ウィア





 某月某日。
 ウォルフィーくんとリーオンくんが喧嘩をしました。




「喧嘩じゃねーよ!ありゃ絶対ウーたんが悪い!!ウーたんがあんなに酷いヤツだっただなんて、思ってなかった!!!」
 ウーたんのバカー!と、リーオンは罵ったりおいおいと泣いたりと忙しい。
「リーオン、落ち着いて。どうしたの?何があったの?」
 と、土下座するような格好で地面に対して打ちひしがっているリーオンに、ディーノはそう呼びかけた。
「だってぼっちゃん〜〜、ウーたんてば酷いんですよ〜〜?」
 だばーと涙を流すリーオンが語るには、こんな事があったらしい。
 事の発端は、シュウがリーオンを追いかけていた事から始まる。


「嫌だ嫌だ絶対ぇ嫌だ---------!!」
「何でだよー!全部くれって言ってんじゃないんだからさ------!!」
「やだ----------!!!」
 厳つい顔したライオンが、その半分の背丈も無い子供に追い掛け回されているというのは、何ともシュールなものがある。
 で、何をそんな鬼ごっこをしているかと言えば、
「マクラ作るから、中身用に羽ちょーだい♪」
 とかシュウがリーオンに強請ったからだ。もちろん、その答えはNOである。リーオンは思いっきり拒否した。
 が、シュウの諦めの悪さは、そう長い事付き合ってもないリーオンでも解るくらい、悪い。なのでとりあえず逃げるしかない。狭い屋上の上を、ドタバタと猫と鼠の追いかけっこさながらに走り回っている。
 飛んでしまえば楽に逃げれるのだが、
(そしたら絶対、それでも追いかけて来るし!それで危ない目とかになったら、あいつらが黙っちゃいねぇ!)
 あいつらとは勿論二体の白黒の風竜の事だ。
 実際似たような事でリーオンは数回ボッコボコにされている。タリスダムに還れば傷は治るよ、とかいう問題じゃないのだ。その時を思い出して、リーオンの顔が青ざめる。
 自分に説得できるような論理武装は備わっていないのは、よく解っている。なので、
「ウーたん、何とかしてー!!」
 そんなリーオンが、壁に垂れて胡坐かいてる姿勢で昼寝している朋友に救いを求めるのは当然だった。
「……あぁ〜〜?なんだよ…………」
 かなり不機嫌そうに見えるのは、その通りだからだろう。割りと深い眠りだったようで、あれだけ派手な足音立てても起きなかったのだ。つまりそれだけ眠たいのだ。それを強引に起こされては腹も立つ。
「あっ!ナイス、図書委員!そのまま、捕まえといてくれっ!」
「だから嫌だってば!それと、図書委員は俺!」
「………、何がどうなってんだよ」
 ウォルフィは低い声でぼそぼそ呟いた。
「羽毛マクラ作りたいのに、体育委員が協力してくれないんだよ!」
 ぶー、と口を尖らせてシュウが説明した。
「だって、俺の羽寄越せはないだろ!?てか、シロンかランシーンに頼めよ!」
 シュウが喜ぶのなら、あの連中は羽が禿げようが頭が禿げようが一向に構わないだろう。と、リーオンは思う。
「だって、あいつらのじゃデカ過ぎんだもん」
「あぁ、そうか。……って、だったら切ればいいだろーが!」
「面倒臭いからヤだ!」
「手間を惜しむな------!!!」
(あぁ〜〜、うっせーな………)
 睡眠に浸りたいウォルフィは、目の前で展開される馬鹿でかい会話に顔を顰めた。そして、それを打破する最も簡単な手段に出た。
「ねぇ、ウーたんも何とか言って…………」
 ぶちぶちぶちぶちっっっ!!
「っっいったぁ----------!!!」
 リーオンは目を剥いて叫んだ。ウォルフィの手には、ブーケ程の羽の束が握られていた。
「ほらよ、部長。こんなもんでいいか?」
「わー!サンキュウ!ありがとさん!」
 シュウはそういい、手に持っていた袋にそれをぎゅむぎゅむと詰め込んだ。大きなネッカチーフと思っていたら、中身が入る前の枕だったようだ。やっぱり模様は豹柄なんだな、とウォルフィは思った。
 じゃあなー!と枕を完成させる為、シュウは下に降りていった。
 やれやれ、これで眠れる、とウォルフィが再び目を綴じて壁にもたれた時、
 ボグゴッッッ!!
 と、思いっきり頭をどつかれた。
 勿論、この場に居る自分以外はリーオンしか居ないので、リーオンが殴った訳だ。
「いってぇ!何すんだ………っ!」
 目から火花が散る程の威力で、殴られた所の痛みはまだ尾を引きそうだった。ウォルフィが文句を言おうと、リーオンの方を振り向けば。
 目に涙を溜めて、リーオンが怒っている。その怒りは、おやつを先に食われたとかいうものとは違っていて。
「……ウーたんの……っ!」
 リーオンは思いっきり息を吸い込み、そして一気に言った。
「バカアホトンマ間抜け死ねバカクソッたれ-----------------------------ッッ!!!!」
 リーオンの肺活量がそのまま言葉に乗って来ているようで、言われてる最中、ウォルフィの髪が風圧で後ろに靡く。
 そして、言い終わると同時に、リーオンは翼を翻し、空を飛んで行った。
 ウォルフィが毟った名残で、羽がひらひらと舞い落ちる。ウォルフィはそれを眺め、
「………つーか、「バカ」を2回言った」
 それだけは言っておいた。


