撫でてやりたくなったが、そんな年齢の相手でも無いからやめとく。
「て事で、ぼっちゃん達にも思いっきり迷惑や心配かけちまったから、後でちゃんとお礼言うんだぞ」
「うん解った」
こっくり、と見えない相手に向かって首を振る様が可笑しい。
リーオンが意識を戻した旨を伝えに、早速ディーノ達の所に向かおうと。
するその前に、少し。
「お前さ、次から直接病院に行けよな。何だってわざわざ戻って来たんだよ」
病院にまで行かなくても、近くに公衆電話くらいあっただろうに。
そう言うと、リーオンは。
「うーん、あのさ。目ぇやられてさ、あ。こりゃヤバイな、見えなくなったかもなって思ってー」
「で?」
「最後にウーたんの顔見て、それ絶対に忘れないようにしなきゃ、って思ってさ」
「……………」
「? ウーた、ふに゛ゃっ!」
返事が無かったのを訝しんで、呼びかければそれが終わらない内にまた鼻を摘まれた。
「なにすんのってばー!」
「……ばーっか。何しおらしい事してんだよ。そんなキャラかっての。
だいたいそんな簡単に見えなくなるでもないだろ。特にお前は」
「何それ!ちょっとくらい心配してもいいんじゃないの!?」
「あぁそうだな。そのうち」
「その内って何時だよ-----!!」
「じゃ、ぼっちゃん達に報せに言ってくるから」
「あ、いってらっしゃーい」
怒ってたくせにいってらっしゃいかよ、とか思いながら退室。
「目を覚ましたの!?あぁ、良かった」
胸を撫で下ろすディーノに、ウォルフィは申し訳なく言う。
「すみません、ぼっちゃん。心配かけちまって」
「……僕なんかより、ウォルフィの方がよほど心配してたじゃないか」
にや、としたり顔で言うディーノに、うわシュウみたい、とかツッコミ損ねる。
いやだって、気を失ったきっかけが自分のツッコミだったし、長い付き合いで、拾ったイヌだって3日飼えば情が沸くって言うし。
いろんないい訳が頭の中を駆け巡って。
でも此処にはリーオンが居ないから。
「えぇ、まぁ」
と、素直に認めた。
<END>
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