 聞き終わった後、ディーノは額を押さえて溜息を吐いた。
「……あのバカ。何やってんだ」
 ここでディーノの言うバカとは、シュウの事である。
「リーオン、ウォルフィは悪くないよ。悪いのは全部シュウ」
 連れて来て謝らせるよ、というディーノの言葉に、リーオンはぶんぶんと首を振った。
「いーやっ!酷いのはウーたんですよ!助けてって言ってんのに、ごそっと羽毟りやがってえぇぇ〜〜〜〜!!」
 怒りがぶり返したのか、牙を見せてガルルルッ!といきり立つリーオン。ディーノはそれをなんとか宥めようとする。
「ウォルフィだって、悪気があって毟った訳じゃないんだからさ。ね?」
「ぼっちゃんは今まで羽を毟られた事が無いから、そんな事が言えるんですよッ!!」
「……そりゃ、無いけど」
 そして今後一生無いだろう。
 なのでいまいち気持ちはよく解らないが、羽を毟られたというのはよほどショックのようだ。リーオンはまだ憤慨している。
「何が固い絆で結ばれた、だ!ありゃ、いざって時に平気で敵に味方を差し出すタイプですよ!最低ですよ!もうウーたんなんかとは絶交だ!」
「ぜ、絶交って……そんな、早まらないで!」
 いきなりの絶交宣言にディーノはぎょっとして、とても慌てた。
「いえ!絶交です!もう、あんなヤツの顔なんか見たくも無い!!」
 しかし、リーオンの決心は固いようで(少なくとも、今この場には)、ディーノはとりあえず何か気を逸らさないと、と考えた。
「ねぇリーオン、ケーキ、食べる?」
「食べます」
 成功した。


 リーオンがディーノに泣きついている一方、ウォルフィはグリードーの所に居た。
「……やべー、あいつ、本気で怒らせちまった」
 胡坐の上に頬杖ついて、ウォルフィは独り言のように言った。
「なんで今日に限って、そんなに寝汚かったんだ?」
 グリードーは聞いた。ウォルフィは、それほどには睡眠を優先するタイプではなかったと思ったから。
 ウォルフィはちょっと言いにくそうに、
「……昨日、深夜番組が朝までやってて、それを見届けちまったから……」
「……何やってんだよ、お前は」
 グリードーも苦言を漏らす。
「だって、面白かったんだもんよ。「捕ったどー!」って」
 でもあれ、どこまで本当なのかなー、とウォルフィは視線を宙に彷徨わせた。ちょっと現実から逃避し始めている。
「そんなもん、ほっときゃいいだろ。明日になれば忘れてる」
 とか言ったのは、グリードーではなかった。
 シロンだった。
「……今日はなんだ。部長の名前を呼ぶ練習か。それとも自然な散歩の誘い方のレクチャーか。はたまたランシーンに寝取られて泣き言漏らしに来たのか」
「おいおい、なんだよグリードー。そんな言い方じゃ、まるで俺が四六時中風のサーガの事しか考えてないみてーじゃねぇか」
「……………………………………………………シロン、俺は今ほどお前を恐ろしいと思った事はない……」
「ん?そうか?なんだかよく解ねーけど」
 深く沈むグリードーの肩を、ウォルフィはぽんぽん、と叩いた。慰める為。
「で、何しに来たんだ」
 グリードーの代わりのようにウォルフィが聞いた。
「別に用は無いけどよ、ダンディから最近グリードーが疲れてるって聞いたから顔見に来てやった……おい、そこでなんで激しく轟沈してるんだよ、お前ら」
「……いいか?シロン。落とし穴に落ちて、それを掘った張本人に大丈夫か?って言われたら、どうする?」
「ンなもん、ぶっ飛ばすに決まってんだろ」
「そーゆー事だ」
「?何なんだよ、さっぱり解らねぇよ」
「だったらそのままで居てくれ。もう、俺は何も言いたくない……」
 最後にそう呟いたグリードーだった。
「解んねーヤツ。
 ……で、お前はリーオンと喧嘩したって?」
 くりんっと首を回してウォルフィに話題を戻した。
「お前には関係……いや、ある。大いにある。お前のサーガが原因なんだから、どうにかしろ」
「いきなり理不尽なヤツだなー、おい」
「……この世界中の誰よりも何よりも、お前にだけはそう言われたくねぇよッッ!」
 全身の毛を逆立て、ウォルフィが吼える。
「まぁ詳しくは訊かねーけどよ、あのリーオン相手なんだから、菓子でつっとけばいいじゃねぇか」
「そんなあいつのご機嫌取るような真似は嫌だ」
 それに「物で片付けようだなんて!」とか怒られても困るし、というのは心の中でだけ呟いた。
「そーかー?手っ取り早くていいじゃねぇか」
 と、シロンは懐(何処だよ)をごそごそと漁り、シュウの故郷の二番目に安い貨幣に糸を通した物を取り出した。そして、徐にウォルフィの前に垂らし、左右にゆーらゆーらと揺らした。3往復したくらいから、ウォルフィの瞼が半分くらい下りる。
「な、そうしろよ」
「……そーかー……?」
「そうそう。そうだな、ドーナッツがいいんじゃね?」
「ドーナッツ…………」
「簡単だし、すぐ作れるし、俺も大好きだ」
「………………………」


 さて30分後。
 ジュ〜、ジュ〜。
「…………はっ!どうして俺はキッチンに立ってもの凄くいい手際でドーナッツなんか作ってるんだ!?」
「……チッ、もう醒めたか……!」
「おい!今の舌打ちとセリフの内容はどういう……あっ!テメー!俺が作ったやつ勝手に食うなよ!!」
「甘さが足りねーなぁ」
「食うなつってんだろ!!!!もう帰れお前は---------!!」
「解ったよ、帰ればいいんだろ」
「ドーナッツは置いてけ--------!!」
 で、そんなこんなで、結果的にウォルフィの前にはてんこ盛りのドーナッツがある。
 折角作ったのだから、これでも持って行ってやろうか、とは思っているが。
(……切っ掛けがなぁ……)
 こんな風な喧嘩は初めてなので、いまいち勢いというか、勝手がつかない。何より、リーオンの姿がさっきから見えないのが気になる。
(何処に行ったんだか。妙な所に紛れてなけりゃいいけど……)
 もっしゃもっしゃ。
「う〜ん、甘さが足りませんね……」
「だから食うなって!つーかどうしてランシーンが居るんだよ!!」
 バッ!とドーナッツが乗った皿を取り返し、そう叫んだ。しかし、ランシーンは気にも留めない。
「このドーナッツ、さしずめ仲直りの品、という所ですか?」
「な……なんで知ってんだよ」
 以前は予知が出来ていたらしいが、今はそんな能力も無い筈だ。ランシーンはふ、と笑い、
「先ほどから風のサーガの家に、仲間と喧嘩して暇を持て余しているマンティコアが来ているんですよ」
「……どーりで居ないと思ったら、部長の所へ行ってたのかよ」
「まぁ、さっき私がこきゃっと絞めておいたので、今は何処に居るとも知れませんがね」
「……………」
 いかん。早い所仲直りしないと、リーオンが死ぬ。ウォルフィは思った。
(つーかあいつも、そもそもの原因は部長からだっていうの、忘れてやがるな)
 毎度の事と言ってしまえばそれまでなんだが、なんだかいきなり謝る気が失せた。
「ふぅ、仕方無い。また来られても困りますからね。手助けしてあげましょう」
「何が仕方無いだ。てかどーして部長の家にあいつが言ってお前が困るんだ」
「此処はひとつ、おびき寄せる罠を張りましょう」
 ウォルフィの複数のツッコミをさらっと無視し、ランシーンはごそごそと細かい作業をし出す。
「いいですか。ここに、目的のブツを起きます」
 庭の真ん中に、とん、とドーナッツを置く。
「次に捕獲する籠を用意し、遠隔操作が出来るように細工します」
 どこから出したのか、バカでかいザルを取り出し、それをドーナッツに斜めに被せ棒で支え、その棒に紐を括りつけ、その端をウォルフィに持たせた。
「………おい、ちょっと待て」
「さぁ、これで完成です。あとは待つだけ」
「待てっつんでんだろ!なんだこりゃ---------!!」
 ばしぃっ!と紐を地面に叩き付けるウォルフィ。
「だから、罠」
「あのな、バカにするのも大概にしろよ!!いくらあいつが大ボケだっつっても、こんなのに引っ掛かる訳ねーだろ!!」
「ひとつ言ってもいいですか」
「何だぁ!」
「マンティコアが掛かってます」
「わーっ!ザルが----------!!!!」
 すべしゃぁっ!とウォルフィはその場に盛大にコケた。
「あ、あ、あ、………アホ---------!!!」
 ウォルフィは駆け寄り、ザルをどかしてリーオンをどついた。
「お前は-------!!どうして引っ掛かったってんだ----------!!レジェンズとしての尊厳は無いのか-------!!!」
 胸倉引っ掴んでがっくんがっくん揺さぶる。その後ろで「じゃ、帰りますね」とランシーンが羽ばたいて行った。
「げ……芸人にとっての「やるな」ってのは、「やれ」って事なんだ--------!!」
「何ほざいてんだてめぇ」
「いやいやウーたん、真面目な話、シンプルなトリック程見抜けないもんだよ」
「これはシンプルじゃなくて幼稚っつーんだよ!」
「あ、このドーナッツすげー美味い」
「話し逸らすな!」
「だって、本当に美味いよ。ウーたんも食ったら?」
 ほら、と無邪気にドーナッツを差し出すリーオン。
「…………。………………」
 それに突っ込みを入れかけるものの、何だか毒気を抜かれてしまい、叫ぶのも億劫になってしまった。風船に穴が開いて、そこから空気がぷしゅ〜と漏れたみたいな感じ。
「あれっ、どうしたの。腹でも痛い?」
「……痛くねーよ。ったく………」
 はぁー、と深い溜息を吐き出す。その横で、リーオンはもっしゃもっしゃとドーナッツを食べている。
「あー、マジ美味い!これ、どこの店で買った?」
「……買った、っつーか、……作った」
 少し素っ気無く言って、手渡されたのを食べる。
「えっ!ウーたん作ったの!?すっげー!!」
「凄くねぇよ、別に……」
 もごもごと喋るウォルフィ。照れ臭いのだ。
 リーオンは、すげー!とうめー!と繰り返している。
「……悪かったよ」
「ん?」
「羽毟って」
「…………」
 もぐごっくん、とリーオンは口にあったのを飲み込む。そしてニカッと笑い。
「しゃーねーな。許してやるよ」
「……偉そうに」
 口元を緩め、ウォルフィは苦笑した。
 リーオンに気づかれないよう、胸を撫で下ろして。


 で。
「おめーさっきから食いすぎだろ!俺にも分けろよ!」
「何だよー!お詫びにオレにくれたんじゃないのかよ!」
「それにも限度ってもんがあるだろーが!ったくお前はほっときゃバクバクバクバク!食うか寝てるしかねーじゃねぇかッ!」
「ウーたんだって食ってるし寝てるじゃねぇか!!」
「お前の場合それのみなのが問題だって言ってんだ---------!!!」
 バキ-------ッ!
「いてぇぇぇぇッ!!」
 それをディーノは遠くから見ていて、
(……喧嘩はしてるけど……仲直りはしたみたいだから、良かった)
 他人から見れば矛盾してるような事を思い、満足そうに頷いた。




<END>





最近シロンとワル夫がこっちで出張るなぁ。なんでだろか。